カテゴリー「海外競馬」の68件の記事

2016.10.01

凱旋門賞展望 マカヒキが立ち向かう強敵と難コース

ディープインパクトがロンシャンで敗れて10年になる。競馬ファンに留まらず、日本中の人々が“世界一”の瞬間を待ち侘び、みな肩を落としたのは一昔前の出来事。光陰矢の如しだ。この間、2010年にナカヤマフェスタが、2012年と2013年にオルフェーヴルが2着に惜敗。特に2012年はゴール前で見せた悪癖がなければ、確実に栄光は手中に収まっていた。かつてのように凱旋門賞が遙か先にある夢ではなく、もう日本競馬が十分にタイトルを得る資格があることをファンは知っている。それでも1969年のスピードシンボリが挑戦して以来、凱旋門賞を大きな目標に掲げてきた歴史に一区切りつけ、次のステージに進むためには勝って呪縛を解き放つしか方法はない。大いなる期待はマカヒキにかけられる。その年の日本ダービー馬が渡仏し、ニエル賞を勝って本番に臨むのはキズナに続く2頭目。斤量の軽い3歳馬が、現地のステップレースを使うことが最良の策であろうことは、苦杯の歴史から得た教訓である。鞍上は欧州のコースも日本競馬も熟知したクリストフ・ルメール。条件は揃った。

では、ライバルとの力関係はどうか。現地で1番人気に支持されているのは6連勝中の5歳馬、ポストポンド。ドバイシーマCでドゥラメンテを退け、その名を日本のファンにも響かせた馬だ。その後もイギリスでコロネーションC、インターナショナルSと連勝。3、4番手につけて抜け出す安定した競馬と、時計の速さや馬場の軽重を問わず力を発揮できるのが強みだ。キングジョージを回避した呼吸器系の疾患も後を引いていないようで、順当にいけば凱旋門賞も勝ち切ることができるはずだ。とはいえ、凱旋門賞は波乱のレース。2009年にシーザスターズが勝ってから、1番人気が連敗しているデータは重しになろう。トップホースには失礼だが、近年の優勝馬トレヴ、 ザルカヴァ、あるいはエルコンドルパサーを下したモンジューなどにあった絶対的な強さを感じさせるかというと、そこまでの凄みはない。ポストポンドが背負う斤量は59.5キロ。マカヒキは56キロと3.5キロの差がある。2010年のナカヤマフェスタは3歳馬のワークフォースにアタマ差、遅れを取ったが、今回、この斤量差は日本馬の味方だ。

さらに、マカヒキの前に立ち塞がるのが4歳牝馬のファウンド。ハイレベルだった愛チャンピオンSで2着。勝ち馬のアルマンゾルは出てくればポストポンドと人気を分け合っていただろうが、この女傑も侮れない。去年、米BCターフで優勝。今年はG1で5度、2着と勝ちきれていないものの、堅実な成績には目を見張る。混戦になれば、こうした馬が相対的に浮上してくるだろう。同じく愛チャンピオンSをステップにするのが4歳牡馬のニューベイ。 追い込み馬同士の決着となった同レースで、好位から競馬をしての4着。去年は仏ダービー、ニエル賞を制して凱旋門賞は3着と好走した。復調気配が伺える実力馬が、得意のシャンティイであっと言わせるかもしれない。 また、愛チャンピオンSで1番人気ながら8着と大敗したハーザンド。他馬と接触して外傷を負ったのが原因とされ、こちらも巻き返しは必至だ。愛チャンピオンS組と比べると、ヴェルメイユ賞を勝ったレフトハンド、フォワ賞を勝ったシルバーウェーヴは一枚落ち、好走には展開の助けが必要だ。

30日、抽選が行われ、出走16頭の枠順が決まった。マカヒキは外目、14番枠。シャンティイの2400メートルは奥ポケットからのスタートがトリッキーで、すぐに左にカーブするが、2コーナーでは右へと曲がる。少頭数なら気にならないが、多頭数になるとポジション争いでゴチャつく場面もあるだろう。一方、下り坂になる3、4コーナーの角度はきつい。上手くインコースに入れられなければ、外々を回らされてロスを強いられる。ポストポンドが7番枠を引いただけに、マカヒキはルメールの手綱さばきが注目される。例年のロンシャンよりは日本馬に向くとも評されるが、シャンティイもまた独特のコースだ。今回も過去の挑戦と同じように勝つのは容易ではない。ライバルも強い。だが、チャンスは少なからずある。ディープ、オルフェと違って1番人気を背負わないのもプラスに働く。静かに、胸を高鳴らせながら、歴史的瞬間を待ちたい。

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2016.05.25

エイシンヒカリ仏G1制覇 ”逃げない競馬”で独走10馬身

改修中のロンシャンに代わってシャンティー競馬場で行われたイスパーン賞。 日本から渡仏したエイシンヒカリが、まさかの10馬身という大差をつけて快勝した。 折からの雨で馬場は非常に重くなり、スピードが身上のエイシンヒカリにとっては 不利なコンディションではないかと考えられていた。 ライバルは凱旋門賞3着のニューベイ、ガネー賞勝ちのダリヤン、 ジャパンカップ以来のイラプトなど、名の通った馬が揃っていた。 意外だったのは武豊が2番手に控えさせたこと。 去年暮れの香港Cでは果敢にハナを奪い、そのまま押し切って初G1勝ちを収めている。 国内でのレースぶりを見ても逃げることが力を発揮するのに最善の騎乗に思われた。 だが、武豊は好スタートを切ったにも関わらず、あっさりとヴァダモスにハナを譲ったのだ。 それでもエイシンヒカリは折り合いを欠くことなく我慢し、 直線早々に先頭に立つと独走態勢に持ち込んだ。 1着という結果も素晴らしいが、ヨーロッパで新たな競馬ができたのは大きな収穫だ。 1800メートル戦で勝ちタイムは1分53秒29。タフな馬場を克服したのも今後に期待を抱かせた。

イスパーン賞はエルコンドルパサーが遠征初戦に選び、2着したレースだ。 長期滞在して一戦ごとに成長したエルコンドルパサーに、エイシンヒカリを重ねるファンがいるかもしれない。 あるいは凱旋門賞で涙を呑んだ父ディープインパクトや、 武豊を背に圧倒的なスピードで勝ち続けたサイレンススズカを 思い浮かべることもできるかもしれない。それだけエイシンヒカリの勝ち方は胸を高鳴らせ、想像をかきたてるものだった。 エイシンヒカリの次走は6月15日に英・アスコット競馬場で行われる、 プリンスオブウェールズS。2000メートル戦はベストだろう。 同馬の距離適性を大事にするならば、無理に凱旋門賞を狙うレースを選択しないほうが良いように思える。 せっかく腰を据えて滞在するのだから、地に足の着いた戦いを見せてほしい。 日本馬のフランスG1制覇は17年ぶり。1999年、アグネスワールドのアベイユドロンシャン賞以来だという。 今年はラニがUAEダービーを勝って米三冠に挑戦、モーリスは香港チャンピオンズマイルを制している。 凱旋門賞にはドバイで惜敗したドゥラメンテなど11頭の日本馬が一次登録されており、 日本馬が世界各地を席巻する年になる可能性もある。楽しみは尽きない。

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2013.10.10

凱旋門賞回顧 夢を見る間さえ与えられなかった2着

今年の凱旋門賞こそ日本競馬の悲願が達成されうると、多くのファンは信じていたのではないか。去年、圧倒的なパフォーマンスを披露しながらゴール直前でよれ、自ら勝利を投げ出してしまったオルフェーヴル。今年は悪癖を抑えられるよう馴致を重ね、万全の体勢を期してフランスに渡った。前哨戦のフォア賞は追うところなく楽勝し、現地メディアの評価もナンバーワンに。直前にはライバルと目されていたノヴェリストが回避し、しかも枠順は中ほどを引いて勝負の流れを引き寄せたかにみえた。もう1頭、斤量有利な3歳馬として挑戦することになったキズナも、差されていても不思議なかったニエユ賞を勝ち、さらなる状態良化が見込めるなかで本番を迎えていた。日本馬のワンツーフィニッシュだと、声高に叫ぶメディアも少なくなかった。だが、結果はご承知の通り。地元の3歳牝馬、トレヴがオルフェーヴルを5馬身差突き放して圧勝。直線半ば、早々と優勝を確信させた去年の2着と対照的に、今年は同じ2着でも夢を見る間さえ与えなかった。

折り合いをつけ、真っ直ぐに走らせることこそ最重要課題だったオルフェーヴルにとって、後方、馬群の中に位置して、なるべく追い出しを我慢することは当たり前に取るべき選択だった。結果としてフォルスストレートでは窮屈な競馬を強いられ、スムーズに抜けたトレヴに馬体を併せることは叶わなかったわけだが、1馬身程度の差ならともかく、5馬身も先にゴールされてしまっては道中の不利やレース展開、馬場が敗因と分析するのは詮無いこと。オルフェーヴルにとって不利は想定内に留まったし、レース前に描いていた競馬はできたはずだ。ところが、勝てなかった。それはオルフェーヴルに原因があるのではなく、例年になくハイレベルな牝馬が出走していたということに尽きる。残念だが、競馬だから至極自然なことだ。とはいえ、ヨーロッパ競馬の層の厚さをまざまざと思い知らされたことが、厚い雲に覆われたように気を滅入らせているのも事実である。一方、オルフェーヴルを蓋をする形で勝ちに行く競馬をしたキズナ。こちらは全力を出し切っての4着だった。ホワイトマズル以来、凱旋門賞の騎乗に関して厳しい評価を受けてきた武豊。日本のトップジョッキーが彼の地で胸のすくようなレースをしたことだけが、救いになってくれたように思える。

レース後、メディアなどでは「この敗戦を糧にしてまた挑戦を」「日本のレベルの高さを示すことができた」といったポジティヴな会話が飛び交っていた。それに異論を唱えるところはないが、日本競馬にとって欲しいのは「凱旋門賞1着」という結果だけであることも明白だ。エルコンドルパサー、ディープインパクト、ナカヤマフェスタ、オルフェーヴルらのレースぶりで、日本のトップホースが欧州のそれと質的に違わないことは証明できた。既に凱旋門賞にあたって取るべきノウハウ、ステップも確立されたと言っていい。これまでの挑戦を通して、日本競馬は確実にレベルアップし、世界に認知させ、多くのものを得ることができた。ここで一旦、海外遠征を休止してもいいのかもしれない。だが、それでもロンシャンに挑もうとするのは、日本のホースマンにとって凱旋門賞が歴史的に憧憬の対象であり続けてきたからであり、BCやドバイWCとは異なる感情を抱いてきたからだ。憧れは裏を返せばコンプレックスであり、凱旋門賞は日本競馬の呪縛である。それは凱旋門賞馬を府中で負かしたところで当然、解かれるものではない。秋のロンシャンでしか晴らし得ないものだ。また挑むしかない。しかし、その道のりの遠さを思うとき、返す返すも去年の惜敗が悔やまれるでのある。

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2013.09.16

凱旋門賞へ期待膨らむ オルフェ&キズナの前哨戦勝利

15日、凱旋門賞の前哨戦として行われたニエル賞とフォワ賞。 その両方とも日本馬が制すという、歴史的な一日となった。 まず、3歳限定のニエル賞はキズナが差し切り勝ちを収めた。 日本ダービー以来の出走となったキズナは、 鞍上の武豊曰く少し重い「85%のデキ」。もちろん、照準は凱旋門賞にあるわけだから、 ステップレースで仕上げてはならない。とはいえ、 あまりに不甲斐ない結果に終われば本番での巻き返しは難しい。 つまり、仕上がり途上ながら、凱旋門賞に期待を持たせるだけのレースが求められていた。 パドックでも落ち着いてきたキズナ。ゲートに入ってから待たされたものの、 エキサイトすることはなかった。日本馬は総じてゲートが速いため、 後方で折り合いたいにも関わらず、先行してしまうのは一つの心配だった。 かつてのディープインパクトのように。だが、キズナはゆっくりとスタートを切り、 スローペースも鞍上の意に従って後ろから2番手に。 本番を見据えて外を回した武豊。直線は抜群の手応えで追い出しを待つ余裕があった。 最後はいったん後ろに下がったルールオブザワールドに詰め寄られたものの、 ハナだけキズナが先にゴール板を通過していた。 負けても悲観する内容ではなかったが、勝つにこしたことはない。

フォワ賞にはオルフェーヴルとステラウインドが参戦。最大のライバルと目されていた キャメロットは緩い馬場を嫌って取り消した。 こちらは両馬とも速いゲートで出て、ハナにステラウインド。追い込み馬の オルフェーヴルは3番手と先行する。周知のように気性面に難がある同馬だが、 スミヨンの腕ゆえか、ガッチリと抑えこまれて折り合いを欠くシーンはなかった。 直線はステラウインドの外に進路を取る。待って仕掛けられると、 一瞬にして後続を突き放す。残り100メートルではスミヨンが振り返り、 手綱を抑える大楽勝。まるで優等生の横綱競馬は前年のフォア賞と比べて、 遥かに進化したレースぶりだった。今年は現地入りして外傷を負うアクシデントもあったが、 馬体維持に苦労した去年より体調はかなり良いのだろう。 去年の凱旋門賞では完全に抜け出しながら大きく寄れて苦杯を舐めたわけだが、 負担の少ない前哨戦とはいえ、悪癖を見せなかったことにスミヨンも安堵したのではないか。 凱旋門賞ではオルフェーヴルは1番人気に、キズナも上位人気に支持されるはずだ。 ロンシャンに適性があることを示したキズナは、斤量のアドバンテージをどう活かすことができるか。 オルフェーヴルは外国馬からかけられるプレッシャーを跳ね除けられるかが鍵。 実力的にはどちらが勝っても驚かない。まだ対戦していない強敵もいるし、勝負は時の運だが、 夢の実現に思いを馳せずにはいられない。兜の緒を締めて本番に向かってほしい。

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2012.10.09

凱旋門賞回顧 オルフェーヴル夢砕かれた逆転負け

残り300メートル、大外からライバルたちを突き放して先頭に立ったオルフェーヴル。このとき、誰しもが日本競馬の悲願が達成されることを確信しただろう。それだけに一旦は楽に交わしたはずの先行馬にゴール寸前で差し返されるという、普通なら考えられない逆転負けは衝撃的すぎる結果である。この日、ロンシャンは10段階中8番目に悪い不良馬場。勝ちタイムは2分37秒68だが、アーネストヘミングウェイら他陣営のペースメーカーが刻んだペースは淀みないものだった。オルフェーヴルにとって最大の課題は折り合い。18番枠からゲートを出ると後方2、3番手に位置を取る。帯同馬アヴェンティーノは逃げたフォア賞とは対照的に中団後方に控え、少しずつ外に出してオルフェーヴルのやや前方にポジショニング。スタートしてすぐクラストゥスは何度も振り返ってオルフェーヴルを確認していたから、事前の作戦通りだったのだろう。調教パートナーが傍にいることで気持ちを落ち着かせること。そして、阪神大賞典の悪夢を再現させないことが目的ではなかったか。フォルスストレートでは馬群から2頭分ほど外を走っていたが、これはアヴェンティーノが逸走を防ぐ「壁」の役割を果たしていたことを意味する。おかげでオルフェーヴルは一瞬はバカつく仕草を見せたものの、スタミナを気性によってロスすることはほぼなく、最後のコーナーを迎えることができた。

ロンシャンの直線は長いとはいえ、先行勢有利と見られていた馬場。仕掛けのタイミングは難しかったはずだ。オルフェーヴルの手応えは絶好だった。馬なりで先団まで押し上げると、300メートル手前でスミヨンはムチを一発。 ゴーサインをもらったオルフェーヴルは一気に加速し、内で粘る4歳牝馬ソレミアに2馬身の差をつける。これだけ早くトップに出たのは鞍上にも予想外だったという。1頭になるとソラを使い、悪癖を出すのがヤンチャなチャンピオンホースの特徴。大きく内へ内へと切れ込んでいく。走りなれない馬場、そこで繰り出した爆発的な脚、さすがのオルフェーヴルも苦しかったのかもしれない。ともかく、ラチにぶつかるほどモタれたことで失速してしまった。そのためゴール前、わずか10メートルの地点でクビ差、伏兵馬に先着を許すことになったのだ。ソレミアを操ったペリエの騎乗は完璧だった。スタートからロスなく内を周り、オルフェーヴルが抜けだした後、一呼吸おいて仕掛けたタイミングは絶妙と言うしかない。もしライバルの癖を見抜いて、こうした手綱さばきをしたのならば恐るべき才能だ。だが、ペリエにしても、あそこまでオルフェーヴルの脚が鈍るとは思ってはいなかったようだ。実際、まともに追えてさえいたらオルフェーヴルは完勝していたはずだ。そうはならないのが競馬なのだが。

今年のレースで最も強い競馬をしたのはオルフェーヴルに違いないが、 勝ち馬として刻まれるのはソレミアである。エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタに続く銀メダル。悔しい、惜しい一戦だった。それでもディープインパクト後のような絶望感はない。日本のトップホースならば、十分に勝ち負けできることを改めてオルフェーヴルは示してくれた。そして、今回の遠征によって社台グループは凱旋門賞を制するに必要なメソッドを獲得することができたのだから。ロマンチシズムを排し、勝つために有利な選択は何かと問いを重ねた結果である。コースや駆け引きを熟知するスミヨンに手綱を任せたのは象徴だし、ディープが出走しなかったステップレースも挟んだのも一つだろう。現地の調教は小林智厩舎の協力を得ることで、通訳を介さずとも細かな意思疎通を可能にした。精神的、戦略的パートナーとして帯同馬を活用することができたのは飛躍的な前進だ。私は凱旋門賞を勝つことだけが世界一と認められる術ではないと思う。ドバイWCやジャパンカップも環境が異なるだけで、レベルで劣るわけではない。とは言え、この半世紀、日本のホースマンとファンが心から夢見てきたのがロンシャンで日の丸を掲げることであるならば、勝利を手にする日まで挑戦はやまないだろう。もうあと、一完歩だ。

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2012.10.03

凱旋門賞展望 オルフェーヴル1番人気に
勝利は容易ならず、勝機は大いにあり

7日に迫った凱旋門賞。大手ブックメーカーはオルフェーヴルに単独1番人気のオッズをつけている。ここにきて相次ぐ有力馬の出走回避が同馬にとって追い風とみられているためだ。エリザベス女王杯連覇後、ジャンロマネ賞、アイリッシュチャンピオンSと快進撃を続けてきたスノーフェアリーは脚部不安を発症。そして、昨年の凱旋門賞の覇者、デインドリームも在厩するケルン競馬場で伝貧感染馬が見つかたっため、移動制限の対象となり出走を断念することになった。古馬になった今年もキングジョージでは強烈なパフォーマンスを披露していただけに、この歴史的牝馬の名がレーシングフォームから消えたのは残念極まりない。また、スノーフェアリー、デインドリームとここ2戦、接戦を演じてきたナサニエルも熱発のため取り消しを行っている。オルフェーヴルにとって最大のライバルが脱落したことで、夢の凱旋門賞にグッと近づいたことは間違いない。一方、それだけで楽観視できるほど甘いレースではないことは心に留めておきたい。

前走のフォア賞は十分に合格点のつけられる前哨戦だった。帯同馬アヴェンティーノはハナに立つと、馬群がバラけないようペースにスローに落とす。おかげでオルフェーヴルは口を割る仕草を見せながらも、壁をつくって折り合いをつけることができた。がっしりと手綱を抑えられたことで、スミヨンには逆らえないことも学習したのではないか。フォルスストレートでもかかる素振りなく、4コーナーでは作戦通りにアヴェンティーノに進路を譲らせて最内から抜けてきた。阪神大賞典で逸走した前科もある同馬が、初挑戦の難しいコースを勝ち切ったのだから安堵した。だが、完璧な競馬をした割には後続を思ったほど突き放せなかったのも事実。極端なスローペースとはいえ、日本での能力を知っているファンにすれば物足りない着差だった。8分の仕上げを叩いてどれだけの上積みができているのか、現地での調教がどれだけオルフェーヴルのフォームをヨーロッパ仕様に変えているのかが、大きな鍵になる。

回避した牝馬2頭に代わってオルフェーヴルの前に立ち塞がるのは、やはり3歳勢だろう。凱旋門賞はニュースターを誕生させるためのレースであり、3歳馬と古馬との斤量差は3.5キロもある。最近10年でも3歳馬の優勝は8回。エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタに先着したのも、ディープインパクトを交わし去ったのも3歳馬だった。追加登録料を払って出走するサオノワはニエユ賞の勝ち馬。本邦に輸入されたチチカステナンゴ産駒のフランスダービー馬だ。瞬発力勝負になれば、軽量を生かして台頭するはず。モンジュー産駒のキャメロットは惜しくも英三冠を逃したが、セントレジャーは力負けとは言いがたい。この他、4歳牝馬シャレータも侮れない。ヴェルメイユ賞を勝ち、去年の凱旋門賞でも2着しているのだから、このコースが余程合うのだろう。実はフォア賞をステップにして本番を制した馬は過去に2頭しかおらず、彼らと比べてデータ的にはオルフェーヴルの不利は否めない。

しかし、オルフェーヴルがこれまでの日本馬の挑戦と決定的に違うのは、鞍上に地元のトップジョッキーを手配したこと。デビュー以来、主戦騎手だった池添をおろしてスミヨンを指名。浪花節的に考えれば、日本初の凱旋門賞馬の背には日本人がいてほしい。とはいえ、密集した馬群で体をぶつけ合う激しいレースで、「余所者には勝たせたくない」という欧州騎手たちに武豊や蛯名らは苦い思いをさせられてきた。その結果がスミヨンへの大胆なスイッチであり、私も最良の選択だと考える。勝つべき力のあったディープインパクトがお祭り騒ぎのなかで一敗地にまみれた経験は、謙虚に戦いに臨むオルフェーヴル陣営の糧になっている。今年、オルフェーヴルが先頭でゴールを駆け抜けることが容易だとは思わない。本番の独特な雰囲気に飲み込まれてしまう可能性もあろう。だが、チャンスは大いにある。勝機は大いにある。半世紀に渡る日本競馬の悲願が叶えられたとき、また新たな競馬史が幕を開けるだろう。今週末がその日になることを願いたい。

>>凱旋門賞 知っておきたいロンシャンのコース(2006.09.28)

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2012.03.31

速報回顧:ドバイワールドカップデー 日本勢は惨敗喫す

マラドーナの登場もあり、大いに盛り上がった2012年ドバイワールドカップデー。だが、ヴィクトワールピサが最高峰の栄冠を勝ち取った去年とは一転、日本勢にとって厳しい結果になった。以下は中継を見ながら、各々のレース直後に記した速報的な回顧である。間違いもあるかもしれないが、その箇所はご指摘いただければ幸い。


UAEダービー(AW1900メートル)には矢作厩舎からゲンテン(ウィリアムズ)が出走した。鋭く追い込んで2着したヒヤシンスSをステップにしての挑戦。ブックメーカーの1番人気は去年のBCジュヴナイルフィリーズターフを勝ったロート(愛)、エイダイ・オブライエン厩舎の所属馬だ。 5番枠からスタートとしたゲンテンは内に潜り込むが、口を割って折り合いに難を見せる。モハメド殿下のヘルメットがハナを切り、やはりオブライエン厩舎のダディロングレッグス(愛)が2番手。ロートは5番手につける。4コーナー、後方を進んでいたゲンテンは早くも手応えを失う。直線でダディロングレッグスが早めに先頭に躍り出ると、並びかけようとしたロートを逆に突き放す。 そのままダディロングレッグスがリードを保って1着でゴールした。勝ちタイムは1分58秒35。 ロートは外からヤンツーキアン(仏)にも交わされ3着まで。ゲンテンは最後方での入線と、距離が長かったを考慮しても力量差を認めざるを得ない敗戦だった。

アルクオーツスプリント(芝1000メートル)は直線競馬。世界各国から快速自慢が集まり、確たる存在はいない混戦模様となった。日本馬として初めて参戦したのが牝馬エーシンヴァーゴウ。昨夏は新潟1000メートルを連勝した直線のスペシャリストだ。鞍上はスプリンターズSで3着に導いた福永。エーシンヴァーゴウは好スタート、前に馬を置いて4番手につける。残り400メートルでムチが入り、ここから追い比べに。外が伸びる馬場を意識して福永も進路を探るが、強豪揃いの先行勢を捕える脚はなかった。ゴール直前、大外から脚を伸ばして一気に馬群を交わし去ったのがオルテンシア(豪)。後方待機は作戦通り、勝ちタイムは57秒67。2着はソウルパワー(愛)、3着はジョイアンドファン(香港)。一昨年の覇者もスタートで後手を踏んだのが響いた。エーシンヴァーゴウは12着。 短距離王国オーストラリアの強さを改めて思い知らされるレースになった。

日本馬の出走のないドバイゴールデンシャヒーン(AW1200メートル)。去年のスプリンターズSに来日したロケットマン(シンガポール)、ラッキーナイン(香港)といったアジアのトップスプリンターが人気を集め、これにセポイ(豪)を加えた3頭が覇を競う形になった。日本のファンも興味を持って観戦できたのではないか。連覇を狙うロケットマンは好スタートを決めると、抑えて2番手につける横綱競馬。コーナーを利用して直線に入る前にハナに立った。このまま押し切りかと思われたが、好位5番手につけていたクリプトンファクター(バーレーン)がロケットマンに襲いかかる。残り100メートル手前で抜き去ると、1馬身半の差をつけてゴールした。勝ちタイムは1分10秒79。後方3番手から脚を伸ばしたラッキーナインは3着まで。セポイはオールウェザーが合わなかったのか、見せ場なく着外に終わった。ガルフの伏兵から新星が誕生した。

ドバイデューティフリー(芝1800メートル)にはアドマイヤムーン以来の日本馬優勝をめざしてダークシャドウ(福永)が挑戦した。休養明けの京都記念は2着だったが、一叩きされて上昇気配。エプソムC、毎日王冠と連勝した適距離で大いに期待がかかった。ライバルは香港年度代表馬のアンビシャスドラゴン、遠征競馬に実績あるシティスケープ(英)らと見られていた。プレスヴィス(英)が大きく出遅れ。7番枠のダークシャドウは好スタートを切り、内で包まれるのを嫌って外目の中団を追走する。アンビシャスドラゴンもほぼ同じ位置取り。逃げるアウェイトザドーン(愛)、2番手のムタハディー(南ア)がハイペースを演出する。厳しい流れをものともせず、勝負どころで果敢に先手を奪ったのが3番手にいたシティスケープ。 コーナーでリードを広げると、直線に入っても脚色は衰えない。後続に5馬身差をつけるセーフティリード。驚くべき1分48秒65というコースレコードで圧勝した。2着ムタファディー、3着にシティスタイル(米)。ダークシャドウは直線手前から激しく福永が手綱をしごいたが、伸び脚なく馬群に沈んだ。結果は9着。本来の力を発揮できなかったが、万全であってもシティスケープのパフォーマンスからは勝ち負けまでは難しかっただろう。

10頭立てで行われたドバイシーマクラシック(芝2410メートル)。ステイゴールドとハーツクライが制したレースに日本馬の姿がないのは少し寂しいものだ。少頭数だったが、どの馬も積極的にハナへ行きたがらない。結局、先手を取ったのはボールドシルヴァノ(南ア)。 その外、2番手にペリエ鞍上のシリュスデゼーグル(仏)がつける。去年、ソーユーシンクを破って英チャンピオンSを制した馬だ。注目のもう1頭、BCターフを勝ったセントニコラスアビー(愛)は中団後方から。極端なスローペースで我慢比べになったが、大きく折り合いを欠く馬はいなかった。ペースアップして迎えた直線、シリュスデゼーグルが早めに抜け出す。後方にいたセントニコラスアビーは内が開くのを待って、遅れて加速。シリュスデゼーグルに競りかけて一騎打ちに持ち込んだ。しかし、軍配は最後まで抜かせまいと踏みとどまったシリュスデゼーグルに上がった。ペースから仕掛けどころを読みきったペリエの老獪さが、18歳のジョセフ・オブライエンの猛追を凌いだ。

ドバイワールドカップ(AW2000メートル)。今年はダート界の両雄であるトランセンド(藤田)とスマートファルコン(武豊)が参戦。ダービー馬、エイシンフラッシュ (ルメール)も加わった。1番人気はG1を8勝している ソーユーシンク。オブライエン師はここも長男ジョセフに手綱を託した。BCクラシック2着の実績あるゲームオンデュード(米)はバファート師が送り込んだ刺客。 ブックメーカーのオッズでは両馬の間にスマートファルコンが割り込んだ。しかし、レースは日本勢にとって厳しい展開になった。馬場が滑ったのかスマートファルコンは行き脚つかず、 またロイヤルデルタに寄られて後退。最後方からの競馬を余儀なくされる。ハナを切ったトランセンドも去年2着に粘ったことから徹底的にマークを受けた。エイシンフラッシュはラチ沿い後方の窮屈な位置取り。トランセンドは4コーナーでカッポーニ(UAE)に競りかけられると、 手応えをなくズルズルと下がっていく。外を回ったスマートファルコンも上位を伺う脚はなかった。勝ったのはモハメド殿下のモンテロッソ(UAE)、タイムは2分02秒67。直線、大きくリードを広げると、騎手はゴール30メートル手前で直立してムチを振りかざす余裕だった。2着カッポーニ、3着プラントゥール(英)。日本勢はエイシンフラッシュ6着、スマートファルコン13着、 トランセンドは殿負け。着順はともかく、とりわけスマートファルコン陣営にとっては悔いの残る結果だったのではないか。

ワールドカップデー史上、前代未聞のレースやり直しとなったドバイゴールドカップ(芝3200メートル)。一度はゲートが開いたものの、1周目の直線でフォックスハントが故障して転倒。走路から移動することができない状態で、向こう正面半ば、半分の距離を走ったぐらいの地点で騎手たちに中断が伝えられた。マイペースでハナを切っていた小牧太のマカニビスティーには痛いアクシデントだった。主催者は各陣営に意見を聴取しワールドカップの後に再レースを行うことを決定した。1日に2度も走らせられることになった馬の気持ちは分からない。だが、小牧は1度目と同じようにハナに立たせた。3コーナーを過ぎてペースがグッと速くなる。先頭を伺おうとブロンズキャノン(米)が仕掛けられるが故障。不幸中の幸い、他馬は巻き込まれなかった。その後、マカニビスティーは一杯になり、直線入り口では 歩く格好になってしまった。最後方で入線。2度も長距離戦を走ったのだから、それも当然か。勝ったのはオピニオンポール(UAE)。デットーリがトリを飾った。

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2011.10.06

凱旋門賞リポート ロンシャンの夢は遠のくことなく

10月2日。晴天の続いていたパリは、この日も真っ青な空が広がっていた。快晴という表現はよく使うものだが 、三百六十度、どこを見渡しても一片の雲がないというのは、四方を海に囲まれた国ではそう何日もあるわけでない。前日、ナカヤマナイトが出走したドラール賞を観戦するためロンシャンを訪ねたが、強い日差しにどっと汗が吹き出した。私が初めてロンシャンに赴いたのは3年前。メイショウサムソンが参戦した年だ。雨が断続的に降り、上着を羽織っても肌寒いほどだったのを覚えている。この時期、ここまで暑さが残るのは珍しいことのようだ。

今年、日本から凱旋門賞に挑んだのは2頭。天皇賞春を制したヒルノダムールと、去年の凱旋門賞で2着に惜敗したナカヤマフェスタだ。ともに前哨戦のフォワ賞を使っての本番。強力なライバルが揃うなかにあっても、 優勝候補の一角として現地でも認識されていた。この2頭には共通点がある。昨今、質量とも圧倒的な優位に立 つ社台グループの生産馬でなく、日高の中小牧場で産まれ、馬主、調教師に見出されたということ。ヒルノダムールの昆貢師はとりわけ日高への思い入れが強い。ディープスカイやローレルゲレイロなどで数々のビッグレースを制しているが、管理馬のほとんどは非社台の馬たち。「社台グループが強くなりすぎてしまったら、競馬自体が面白くない」(競馬ラボ)と公言し、人を育てたいとの理由で外国人騎手も使わない異色のトレーナーだ 。ヒルノダムールも昆師が牧場回りをするなかで見初め、蛭川正文オーナーに勧めた馬だった。

橋本牧場に行って初めてダムールくんに対面したんですね。前もって昆先生から、「遅生まれだから、普通の馬に比べて小さいし、薄手で、見栄えはしないですよ」と言われていたんですが、実際に会ったときも、先生の話どおり、小さくて薄手の馬でした。ただ、歩かせたときの様子を見て、なにかある、と思いました。(蛭川 「優駿2011/10」より)

8月半ば、直前まで徹底的に栗東の坂路で鍛えられたヒルノダムールはフランスへと渡った。お世辞にも高いとは言えなかった現地関係者の評価を一変させたのはフォワ賞の走りだ。直線、外からグイグイと脚を伸ばし、前を行くナカヤマフェスタ、セントニコラスアビーを一気に交わしたのだ。最後は馬体をぶつけながら間を割ってきたサラフィナに短首だけ先着されたものの、8分の仕上げで最有力候補と接戦を演じたのだから前哨戦としては満点だった。強引な進路をサラフィナが選択せざるを得ないほど内容の濃い競馬をしたとも言える。鞍上の藤田は悔しさを露わにしたが、ロンシャンの大舞台でも鼻っ柱の強さが変わらなかったのは期待を持たせた。

凱旋門賞当日のロンシャンは好天もあって5万2千人のファンで賑わった。入場ゲートをくぐるのも一苦労、パドックは立錐の余地もない。多数のカメラとクラシカルな音楽を用いて、騎手の入場から表彰式まで荘厳さを演出。 特別な一日であることを知らせてくれる。この日はG1級の9つの競走が行われ、メインの凱旋門賞は第6レー スに組まれた。その前に日本のファンとして見ておきたかったのが、第4レースの2歳馬最強決定戦、ジャン・リュック・ラガルデール賞。輸出されたハットトリックの仔、ダビルシムが断然人気に推されていたからだ。グレーに赤い星が散りばめられた勝負服、デットーリを背に威風堂々と登場した同馬。スタートで出遅れてハンデを負ってしまう。ところが直線、最後方から内を一気に突き抜け、ゴール前で先頭に。スタンドから大歓声が巻き起こる、衝撃的な勝利をあげた。1400メートルの勝ちタイムは1分19秒85。スピードの出る硬い馬場は、サンデーサイレンスの瞬発力を活かすのに最高の条件だ。最内を引いたヒルノダムールも同じような競馬ができればチャンスは広がる。そうダビルシムが示してくれたように思えた。

凱旋門賞に出走するのは地元フランスのほか、イギリス、アイルランド、ドイツ、日本の調教馬。かつては珍しかった日本からの遠征も、今ではロンシャンウィークエンドを彩る風物詩のひとつになった。日本語のプログラムが販売され、馬券売り場は日本語専用のものが設けられるなど、押し寄せる日本ファンへの対応は手馴れたものだ。また、場内放送ではフランスのファン向けに繰り返し日本馬について解説がされていた。現地の有力紙「ParisTurf」はサラフィナリライアブルマンの二強対決がトップを飾るが、中を開けば一面を使って日本馬2騎の特集企画を掲載。1999年のエルコンドルパサー以来、日本馬は7頭が挑み3頭が複勝圏内に入った記録も紹介されている。同紙の各メディア(17)の推奨馬一覧では、ヒルノダムールとナカヤマフェスタを本命にしたものが1紙ずつ、次位にヒルノダムールをあげたのが2紙あった。ディープインパクトなどロンシャンを経験させることなく、ぶっつけで凱旋門賞に挑むローテーションに欧州メディアは批判的だったし、日本の一流馬と言えども海の物とも山の物ともつかぬ疑いを抱いていた。しかし、去年、今年と前哨戦、 現地調教を経て本番に臨むステップを踏むようになったことで、日本馬による制覇が彼の地でも現実感を増してきたのではないか。

ひとつ前、第5レースのフォレ賞。欧州最多G1勝利馬のゴルディコヴァがアタマ差の2着に敗れ、観衆からどよめきが起きる。波乱の雰囲気が覆う。パドックにはオペラ賞に持ち馬を出走させる吉田勝己夫妻が現れた。そして、急に増えてきた人垣に蛭川オーナーが登場。杉本清が挨拶に訪れ、土川健之JRA理事長もやって来る。装鞍所から各馬が静かに入場。大型モニターに階段を降りてくるジョッキーたちが映し出され、藤田と蛯名がクローズアップされた。関係者には笑顔で頭を下げた藤田だが、周回する愛馬を見つめる顔は険しい。ヒルノダムールは発汗が目立ち、独特の雰囲気に飲まれたかのように入れ込んでいた。藤田は馬を止めて騎乗すると、パドックを1周。あちこちから日本の両ジョッキーに声援があがる。私はパドックで騎手の名を呼んだことはないが、この時ばかりは「藤田、頑張れ!」と声をかけてしまった。誘導馬に導かれ、16頭が馬場へと向かう。家族経営の小さな日高の牧場で生まれた2頭の晴れ舞台。様々な人々が苦労を重ねて辿り着いたことを思うと、胸が熱くなる。ヒルノダムールは1番枠、ナカヤマフェスタは16番枠だ。

ゲートの中でもうるさいところを見せていたヒルノダムール。好スタートを切ると、藤田は馬を落ち着かせて 4、5番手につけた。大外のナカヤマフェスタは下げざるを得ない。サラフィナら有力馬は後方。道中も仕掛けていく動きはなく、フォルスストレートに入っても縦長の隊列は崩れない。最後の直線。内で脚を溜めていたヒルノダムールの進路が開く。「伸びろ!」と叫んだ。だが、いつもの差し脚がヒルノダムールにはなかった。レース前に体力を消耗してしまっていたのだ。ヒルノダムールの後ろにつけていたデインドリームが矢のような脚を繰り出し、後続をみるみる引き離していく。伏兵、ドイツ3歳牝馬による2分24秒49のレコード。5馬身差の2着にシャレータ、3着にスノーフェアリーと牝馬が上位を独占した。有力馬が後方で牽制し合うなか、位置取りが勝敗を決することになった。ヒルノダムールは10着。藤田の騎乗は完璧だっただけに、本来の力が出せていればと惜しまれてならない。ナカヤマフェスタは11着。去年の状態には戻りきっていなかった。

レースが終わると、巨漢馬たちが表彰台を引いて観客の前を通りすぎていく。ドイツ国歌が演奏され、デイン ドリームのシュタルケが表彰台で高々とトロフィーを掲げる。「T.Yoshida」の名がオーナーとしてアナウンスされた。わずか1週間前に同馬の権利を半分買い取り、引退後は社台ファームで繁殖入りすることになっているという。ドイツ産馬初の凱旋門賞優勝は、日本人馬主による初の優勝でもあったわけだ。改めてヨー ロッパ競馬の層の厚さを痛感した今年のレース。その一方で、ディープインパクトが負けたときの絶望感とは対照的に 、毎年のように挑戦を続けていけば必ずチャンスは巡ってくるだろうという希望も湧いていた。半世紀に一度の不世出のサラブレッドを待つ必要はない。適性あるトップホースが、欧州諸国の馬が遠征するように、前哨戦から凱旋門賞へと挑み、「普通」に有力馬の一角となること。勝負は時の運なら、近い将来、日の丸がロンシャンに上がるはずだ。それだけの強さと経験を日本競馬は手にしている。社台と日高が切磋琢磨し、夢を叶えてほしい。1969年のスピードシンボリの初挑戦から50年になる2019年までにはと願う。そのとき先頭でゴールに駆け込むのは、デインドリームとディープインパクトの仔かもしれないと想像を膨らませつつ、2度目のロンシャンを後にした。また私も戻ってくると心に決めて。

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2011.10.05

フォト 凱旋門賞2011











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2011.10.02

凱旋門賞前日リポート 好天のロンシャンに勝機あり 

先週、日本を発ってイベリア半島の南部を旅してきたが、金曜夜に空路でパリに入った。もちろん、週末にロンシャン競馬場に行くためである。私にとってはメイショウサムソンの挑戦を観戦して以来。あの時は天気も悪く、肌寒かったのを覚えているが、今年のロンシャンウィークは半袖で十分な暖かい日となった。見上げれば、雲ひとつない青空。グリーンのターフが陽射しに照らされて、本当に気持ちが良い。カタール色の紫に彩られた場内。日本のファンも多く見られた。土曜日、G2ドラール賞に出走したのはナカヤマナイト。パドックで柴田善臣が登場すると、「頑張って!」と何人もの声援があがった。ナカヤマナイトは好スタートから2番手を追走する積極的な競馬をしたものの、直線では馬群に飲み込まれて11頭立ての10着に敗れた。相当、骨っぽいメンバーが集まっていたし、柴田としては完全燃焼した競馬だったのではなかろうか。

ドラール賞のレース直前には、凱旋門賞でナカヤマフェスタに騎乗する蛯名正義がスタンド前に出てきて観戦。関係者と雑談したり、ファンとの写真撮影に応じたりしていた。エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタと後一歩で涙を飲んできた蛯名にとって、今回は期するところがあるはずだ。有力紙「ParisTurf」は「凱旋門賞に賭ける日本の夢」という見出しで特集記事を掲載。エルコンドルパサーの惜敗したゴール写真も大きく載せている。ヒルノダムールについては何といっても無敗の凱旋門賞馬・ラムタラの血を引いていること、 2000メートルも3200メートルも実績があることなどが紹介されている。現地では今年の凱旋門賞はサラフィナと、リライアブルマン、ソーユーシンクらの対決に大きな注目が集まっているが、日本勢も決して軽視できないというのが大方の見方のようだ。ヒルノダムールとナカヤマフェスタにとっては幸運なことに、例年になく好天が続いたおかげで良好な馬場状態が望めそうだ。日本競馬の夢が叶う瞬間を見せてほしい。







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