カテゴリー「コラム・書評」の101件の記事

2015.03.17

逆ギレ発走委員のムチ連打事件 その真相と学ぶべきこと
ローブティサージュ復活に改めて問う

今月1日に行われた阪急杯はレースの行方とは別に、 ある牝馬のレースぶりに注目が寄せられていた。ローブティサージュである。 ほぼ3ヶ月ぶりの実戦となる同馬にとって、 阪急杯は競走生活を断つことになるやもしれない試金石となっていた。 問題はゲート入りだった。もしローブが嫌がって発走を遅延させるようなことがあれば、 二度とレースに出走させることはできなくなるだろう。 だが、目隠しされたローブは先入れにも動じることなく、すんなりとゲートに収まった。 そのまま好スタートを決めたとき、ローブの一口会員である私は胸をなでおろした。 他の会員や陣営、クラブ関係者も同じ気持ちだったのではないか。 事の発端は去年11月の京阪杯に遡る。ゲート誘導の際、枠入りを嫌がった同馬は発走委員から執拗に長ムチを連打されてパニック状態に陥った。 「体も硬直していたし、ゲートを出てからは冷静さを欠いて走っていた」(鞍上の三浦騎手) と言う。4番人気ながら競馬の形にもならない14着に大敗してしまった。 レース後、ローブにはゲート再審査が課せられたが、トレセンでの練習では恐怖から身体を震わせるなど精神的な傷は深く、試験も不合格となった。競走馬生命は風前の灯だった。

いったい京阪杯では何が起きていたのか。 先月、ローブが所属するシルクホースクラブは会報で、発走までの経緯を見開き2ページに渡って報じた。その情報に沿って振り返ってみたい。 もともと気性のうるさいローブの尾には「尻っぱね注意」を意味する 赤いリボンがつけられていた。この日もゲート入りを前にして尻っぱねをしたのだが、 発走委員の右手に脚があたって転倒させてしまった。 周囲の注意不足が原因だったのか、あるいは避けられない事態だったのかは分からない。不幸だったのは発走委員の腕時計を破損させてしまったことだ。 ローブはその後も尻っぱねしたため、三浦は 「目隠しをすればスッと入る」と進言したが、「順序がある」と断られてしまう。 そして発走委員はゲートから離れようとする同馬にムチを数回、連打。 一度、待避所まで戻り目隠しをすることになり、三浦は馬を下りた。 ところが、ここでも下馬直後、発走委員が何かを叫びながら腹めがけてムチを振るった。 結局、目隠しされたローブは大人しくゲートに入ったのだが、 一連の様子はテレビ中継に映しだされていた。

カメラが捉えていたのは、昂った感情を抑えられず、 怒りに任せてムチを振るう発走委員の姿だ。JRAは三浦の進言を却下した理由には 「定時発走のため発走委員も最善を尽くしている」とし、「腕時計が壊れたのは事実。でも感情的な鞭は打っていない」と抗弁している。 しかし、少なくとも騎手が下馬した後、待避所で脇腹にムチを打つ合理性は一分もなく、 エリート職員である発走委員を守りたい組織の姿勢ばかりが透けて見える。 馬を落ち着かせてゲートに導き、能力を最大限に発揮させるのが 発走委員の役割のはず。多額の馬券もレース前に紙切れにしてしまったわけで、 今回の発走委員の行為は「公正競馬」の信頼を損ねたことに他ならない。 JRAが発走委員を擁護するのには心底、失望させられた。当初、この一件は拙ブログを含むウェブサイトのほか 、ツイッターなどでファンが騒いだに過ぎず、競馬メディアでは JRAの顔色を伺わない「競馬最強の法則」が記事を掲載したぐらいだった。 沈黙を決め込んだ競馬マスコミの態度は残念だったが、 先月に一般紙である朝日新聞が取り上げたことで、一転してスポットライトが当たることになった。

京阪杯後のゲート練習では震え通しだったというローブ。 「前走のことが相当堪えている」(畑端騎手)様子だったため、 予定していた1月のシルクロードSは回避せざるを得なかった。 須貝師らスタッフは京阪杯で負ったトラウマに注意を払いつつ、 目隠しをしても落ち着いてゲート入りできるよう練習を重ねた。 そして先月初めに試験に合格。一度、ノーザンファームしがらきで体調を立て直し、 阪急杯での復帰を目指すことを決めたのだった。 競馬メディアはローブの復活は難しいと見ていたのか、馬柱の印は薄く9番人気に留まっていた。冒頭で記したように、最初から目隠しされたローブは問題なくゲート入り。レースも最後まで内ラチ沿いから脚を伸ばして、勝ち馬と同タイムの3着に好走した。 追い切りからバトンを引き継いだ池添騎手は、引き上げてくる際に 馬上で嬉しそうな表情を浮かべていたが、 泥だらけの不良馬場を懸命に走りぬいたローブに私も感情を揺さぶられていた。 馬自身も頑張ったし、困難を克服させたスタッフの努力にも感謝するばかりだった。

発走委員の個人的責任を問うことは望まない。 だが、今回の事件を契機にして、再発防止に向けた取り組みをJRAには進めてもらいたい。 最初に目隠しを拒んだことについてJRAは 「馬に合わせた対応については今後考慮していく」とクラブ側に回答している。 サラブレッドは繊細な生き物である。 杓子定規でなく、公正競馬を確保する視点から臨機応変な対応を願いたい。 また、そもそもゲート入りに長ムチを使うのは日本独特の習慣であって、 その効果には疑問を呈する見方もある。アメリカではポニーを誘導馬として使ったり、 ゲートボーイと呼ばれる専門職員を置いている。 テレビ中継に影響の出ないよう定刻を守らせよと、発走委員にプレッシャーをかけるのならば、ゲート入りを補助する改善策も欠かせない。 オーストラリアの元日本人騎手はゲートに「嘘みたいにすんなり入ってくれる」 馬着の導入を提案している。できるところから、試みを始めてほしい。

最後に、この問題に対してJRAに毅然とした姿勢で質疑を求め、 詳細を公表したシルクホースクラブと須貝師に敬意を表したい。 事なかれ主義に問題を伏せたほうが面倒はなかったかもしれないが、公にすることでJRAの態度は変わるだろうし、今後の競馬界全体のためになる。 会員がクラブに寄せる信頼も大いに高まったはずだ。 また、一つ確かめておきたいのは、今回の事件はゲート入りの手法や発走委員の手順が問われているのであって、ローブがゲートを嫌がったことへの陣営の責任を混ぜ込んで議論するのは間違いだということだ。 馴致が十分でないというならば、それは別途、批判するべきだ。実はローブはデビュー前に試験を4度連続で落ちるほどゲート難があったが、陣営は根気強く向き合って同馬を育ててきた。少なくない競走馬は気性難やストレスを抱えているものだし、そうした状況でも騙し騙しレースに使うのが陣営の技術である。素直にゲートに入る馬ばかりではないからこそ、 発走委員を含む人馬の安全、ファンの利益を守るための知恵を出していくことが 必要ではなかろうか。

*カギ括弧の引用は別途注釈がないものはシルクホースクラブ会報及びオフィシャル情報による

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2014.05.02

不運が重なった落馬事故 後藤は秋以降の復帰へ意欲

先月27日の東京10レースで落馬事故に見舞われた後藤浩輝。 馬が大きく転倒し、投げ出された後藤は起き上がることができず、その容態が心配された。診断の結果は第5、第6頸椎棘突起の骨折で、「歩行も可能だが、腕のしびれが残り、力の入らない状態」(報知)。 競馬場に戻るのは秋以降になることが明らかになった。後藤は一昨年の5月と9月にもレース中の落馬で頚椎を骨折し、合計1年4ヶ月もの休養を余儀なくされていた。手術やリハビリを経て昨秋に復帰し、今春はショウナンアチーヴでニュージランドTを制覇するなど順調に活躍を続けていただけに、あまりに酷なアクシデントだと言うほかない。 1日、後藤はフェイスブックに顔面に内出血の残る痛々しいコルセット姿の写真を掲載し、ジャッキー・チェンを引き合いに出しながら復帰に向けた意欲を明らかにした。

後藤浩輝、ちゃんと生きてます。 皆さんご心配とご迷惑をかけてしまい本当にごめんなさい。 この数日、嘘のような現実に悔しくて悔しくて泣き叫びたくて仕方ありませんでした /僕たちが憧れていたジャッキーはどんなにアクションで身体中の骨が折れてボロボロになってもまた立ち上がり闘い続けて僕たちに勇気と笑顔を与えてくれたじゃないか!まだまだ僕は立ち上がれる…。 みんな、待ってろよ‼︎ (フェイスブック)

一歩間違えれば取り返しの付かない事態も考えられた事故だったが、後藤が再び手綱を取る決意を示してくれたことに敬意を表したい。辛いリハビリの日々もあると思うが、がんばって乗り越えてほしい。今回、加害馬に騎乗していたのが、一昨年のNHKマイルCにおいて後藤落馬の原因をつくった岩田康誠だったことで、同騎手の責任を問う声が聞こえてくる。読売新聞の「落馬し重傷、2年前と同じ騎手が妨害」との見出しにも、批判的なニュアンスが感じられる。もともと岩田は強引な騎乗が目立つタイプで、そうした姿勢が馬主や調教師から積極的に肯定されるところがあった。ジェンティルドンナでオルフェーヴルと激しく接触したジャパンカップ(騎乗停止2日間)は印象が強いのではないか。このときは岩田の闘志を吉田勝己や岡田繁幸らは評価していた。一方、ロードカナロアを大きく外へ斜行させた安田記念では、寄れても左ムチを叩き続けた騎乗に過怠金10万円が課せられた。 2着だった浜中が涙ながらに不利を訴えたことをファンは覚えているのではないか。

今回の落馬事故はどのように引き起こされたのか。 一昨年のNHKマイルCでは、行き場を失った岩田(マウントシャスタ)が無理やり後藤(シゲルスダチ)の進路をカットしたものだった。非は明白に岩田にあった。しかし、今回は同様の事故と断じるのは難しい。パトロールビデオを確認する。先行馬の後ろにいた岩田(リラコサージュ)の外側には十分スペースがある。後藤(ジャングルハヤテ)の進路もギリギリ残されている。しかし、外の馬が内へ寄ってきたことで、後藤も内へ押し込められる。岩田との進路が重なり、後ろにいた後藤は接触して投げ出される。岩田に不注意があったのは事実だろうが、妨害の意志があったわけではない。レースのアヤも絡んで不運が重なった結果だった。騎乗停止は開催4日間。採決の見立てからも遠くはないだろう。しかし、11人のジョッキーがいたなかで、岩田が加害者、後藤が被害者となるのだから事実は数奇と言うのか、あるいは遠因を見出すべきなのか。

去年から導入された降着・失格制度は、ほとんどのケースで着順変更を行わない仕様で、岩田・リラコサージュの入線順位も変わらないまま確定した。馬でなく騎手を処罰することでラフプレーを抑制できるという新制度。今回のケースは悪質ではないが、トータルでは危険な騎乗は増えていないか、騎手たちが強引な手綱さばきを求められていると感じていないか、 きちんと検証した結果を公表してほしい。また、落馬させても失格とならないルールをファンは疑問なく受けいれているかといった信頼性も確かめる時期にあるのではないか。もう一つは、今回の事故直後、フローラSをサングレアルで追い込み勝ちしてタフな精神力を見せた岩田の今後。騎乗に変化があるのかどうか、気になるところだ。勝負事に積極性は欠かせなくても、最悪の事態が起きるようなことだけは避けてもらいたい。

>>降着・失格に新基準 ラフプレーの増加には懸念も(2013/1/15)

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2013.06.18

預託頭数削減 “負け組救済策”へ角居師が身を切る抗議
厩舎制度改革にヴィジョン示せ

栗東の常勝ステイブル、角居勝彦厩舎の身を切る猛抗議が競馬サークルに衝撃を与えている。12日、角居師は公式ブログで来年の2歳馬(2012年生まれ)を1頭も預からないことを明らかにした。一口クラブの募集カタログに同厩舎に入厩を予定している馬がいないことからファンの間では様々な憶測を呼んでいたが、クラブ馬だけが対象というわけではなかった。角居師が決断の理由として挙げたのが「預託頭数の削減」だ。JRAの規定によれば、以前は馬房数の3倍まで預かることができた(20馬房を超える分の係数は2倍)。それが去年10月に2.7倍に、今年3月には2.5倍へと引き下げられた。現在、角居厩舎は28馬房を割り当てられている。以前は76頭(20*3+8*2)まで預かれていたのが、新たな規定のもとでは70頭(28*2.5)までしか預かれない。角居師は馬房の都合を理由にして一旦、預託された馬をベストを尽くさないまま見切りをつけることは、信条に反すると考えた。そして、ルール変更を知らされた去年暮れ、2012年産馬を受け入れない方針をすべてのオーナーに説明したのだという。
一世代あたり25頭強を預からせていただき、残念ながらデビューまでたどり着けない馬や、我々の力が及ばず未勝利で引退してしまう馬もいるのですが、6~7割の馬が勝ち上がってくれ、そのなかにはオープン馬として厩舎の看板を背負って長期間がんばってくれる馬もいます。そうやってひとつでも多くの勝利をあげようと取り組んできた積み重ねを否定されるような預託頭数削減に対して何らかの対応を取らざるをえなくなりました。勝つことを目標にやっているのに、勝てば勝つほど馬の入れ替えがうまくいかなくなるというジレンマに陥ってしまうからです。 (Team Sumii オフィシャルブログ)
なぜJRAは預託頭数削減を打ち出したのか、なぜ角居師はこれほど怒りを顕わにしたのか。今一度、厩舎制度がどのような状況にあるのか振り返ってみよう。もともと中央競馬では1厩舎20馬房を基本にして設計されていた。各厩舎横並びの護送船団方式である。競馬ブームの華やかなりし頃、馬を預かってほしいと頭を下げてくる馬主は山ほどいて、調教師ほど楽な商売はないと言われたものだった。もっとも、そうした既得権益にベテランが胡座をかいていては競争意識も低下するし、若手も育たない。そこで提案されたのが厩舎の年間成績に応じて馬房数を増減させる「メリット制」だった。具体的には成績の下位1割に甘んじた厩舎の馬房をふたつ、上位の厩舎に回すことになった。預けたい馬主が大勢いて、馬房数が多ければ多いほど利益は得られることを前提にしたシステムだ。だが2004年、メリット制が導入されたときには競馬バブルは終焉していた。とりわけ、美浦トレセンの地盤沈下は激しく、経営難から定年前に「勇退」を余儀なくされる調教師が続出。馬房を埋められないと自ら返上を申し出る者も相次ぎ、制度は事実上、崩壊した。

一方、厳しい競馬不況のもとでも躍進を遂げたのが、社台グループなど有力オーナーと強固な関係を築いた西の調教師たちだった。角居師はその代表的な存在だ。社台グループなどが求めたのは、馬を効率よく「回転」させること。厩舎に長く滞在させて一から調教するスタイルは時代遅れ。調教のほとんどはオーナーブリーダーが直営する育成施設で済ませ、厩舎ではなるべく短期間でレースに向けた仕上げを行う。そのため、調教師は放牧と入厩をマメに繰り返しながら、できるだけ馬房を遊ばせず、多くの回数、レースに使うことが最も重要な仕事になった。優秀な成績を収めて馬房数を最大まで増やした角居師も、預託契約を結んだ76頭のマネジメントに心血を注いできたはずだ。未勝利で競馬場を去る馬が多ければ、馬の入れ替えとて苦労は少ない。しかし、懸命に馬を勝ち上がらせれば、古馬になっても在厩するわけだから、どうしたって馬房は足りなくなる。「勝てば勝つほど馬の入れ替えがうまくいかなくなるというジレンマ」に角居師は陥っていった。そこに降ってわいた預託頭数削減である。

JRAが持ち込んだ競争原理に従って努力してきたのに、まるで相反するルールを適用されれば憤るのは自然なこと。角居師の心中、察するに余りある。一方、JRAにしてみれば、時計の針を戻さねばならない事情があった。馬を集められる調教師と、そうではない調教師。両者の格差はメリット制導入も一因となって、加速度的に広がっていた。ただでさえ馬不足なのに、一部の勝ち組ステイブルばかりに預託が集中する。廃業する厩舎が続き、厩務員などの雇用は不安定化。新規開業する若手調教師も経営を軌道に乗せることが困難になってしまった。厩舎間で「適正な競争」が行われるのは理想の形だ。その結果として敗れる者が出るのは仕方がないが、若く優秀な人材が不平等な立場に追い込まれ、芽を摘まれるとしたら競馬界にとって大きな損失である。去年、平場条件戦について関西馬の関東遠征に歯止めをかけるルール変更が実施されたように、JRAは競争を弱める保護主義的方針へと舵を切り始めている。今回の預託頭数削減も中堅や下位厩舎、言葉は悪いが“負け組”を救済する一環だと考えるべきだろう。

ひとつ、面白いことに角居厩舎のあるスタッフは、経営者である師とは異なった見解をツイッターで開陳している。

親分はJRAへの抵抗としてこういう決断をしましたがJRAはこれを受けて何を思うのか?おそらく何も思わないし何も変わらないでしょう。従業員としては理解し難い決断でしかありません。この選択がいいのか悪いのかは今は分かりません。どうなってしまうか…/ 私には下位厩舎の救済措置とも取れるこの制度、妥当だと思います。JRAは上位厩舎の味方ではありません。組織全体を守って当然です。(@TeamS_T)
調教師の重い決断に異議を唱えたスタッフには少し驚かされたものの、素直に言えば、こうした風通しの良さが角居厩舎の躍進を支えてきたのだろうと感じる。そして、調教師の激しい怒りとは逆に、多少のルール改定くらいでは角居厩舎の優位は動かないだろうとも。なぜなら、「厩舎村」に巣食う旧態依然とした意識や仕組みこそが、トレセン内の格差を生む大きな要因になってきたからだ。いち早く、そこを脱したがゆえに角居厩舎の今の繁栄があるわけで、アドバンテージは当面変わらない。調教師も厩舎の屋台骨を揺るがせない自信があったから、こうした捨て身とも映る大胆な行動が取れたはずだ。

美浦トレセンの長期低迷は労働組合の力が強すぎて改革を進められなかったことにあった。今でも少ないスタッフ数による効率的な運営などにおいて、東は西に遅れをとったままだ。そもそも、厩舎は独立採算制の会社組織であるはずが、従業員の給与さえ調教師は決められず、若手調教師は解散した厩舎から年収の高いベテラン厩務員を引き継ぐことを強いられる。預託料を下げられなければ、上位厩舎から馬を奪う術もない。今回のルール改定は一時的にせよ、過度な預託の集中を和らげ、下位厩舎を潤す効果はあるのかもしれない。しかし、行き詰まった厩舎制度の基盤を抜本から改革することなしには、適正な競争には程遠い現状が続くだろう。逐次、下位厩舎への中途半端な救済策を講じては、角居師のように上位厩舎の反発を招くばかりだ。疲弊し、耐用年数は限界を超えた厩舎制度。5年後、10年後、その姿はいかにあるべきか、すべての関係者にヴィジョンを提示してコンセンサスを得ながら改革を進めることが必要なのだと思う。

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2013.04.22

カミノタサハラ屈腱炎 G1週の高速馬場をどう考える?

弥生賞を勝ち、ダービーでも有力候補の1頭と目されていたカミノタサハラがクラシック戦線を離脱した。 今月14日、皐月賞で4着と好走した同馬だったが、 16日に脚元の異常が発覚。検査の結果、左前浅屈腱炎と分かり、全治1年の診断がくだされた。管理する国枝師は 「レコード決着になった高速馬場が影響したかどうかは分からないが、非常に残念」 (報知)と語った。 また京成杯優勝馬で皐月賞は12着に敗れたフェイムゲームも、 左前橈骨遠位端骨折を発症。こちらは全治6ヶ月。 宗像師によればレース中に負った可能性が高いとのことだ。 1分58秒0というコースレコードで決着した今年の皐月賞。 有力馬の故障が相次いだことで、速いタイムが出る硬い馬場がケガを生じさせたのではないかとの声も聞こえてくる。 しかし、故障と馬場の直接的な因果関係は明らかではない。どう考えればいいのか。

もともと中山最終週に行われる皐月賞は雨に祟られやすい季節も相まって、荒れた馬場になりやすい。過去10年、1分58秒台が計時されたのは2度だけであり(09年アンライバルド・04年ダイワメジャー)、ゴールドシップやヴィクトワールピサが優勝した近年も2分1秒前後が記録されている。いかに馬場の良いところに進路を確保できるかが、勝負の分かれ目となってきた。そのため、皐月賞は展開による紛れが多いことや悪い馬場を走る負担を嫌って、毎年のように出走権を持ちながら敢えてパスする陣営が現れるほどだ。かたやJRAとしては芝刈りや整地作業をして、少しでも”良い馬場”をつくりたいと願うのは自然なこと。では、今年はどれだけ高速馬場だったのだろうか。 1200メートル戦で比べると、前週の古馬オープン戦は1分9秒8。 対して、同じように先行馬が勝利した皐月賞当日の1000万クラスは1分8秒6だった。 スプリント戦で2つ下のクラスでも1秒以上速かったわけだ。

JRAの統計によれば、高速馬場だからといって故障発生率が高くなるデータはないそうだ。むしろ「硬かったり軟らかかったり、また凹凸があったりした場合に、競走馬の肢は競走馬自身の予想とは違う動きをしてしまう。これがもっとも事故につながりやすい」 (競走馬の科学)のだと言う。 また、骨折は芝が剥がれた跡に脚をとられるなど突発的なアクシデントとして起こり得るが、屈腱炎は些か性格が異なる。調教やレースで蓄積した「腱の疲労」がピークに達し、ある衝撃が引き金となって発症する。 カミノタサハラも100%健康だった状態から、高速馬場を走ったことで突然、屈腱炎になったわけではない。こうしたことを踏まえれば、JRAはレコード決着させたくて馬場を硬くしているわけではなく、平らで硬さを一定にしたほうが安全性が増すと判断して整備をしていることが知れよう。 とはいえ、硬い馬場がまったく競走馬に悪影響を及ぼさないかというと、そうではない。カミノタサハラの故障にショックを受けた蛯名正義はこう指摘する。

芝を刈った影響なのかよく分からないが、乗っていてすごく馬場が硬い印象だった。 これは今に始まったことじゃないけど、GⅠウィークに馬場を”造り込む”ってのはどうなんだろうね? 速い時計が出ることによって馬にダメージは残るし、事前にレースを予想するマスコミやファンにとっても親切じゃないと思うんだけど。馬場を奇麗に保つことはもちろん大切だが、 必要以上に手を加えるってのも考えものだと思う。(東京スポーツ 4/19)

確かに、もし同じようにフラットな馬場がふたつあると仮定して、ひとつは硬い馬場、もう一つは柔らかい馬場なら後者のほうがリスクは少なかろう。硬さがまったく馬に影響がないなら、コンクリートの上を走らせれば良いわけだから。 だが、馬場整備は自然を相手にしているようなもの。現実は机上の論とは程遠い。整地を疎かにすればケガをするリスクが増える。 一方、硬い馬場をつくれば重い疲労など他の要因が発生するやもしれない。その塩梅は計算式で出せるものではない。 ジレンマのなかで経験を重ね、データを収集し、ジョッキーなど関係者の意見に耳を傾けながら試行錯誤していくしかないのだろう。私たちファンも直情的にJRAの馬場づくりを非難したり、逆に高速馬場を不安視する見方を切り捨てるような拙速さは避けなければならない。いずれにしても、馬場というのは永遠の課題である。

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2013.01.21

AJCCも降着なしの新ルール 裁決に”裁量”の余地なし

1着馬が2着馬の進路を妨害することとなったAJCC。今年から運用が始まった新ルールに基づいて、「降着なし」「騎乗停止6日間」の処分が発表されたが、 ファンの間からは疑問の声があがっている。 まず、AJCCの走行妨害が起きた場面を振り返ろう。直線、内から4頭目を回って先頭に立ったダノンバラードが、ムチを受けて大きく寄れる。そのため、伸びかけていたトランスワープが押しやられ、クビをあげるほどの不利を受けた。さらに最内にいたゲシュタルトもトランスワープに押圧され、後方で行き場をなくしてしまった。ダノンバラードはラチ沿いを通って1位入線。トランスワープは態勢を立て直して伸びてきたものの、勝ち馬には1馬身4分の1届かなかった。レース後、トランスワープの調教師と騎手が降着を求める申し立てをしたため、審議のランプが点灯。しかし、裁決は「走行妨害の影響がなければトランスワープはダノンバラードより先に入線したとは認めない」 として、申し立てを退けた。以上が概況である。

レース後の記者会見、JRAは旧ルールに則ればダノンバラードは降着だったと述べたそうだ。そうした意味で重賞レースでの裁決は、新ルールを知らしめる機会になったと同時に、違和感を抱いたファンの批判を噴出させることになった。新ルールについては先日、拙ブログでも詳細に記したのでご存知ない方は目を通していただきたい。(「降着・失格に新基準 ”着順はそのまま、制裁は騎手へ”」2013/1/15)。旧ルールでは被害馬が重大な影響を受ければ降着とされたが、新ルールでは「走行妨害がなければ被害馬が加害馬に先着していた」と判断された場合に限って、降着処分となると定められた。しかし、これを字面通りに受け取ると混乱する。実際は被害馬が態勢を立て直して猛追、加害馬にわずかな差まで迫る、といった明らかな状況がなければ順位は変わらない。こうした場面は極めて稀だ。とりわけ、実力が伯仲するオープンクラスなどでは見られない現象で、つまり、ほとんどのケースで降着はないと考えたほうが正しい。AJCCもトランスワープは不利後、よく伸びてきているが、ダノンバラードを誰がみても交わす勢いだったとまでは言えない。よって到達順位の通りとするのが新ルールである。当然、ラフプレーのやり得ではないかとの懸念は生まれるが、JRAは騎手の制裁を重くして抑制するという。

当初、私は新ルールの文言を読んだとき、妨害がなければ被害馬が繰り出せていただろう差し脚を推し量り、加害馬に先着できたかどうかを裁決委員が判断するものだと思っていた。だが、JRAの説明を聞くと、それがまったくの勘違いであることが分かった。新ルールでは裁決委員は推量しない、想像力を働かせない、人によって判定が変わるような曖昧な余地は与えられない。裁量権を放棄することで自らを縛り、恣意性を生む要因を排し、裁決の一貫性を堅持することにしたのだ。現実として被害馬がよほど加害馬を上回る伸びを披露していなければ、裁決委員に降着とする権利はなくなった。その結果、誰が裁決委員を務めてもジャッジは同じに。降着は皆無に近くなり、審議する必要性すらも消えた。ファンの中には「降着処分」をなくすことを求めたのではない、裁決の技術レベルや審議の透明性を向上させてほしかったのだとの恨み節も散見される。今後、抜本改正の方向性への批判は巻き起こるかもしれない。少なくともJRAは「原則として到達順位は変えない。例外として降着はある」と、明文化して誤解を解くべきだろう。不利がなければトランスワープは先着していたと、裁決が推量してくれることを期待したファンにとって、 新ルールの「文言」と「運用」の差は乖離しすぎている

もう一つ聞こえてきたのが「なぜ審議にしなかったのか」という点。調教師の異議申立てがなければ、今回も審議のランプはつかなかった。JRAの論理からすれば、降着の可能性はないのだから審議は不必要だということだろう。確かに裁決委員があれこれ降着について話し合あう余地はなかった。一方、明らかな走行妨害が起きているのに、そのまま確定してしまうことに関係者、ファンが憤るのは自然なこと。降着はなくとも騎手に制裁が加えられる場合は、ランプはつけたほうが親切だと私は思う。審議はしないが審議ランプをつけるのは矛盾しているなら、「審議・走行妨害ランプ」とでも名前を変えればいい。JRAは妨害行為があったことは認識しているのだと、分かりやすくアピールするべきではないか。また、降着についてこれほど物議を醸したということは、近い将来、落馬を誘発する走行妨害があったときは、さらに大きな議論になることが予測される。新しいルールでは過去の失格事案はすべて故意や悪質な過失はなく、いずれもセーフになるとされている。失格制度の事実上の廃止である。落馬させて1位入線も降着なし、そうしたケースが発生するまでに新ルールをファンに理解させることは難しいだろう。

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2013.01.15

降着・失格に新基準 ”着順はそのまま、制裁は騎手へ”
ラフプレーの増加には懸念も

1991年、初めて降着制度が導入されてから22年。「降着・失格のルール」が抜本的に見直され、従来とはまったく異なる新基準のもとで年明けから運用が始まった。些か乱暴に要約すると、ほとんどのケースで降着はなくなり、その代わり騎手に厳罰が課されるようになる。早速、2人の騎手が新たなルールの制裁対象となり、騎乗停止処分がくだされた。まず、何が変わったのか、ポイントを押さえておきたい。これまでは「被害馬の競走能力の発揮に重大な影響を与えた」と判断された場合、加害馬は被害馬の後ろに着順を下げられていた。新ルールでは「走行妨害がなければ被害馬が加害馬に先着していた」と判断された場合に限って、 降着処分となると定められた。例えば走行妨害があり、それによって被害馬が大きく減速して敗退したようなケースでは「競走能力の発揮に重大な影響」があったわけだから、旧ルールでは降着とするのが当然だった。しかし、新ルールではそうはならない。被害馬が態勢を立て直して猛追、加害馬にわずかな差まで迫る、といった具体的な状況がなければ順位は変わらないのである。「到達順位を尊重する」のが新ルールの大原則と覚えておかねばならない。一方、変わらないのは「第三の馬との着順着差は判断材料とならない」こと、 つまり被害馬と加害馬の二者の関係しか考慮されない点だ。

先週、騎手が制裁を受けた2件を振り返る。まず、土曜京都の準メイン・寿S。ゴール前、マイネルディーンの伊藤工真は右ムチを入れて追い出した。同馬は大きく外に寄れて、斜め後方にいたカワキタフウジンの進路を狭める結果となった。マイネルディーンは2位、カワキタフウジンは5位入線した。裁決の判定は「降着なし」、「騎手は開催6日間の騎乗停止」。伊藤が馬を矯正することなく右ムチを入れ続けたことが鑑みられたのだろうが、いずれにしても非常に重い部類の処分である。カワキタフウジンが「能力発揮に重大な影響」を受けた可能性はある。だが、脚色はマイネルディーンを上回ることはなかったから、カワキタフウジンが先着していたとは認められず、到達順位の通り確定したのだった。進路がなくなったのだから、脚勢で劣るのは当然と言えば当然である。それでも降着にしないのは「裁決委員が判断できる材料がない」からだ。先着できたかどうか確固として分からないときは「到達順位を尊重する」という論理である。違和感を持つファンもいるかもしれないが、疑わしきは(馬を)罰せず、真っ黒でなければ降着とせず、なのだ。

もう1件は日曜京都の4レース。直線でイスカンダルは鞍上の福永祐一がムチを持ち替えた際、驚いたように外に斜行。2頭の進路に影響を与えた。イスカンダルは4位入線。被害馬はそれぞれ7位、10位で入線した。裁決の判定は「降着なし」、「2日間の騎乗停止」。騎手の過失度合いが軽く、この日数に留まったのだろう。そして、加害馬が先着していたものの、被害馬に脚はなく到達順位は変わらなかった。この事案、審議のランプは点灯しなかった。新ルールでは5位入線までの馬に着順変更がある場合に限って、審議ランプがつくことになっている。馬券に関わる部分は時間をかけて行い、そうでない部分なら速やかな確定を優先させるのだという。イスカンダルは4位入線だったが、審議でないのは降着でないのが明らかだったからだろうか? まだ運用が始まったばかりで不明な部分も多いが、現場やファンの声を聞きながら改善を進めてほしい。今回の抜本的改正は一昨年のジャパンカップ、 1位入線したブエナビスタが降着とされて以降、裁決が厳しい批判に立たされたことが出発点になっている。公正競馬への信頼を失えば、ファン離れを加速させかねないとの憂いがきっかけだ。

グリーンチャンネルやマスコミを通じてJRAは積極的な広報活動を行なっているが、先週の競馬ブックでは改正作業を中心になって進めてきた中村嘉浩公正室長のインタビューが掲載されていた。記事では過去に起きた降着事例について、新ルールでも降着となるのか質問に答えている。 1991年の天皇賞秋、メジロマックイーンのケースはシロだと言う。 「事象の発生がスタートして間もない2コーナーだったという事。そして、6馬身の大差で1位入線している結果から、いずれの被害馬も妨害がなければマックイーンに勝てていたとは言い切れない」のが理由だ。被害馬の1頭、プレジデントシチーは7秒もの大差をつけられて入線したが、もし走行妨害がなかったらメジロマックイーンより先着していたかどうか、 裁決委員には判断材料がない。ゴールから遠ざかるほど因果関係は不明瞭になる。実質、直線以外の走行妨害は降着にできないということだ。 一昨年のジャパンカップも降着にはならないという。「ブエナビスタは1馬身4分の3の差をつけており、かつゴール前の脚いろは優勢で、不利が無くてもローズキングダムが先着していたとは判断できないから」とする。被害馬は妨害行為で怯むなどメンタル面から伸び脚を欠くこともあろうが、もし妨害がなければもっと伸びていたのではなどという想像力は発動されない。妨害後、現実に加害馬より優勢な脚を繰り出さなければ降着は検討もされないわけだ。

被害馬が加害馬をハナ差まで追い詰めても降着にならないケースもある。去年のジャパンカップ、ジェンティルドンナの岩田康誠は強引な進路取りでオルフェーヴルに接触。激しい叩き合いの末、3歳牝馬に軍配は上がった。降着にはならなかったが、岩田は2日間の騎乗停止処分を受けた。オルフェーヴルは急減速なく、ジョッキーも大きくバランスを崩すなどしなかったため、旧ルール「能力発揮に重大な影響」はないとされたからだ。では、新ルールではどうか。中村室長は 「オルフェーヴルは勝てたのか?という観点から見ると、受けた影響度を考慮しても 『勝っていた』とは言い切れません」と降着はないとする。 ゴールまでオルフェーヴルはわずかずつジェンティルドンナとの差をつめているように思うが、 明確に先着したといえるほど脚色の違いではないということか。こうした事例を鑑みると「降着」の印籠が懐から取り出されるのは、かなり少なくなることが分かる。年間30件から40件あったうち、降着に該当するのは1割程度になるとJRAは見ている。3000レースで3件なら0.1%。降着を目の前で拝むほうが、WIN5を的中させるより難しいかもしれない。

そうなると必然、心配になるのがラフプレーの増加だ。この点、JRAは「騎手への制裁を今まで以上に厳しくする」ことでラフプレーや不注意騎乗を抑制する意向だ。前述した伊藤の騎乗停止6日間は重すぎるのではないかと感じたが、JRAが新ルールの運用方針を敢えて示したとも受け取れる。だが、見方を変えれば、騎乗停止と引き換えにラフプレーが許されるともとれるわけで、G1などビッグレースになるほど強引な手綱が増えることにならないか。賞金の低いレースでも、勝ち鞍の少ない騎手はリスクをとるだろう。また、騎手は本心では危ない騎乗はしたくなくとも、調教師や馬主のプレッシャーを感じずにいられないはずだ。馬主の寡占化が進み、ジョッキーの立場が弱まっている昨今、騎手への制裁を強めることがラフプレーの絶対的な歯止めになるかは疑問が残る。新ルールでは「失格処分」も極めて悪質な行為に限定し、JRAは過去の失格事例は新ルールでは1件も失格にはならないと明言している。失格制度の事実上撤廃で、ラフプレーと競走成績の相関関係は一層小さくなる。

去年のジャパンカップ、岩田の騎乗について関係者、マスコミ、ファン、いずれも容認、賛美する意見が多かった。ノーザンファームの吉田勝己社長は「これが失格になったら競馬にならないよ」(栗山求ブログ)とコメントし、吉田照哉や岡田繁幸も積極的に肯定する発言をグリーンチャンネル内でしていた。確かにジャパンカップのラフプレーは進路を横切るような事故に直結するものでなく、互いに馬体をぶつけ合うナイスファイトであったかもしれない。しかし、私が懸念するのは新ルールで降着・失格がほとんど皆無になる状況のもと、 ラフプレーが社台グループのような大オーナーから称賛されることで、結果的にジョッキーが危険な騎乗を強いられはしないかということだ。競馬は格闘技ではない。福永洋一、石山繁、常石勝義らは落馬事故で再起不能になり、岡潤一郎、玉ノ井健志、竹本貴志は還らぬ人となった。事故を引き起こすことだけはないよう、JRAや関係者には心を砕いてもらいたい。新ルールはイギリスやアイルランド、ドバイなどの主要国の規則に近く、「着順はそのまま、制裁は騎手へ」という基準はファンも理解しやすいだろう。それだけに以前にも増して審議過程の透明性、競走の安全性確保に努めながら、ルールの浸透を図ってもらいたいと願う次第である。

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2012.11.05

天覧競馬にドレスコード!? 産経の主張にネット沸騰

東京競馬場で行われた秋の天皇賞は7年ぶりに天皇、皇后両陛下の臨席を仰いだ。優勝したエイシンフラッシュのミルコ・デムーロ騎手(伊)がゴール後、正面スタンド前で下馬し、 芝にひざまずいて貴賓室の両陛下に最敬礼。スタンドの喝采を浴びたのがいかにも「天覧競馬」で華やかだった…のだが、産経新聞が「天覧競馬と知っていても普段着で出かけた人が大半だろう」 「いったい何人が、天皇皇后両陛下に敬意を払ってレースを見ていただろうか」と、行幸啓に際してファンはドレスアップすべきだとする記事を掲載し、ネットでいま、カンカンガクガクの論争が起きている。なんで?
>>天覧競馬で最敬礼は違法!? 満場の喝采さらった伊騎手の行為にネットで議論沸騰(産経ニュースwest)

産経のスポーツコーナー「競馬サイドストーリー」は大新聞らしからぬ軽妙な筆致と夕刊紙のようなネタを得意とし、一部のファンに好評を博している。とりわけ、天覧競馬を取り上げた記事はツイッターを中心に広く言及されているようだが、それも当然だろう。何しろ関西人ならずともナンデヤネン!と突っ込みたくなるトラップが幾重も埋め込まれているのだから。だいたい見出しからして凄い。「最敬礼は違法!?」とある。どういうことか読み進めると、「競馬法は第120条で『到達順位が第7位までの馬の騎手は、競走終了後、直ちに検量を受けなければならない』 と定めている」というのだ。競馬法は開催回数、馬券発売など競馬の根幹をなす重要法令だが、実は第34条までしか条文がない。私の浅薄な知識によれば、後検量に関する規則はJRA理事長通達で出された 「競馬施行規程」に記載されているもの。検量所まで下馬してはならないというのは「法律」に違反しているわけではない。もし違法行為であれば、一特殊法人にすぎないJRAが大岡裁きなどできるはずがない。さらに記事では

松永幹騎手(現調教師)は下馬せず、ヘルメットだけを脱ぎ頭を下げた。松永幹騎手は競馬法の条項が骨身にしみて分かっているから、失礼を承知で馬上礼をとったのだ。なにも天皇陛下への尊敬の念がイタリア人より劣っていたわけではない。デムーロ騎手がその条項を知っていたかどうか。「調教師から、勝ったら陛下に一礼と言われていたそうだ」「さすが欧米人は礼節をわきまえている」「でも例外を認めると今後悪用される」「開催委から許可がないなら当然制裁だ」などとネット上で議論が沸騰している。

とあるが、寡聞にして白熱した議論が行われていることを知らない。それに松永幹が「失礼を承知で馬上礼をとった」というが、これは本人の言葉だろうか? 例えば馬術競技では臨席する国家元首などに対して敬礼することが決められているが、競技者は騎乗したまま脱帽することになっている。馬上礼は礼儀を失するものではないのだ。もし規則で下馬できないから両陛下に失礼な行為を騎手にさせていたとすれば、それこそJRAは非難されるべきだろう。デムーロより松永幹が礼を欠いていたとする事実認識、些か疑念が生じる。またロイヤルアスコットのドレスコードを引き合いに出しているが、すべての一般来場者にまで厳しく適用されているわけではない。「国内唯一の国際GIジャパンC」の表現はJRA国際部に泣いてもらうとして、 「それ(関係者)にあわせて観戦者が着飾るのは見たことがない」と嘆くのは、凱旋門賞当日のロンシャンが安物のジャンパーを羽織った親父で溢れかえっているのを鑑みると、少し悲観的になりすぎているのではないかと思ってしまう。

だが、せっかくの提言に対してネガティブな感想ばかり述べることは生産的であるまい。 想像してみよう、ドレスコードが厳格化されたときの天覧競馬の姿を。男性は黒のモーニングスーツとシルクハットを着用、女性は直径30センチの土台ある帽子を被らなければならない。入場門では緑服のJRA職員が「卑しい下人どもめっ! 」と小汚いファンを警棒で殴りつけ、着慣れぬ格好をした徹夜組には「ルネッサ~ンス!」とワイングラスを回す連中が続出。フジビュースタンドは鈴木淑子と愉快な仲間たちに我が物顔でハイジャックされてしまう。 壮大な光景だ。この雰囲気に陛下もご気分麗しくされ、畏くも馬券を購入。レース後、「やはり、いっくんは来ませんでしたか」と競馬研究を御手にのたまふ。外人騎手の最敬礼には目もくれず、「何事にも先行馬はあらまほしきものですね」と最終の検討に入る。アッパレ天覧競馬。ロイヤルアスコットにも負けない熱気。王室と国民が一体となる瞬間である。そう考えると、一見すると「不毛」に感じる今回の記事も、なかなか捨てたものではない気がしてくる。 斜め上を行く「競馬サイドストーリー」の快進撃に注目したい。

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2012.06.12

繰り返された不可解な裁決 小島茂師は裁定員会へ訴え 

「騎乗停止も降着なし」、裁決委員が下したジャッジが波紋を広げている。10日の東京8レース、芝マイル戦。先頭を走っていた内田博幸のファイナルフォームはゴール直前、外側に大きく寄れて、後方から伸びてきていた松岡正海のランパスインベガスの進路を遮った。松岡は手綱を引いて急ブレーキをかける形になり、2着を確保しそうな脚色だったにも関わらず3着に敗れてしまった。裁決は「内田博幸の決勝線手前での急で大きな外側への動きは、危険な騎乗に該当する」と実効2日間の騎乗停止を課した。その一方、着順の変更は認めなかった。ランパスインベガスを管理する小島茂之師はレース後、走行妨害の申し立てを行ったが棄却。そのまま入線順位の通り確定した。なぜ明らかに着順に影響を及ぼした行為に対して降着処分がなされなかったのか。裁決委員の青木清也は記者会見で次のように述べた。

「外斜行したのは内田騎手が内側から不用意にムチを入れたため。明らかに過失がある」と説明。降着にしなかった理由については「3着馬に与えた被害は降着にするほど致命的とは言えないと判断した。斜行したのは決勝線の2完歩手前で、被害を受けている最中にゴールへ入った。着順が替わったかよりも被害を受けた位置や減速の度合いが降着の尺度になる」 (スポニチ)

近年、裁決の判断を巡って最も大きな議論を巻き起こしたのは、一昨年のジャパンカップだ。1位入線のブエナビスタは直線でローズキングダムの進路を横切ったため、1位と2位の着順が入れ替わり、ローズキングダムが優勝することになった。このとき外国人騎手から裁決への不満の声が上がった。ブエナビスタの脚色が秀でていたのは明白、妨害行為がなかったとしてもローズキングダムが差しきっていた蓋然性は低いのだから、制裁は騎手のみに課せば良いと。しかし、JRAの考え方は欧米のものとは違った。第一に考えるのは被害馬への影響だ。ブエナビスタが何馬身離してゴールしていようと、ローズキングダムが重大な不利を受けたのならば着順は変更されねばならない。 もちろん、JRAとて脚勢や被害馬の立ち直り状況など総合的に勘案して いるのは事実だが、どこに比重を置いてジャッジするかで結論は真逆になる。

今回、ファイナルフォームについて裁決委員は 「着順はひとつの要素であって、全てではない」(デイリー)としている。仮に2着、3着が入れ替わっていたとしても、それが決定的な事情にはならないと言うわけだ。「被害馬への影響」に重きを置く判断基準であれば、最も大切な着順の変更可能性を「ひとつの要素」とするのは矛盾しているようにも思える。だが、裁決委員は『3着馬は関係なく、あくまで加害馬との関係』が問題だと言う。決勝戦手前の出来事であって、 不利がなくてもランパスインベガスはファイナルフォームを交わすことはなかった。 故に着順変更はなし、「被害は降着にするほど致命的とは言えないと」と。しかし、小島茂之師も反論しているように、これでは僚馬の着順をあげるため妨害行為を働いても、理論上は許されるケースが出てきてしまう。ゴール直前だから着順に影響がないというのも、危険騎乗にお墨付きを与えることにならないか。私は加害馬、被害馬の2者関係に留めることなく、不利によって被害馬が着順を悪くしたのなら、加害馬はその下に降着するべきだと思う。

裁決制度のあり方については繰り返し言及してきたので詳細は控えるが、ブラックボックスになっている審議過程を議事録公開などを通じてオープンにすること、それによって裁決基準に統一性を持たせること、JRAから独立した組織に改編することが必要だと考える。競馬は公正なものだと、金を賭けるに値するものだとファンの信頼を勝ち取るために裁決委員会は存在しているのであって、馬券購入者からかけ離れたところに超然と鎮座していては意味がない。一度、ハリボテの無謬性が剥がれ落ちれば、権威など瞬く間に消え去ってしまう。須田鷹雄は 「社内カーストが上位でお客さんから遠いところにいる人間が好き勝手をやって、社内カーストが低い広報や競馬場の職員が矢面に立つ」とJRA組織の内情を皮肉っているが、ならばトップダウンで抜本改革に乗り出さなければ売上減少も止まるまい。 そう言えば、JRA理事長が事情聴取すると公言した堀宣行師のインタビュー拒否事件も音沙汰なし。実はファイナルフォームを管理しているのは堀師だが、当然、今回の騒動へのコメントはなかった。

被害を受けた小島茂之師は 「裁定」委員会へ不服を申し立てると明らかにしている。 「これを走行妨害でないと意地でも貫き通すなら 馬券を購入する人たちから今後信じ続けてもらうことは不可能だろう」 (小島茂之公式ブログ)と義憤に駆られての行動だ。平場の条件戦で3着が2着と認められたところで小島師にはほとんどメリットはないし、勝ち馬は社台レースホースの所有馬だけに臆するところもあったはず。それでも、競馬界のことを思って不服申立てに踏み切った決断にエールを送りたい。裁定委員にはJRA職員だけでなく、2009年から外部委員として元JRA参与、地方競馬全国協会公正部長、それに元ジョッキーの岡部幸雄が起用されている。去年、幸英明の訴えに対しては「不服申立てには理由なく、これを棄却する」と素っ気ない紙一枚を出しただけで、関係者やファンを失望させた。 もし同じことがなされれば、裁定委員会は自ら意義を否定することになろう。 丁寧且つ透明性ある審議を求めたい。

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2012.02.06

カントリー牧場廃業へ ウオッカなる物語を生んだ奇跡

ウオッカやタニノギムレットなど4頭の日本ダービー馬を生産したカントリー牧場が廃業、およそ半世紀の歴史に幕を閉じる。牧場の谷水雄三オーナーが健康を害し、経営を断念することになったと伝えられている。社台グループの寡占化で競馬界に多様性が失われているとの懸念が相次ぐなかで、メジロ牧場に続いて名門オーナーブリーダーが姿を消すことはあまりに惜しい。カントリー牧場は1963年、ゴルフ場を営んでいた先代の谷水信夫が創業し、1968年には生産馬マーチスが皐月賞、タニノハローモアがダービーを制覇。1970年にはタニノムーティエが皐月賞、ダービーのクラシック二冠を達成した。そして1973年、天皇賞秋、有馬記念をタニノチカラが勝ち、日高を代表する生産者としての地位を不動のものにしたのだった。

なぜ創業からわずかな期間で八大競走を勝てる馬を何頭も送り出せたのか。その秘訣は「谷水式ハードトレーニング」と呼ばれる厳しい調教にあった。「馬は鍛えてこそ強くなる」、ひとりの馬主に過ぎなかった谷水信夫は自らの信念を実践するため、牧場を開いて鍛錬に耐える馬をつくろうと考えた。きつい負荷のためデビュー前に故障しても、決して手を緩めることはしなかった。その信念の塊のような生産馬を託されたのが、開業まもない戸山為夫調教師だった。戸山は育成方針を巡って何度もオーナーと衝突しながらも、「人と同じことをやっていたら、人並みだ。いつまでたっても抜け出ることはできない」という人生観に共鳴していた。

「アベベのような天才はザラにはいない。そのアベベにしても故国では走りに走ってあそこまでなった。円谷は練習に練習を重ねて、銅メダルを獲得した。 ここにいる馬は、アベベではないかもしれないが、円谷ぐらいの才能はもっている。 鍛えれば必ず勝てる」/谷水さんは馬のことはそれほど知らない。しかし、ゴルフもやるし陸上競技もやっていたから、自身のスポーツ体験を競馬に敷衍して言うのが常であった。その考えは私も同じであった。 (戸山為夫 『鍛えて最強馬をつくる』 より)

当時、調教は15分や20分で切り上げるのが常識だったが、戸山が「せめて一時間は練習する」と告げると、谷水は他の厩舎にいた馬を新人トレーナーに預けたという。牧場の一期生の中にはタニノハローモアがいた。怪物タケシバオーらを尻目にタニノハローモアは堂々とダービーを逃げきり、厩舎を開設して4年目の戸山に最高の栄誉を贈った。「谷水式」の成功は戸山の原体験となり、 後にインターバルトレーニングと坂路を用いる「戸山式」を生み出し、その思想は今に受け継がれている。カントリー牧場がなければ、日本競馬のレベルアップは大きく遅れていたかもしれない。もちろん、坂路の申し子の異名を取るミホノブルボンもいなかったはずだ。

馬のプロフェッショナルでなかった谷水信夫だからこそ成し得た破天荒な挑戦。しかし、その情熱の人は絶頂期の最中にあった1971年、交通事故で命を落とす。牧場経営は息子の谷水雄三に委ねられた。二代目は父親と違って経済性を重視するビジネスマンだった。効率的に利益をあげようと拡張路線に走り、生産馬の数を増やした。ところが、成績は急下降していく。頭数を増やしたことで地力が衰え、トレーニングに耐えられない弱い馬ばかり生まれたからだった。戸山はカントリー牧場と手を切ることも考えたが、先代への恩義から「馬の数を増やしては駄目だ」と粘り強く説得を続けた。

雄三さんは間もなく気がついた。そして徐々に馬を減らした結果、牧場の地力も馬の成績も回復していった。/ 日の出の勢いのタニノハローモア、マーチスから、落日のタニノチカラまで四年である。牧場が衰え、馬がへたばるのに四年かかったとすれば、回復するにも最低それくらいはかかる。/いったん衰えたら、長い低迷期を覚悟しなければならない。カントリー牧場は最近やっと持ち直してきたが、土というのは最新の注意が必要である。 (「鍛えて最強馬をつくる」より)

少数精鋭主義への転換。谷水雄三は40頭以上いた繁殖を15頭まで減らし、牧草地の土壌改良を行うことにした。また、頭数が減って種付け料の単価をあげられたことで、質の高い配合相手を選ぶことができた。それでも一度、狂った歯車を戻すのは容易ではない。1992年に小島貞博で新潟記念を勝ったタニノボレロなど、重賞には手が届いてもGⅠを勝てるような馬を生産することは叶わなかった。

低迷の原因となった拡張路線だが、復活の礎材とも言うべき 至宝をもたらしもした。アメリカから輸入したシーバード産駒の牝馬、タニノシーバーである。父シーバードは英ダービーや凱旋門賞を制した歴史的名馬であり、種牡馬としてもアレフランス(仏三冠)、リトルカレント(米二冠)などを輩出している。仔出しの良かったタニノシーバードは1977年から1995年までに13頭を生んだ。重賞2勝のタニノスイセイをはじめ、どれも産駒は走って牧場経営を支えた。それらの1頭が準オープンまで出世した牝馬、タニノクリスタルだ。谷水は牧場に帰ってきた同馬に期待のブライアンズタイムを種付けする。 そして、タニノギムレットが生まれた。タニノムーティエ以来、32年の雌伏を経てダービーの栄光をつかんだのだった。

物語はそこで終わらない。戸山の弟子である森秀行が厩舎を開いた際、抽選馬用の馬房を割り当てられたため、谷水は開業祝いにとJRAから抽選馬を購入することにした。森は余っていた牝馬からシラオキに遡るルションの仔をチョイスした。タニノシスターと名付けられ桜花賞に出走。谷水は繁殖にあげ、種牡馬となったタニノギムレットと交配した。ウオッカ誕生である。陣営は桜花賞を勝てばダービーに行くと明言していたが、ダイワスカーレットに惜敗。谷水は逡巡したものの、最終的に初志貫徹してダービーに向かうことにする。オークスへの登録はせず、ウオッカは64年ぶりに牝馬としてダービー馬となる偉業を果たした。こうした決断はカントリー牧場のDNAと言えるチャレンジスピリッツが為させた業なのは間違いないが、それでもオーナーブリーダーという環境になければダービー挑戦は難しかったと谷水は回顧している。

「いずれウオッカが繁殖で牧場に帰ってきますが、オークス馬の勲章がなくても生まれた仔はわたしが使うわけです。仮にウオッカの仔をせりに出したり売るとなると、勲章が大きいわけですけどね。何年かは名前を覚えてもらっていても、5年6年後のこどもになると、せり名簿の勲章で値段がつきますから」(優駿 2007/7)

谷水信夫が創り、戸山為夫らが支え、谷水雄三が守ったカントリー牧場。彼らに影響を受けた森秀行、松田国英、角居勝彦たちが関わってタニノギムレット、ウオッカに結実した。どこかで一つ、かけるボタンが違えていれば日本の競馬史は全く別物に書き変わっていたはずだ。今の生産界、中小のオーナーブリーダーには冬の時代である。後継者がいないという名門牧場の閉鎖も静かに受け入れるべきなのだろう。ただ、幾重の偶然とホースマンの思いが重なりあって現前した競馬シーンを反芻し、その有り難さを噛み締めると、 いかにカントリー牧場という存在が奇跡的であったか、天を仰がざるを得ないのだ。願わくばウオッカの物語が新たに紡がれる糸に導かれ、再び私たちの心を揺さぶらんことを。

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2012.01.30

”クラブ馬は応援する気になれない” に想う
ぼくたちはオルフェーヴルの一口馬主になり得たか?

「関内関外日記」という、はてな界隈では著名なブログがある。独特の文体と深い洞察力に裏打ちされた記事の数々は多くの読者を引きつけてやまない。先日、そこに「おれが競馬をやめる3つの理由」と題されたエントリーが掲載され、競馬ファンの間でちょっとした話題を呼んだ。著者は長年続けてきた競馬から離れることを決意。その理由として、個人的な家計状況、社台グループの寡占が進んで 「競馬がやり込み過ぎた競馬ゲームに見える」こと、「クラブ馬を応援する気になれない」ことをあげている。どれも興味深いもので、それぞれが重なる領域もあるが、ここでは「クラブ馬」にこだわって考えてみたい。

これはもう、まったくまっ黒い嫉妬の感情なのですが、一口馬主さんたちのクラブ馬というものに、まったく思い入れが抱けないのです。むしろ、面白くない、というところ まで来てしまっています。説明するまでもなく、今の競馬といえば社台グループなんかのクラブ馬全盛といっていいわけで、これが毎度毎度おおきなところを勝つのを見せつけられるわけです。そして、たとえ良いレースだと思っても、馬券を獲ったとしても、拍手を送りたくない自分がいる。 (関内関外日記より)

クラブ馬主の隆盛はファンの裾野を広げ、競馬人気を取り戻すことになると、当たり前のように言われてきた。一方、「一口馬主」にまったく興味のない層、とりわけ寺山的に1頭の馬に感情移入して自己を重ねる、といった楽しみ方をするファンにとっては面白いことばかりではなかったかもしれない。一口クラブの伸長は相対的に馬主の地位を下げることにつながる。彼らにはメジロ、シンボリ、ニシノ、サクラなど、個性溢れるオーナーが鎬を削っていた時代こそ、豊かなあるべき競馬界に見えているのではないか。だが、誤解してはならないのはクラブ馬主が盛んになったから個人馬主が勝てなくなったわけではないということ。順序は逆だ。日本経済の停滞は馬主の体力を奪い、馬産地を厳しい状況に追いやった。そうしたなか、真っ当な改革を進めて生き残ったのが社台グループであり、個人馬主の購買力が落ちたがゆえに、その巨人はクラブ馬主に力を入れざるを得なくなった。黙っていても馬主が牧場に来て金を置いていってくれるなら、面倒なクラブ運営に大々的に手を出す必然性はなかったのだ。

関内関外日記では「象徴的だったのはオルフェーヴル」だったとし、「しょせん、誰かの馬じゃん」 「オーナーブリーダーであるとか、そういった誰かの馬であることと、一口馬主の馬であるということは大いに違う」と感じたそうだ。オルフェーヴルを所有するのはノーザンファーム系列のサンデーサラブレッドクラブ。創立は古く1988年。当時は日本ダイナースクラブと結び、代表馬はレッツゴーターキンやウィッシュドリームぐらいだった。だが、2000年にサンデーレーシングを設立して自前の組織で運営するようになると、その4年後には本家社台レースホースを勝ち鞍で上回り、以後は急速なレベルアップを遂げて次々とGⅠ馬を出すようになった。勝負服も「黒・赤十字襷・袖黄縦縞」に刷新されたから、ファンにとっては突然、強大なクラブ馬主が出現したように見えたのではないか。ブエナビスタ、アンライバルド、ヴァーミリアン、デルタブルース、 ローズキングダム、ドリームジャーニー、スリープレスナイトなど活躍馬はあげればきりがない。「今の競馬といえば社台グループなんかのクラブ馬全盛」と感じさせるのは、ひとえにサンデーレーシングの躍進によると断じても過言ではない。

不思議なのは早くから先行して展開してきた社台レースホースに対しては、そうした批判は起きなかったこと。ダイナガリバー、ギャロップダイナ、サッカーボーイなどの所属馬を 「しょせん、誰かの馬じゃん」と口にする者はなく、むしろ、雑誌や単行本ではファンに愛されるアイドルホースとして繰り返し取り上げられた存在だった。ここ10年でも、ジェニュイン、ザッツザプレンティ、ネオユニヴァース、テレグノシス、キャプテントゥーレ、ダンスインザムード、マルセリーナといったGⅠホースがいるが、「一口馬」のイメージはさほど強烈でない。それもそのはず。一口といえども、1頭の口数はわずか40。社台ではリーズナブルな3000万円の馬に出資するのにも75万円が入り用になる。それに維持費が年間30万円。平均的なサラリーマンには手が出せない。実はシンボリルドルフもシンボリ牧場が経営するクラブの所属馬だった。こうした高額なクラブの馬たちは「一口馬」と身近に引き寄せられるものではなかった。ファンもそれは重々承知していた。

サンデーレーシングも社台RHとシステムは変わらない。年明けのAJCCを制したルーラーシップなど募集価格1億8000万円。一口の価格は450万円だ。ちなみに兄のサムライハートは一口550万円で募集されたが、1000万特別を勝つのが精一杯で引退している。では、虎の子の貯金を叩けば誰でもルーラーシップを買えるのかというと、そうは問屋がおろさない。良血馬はあっという間に満口になってしまうため、それまでの実績ある会員に枠は優先的に割り振られる。つまり、希望する馬に出資するためには、何年もかけて人気のあまりない馬に投資して「功徳」を積まねばならないのである。そうして、ようやく出資できたのがサムライハートだったりするわけだ。ステイゴールド産駒のオルフェーヴルはリーズナブルな一口150万円だったが、こうした当たりを引くにまでには数を打ち続ける十分な「弾」が欠かせない。にも関わらず「サンデーレーシング=手軽に参加できる一口馬主」 なる誤解が流布しているのは2000年代、ちょうど同じ時期に人口に膾炙してきた社台系の大衆向けクラブ(口数が10倍で低価格のキャロットクラブなど)と混同されてしまったからではないか。サンデーレーシングの吉田俊介代表は下記のように述べている。

「クラブの会員の中には個人で競走馬を所有されている方もいますし、その一方でクラブの会員だった方が、馬主としての流れをここで掴み、自分の勝負服で競馬をさせたいとの理由で、セレクトセールで競走馬を購入されたこともあります」 (優駿 2011.7)

現在、サンデーレーシングの会員数は1万人を超えるというから、裕福な人々ではあるにせよ経済状況は様々に違いない。ただ、クラブがもっとも大事にしたい顧客とは馬を1頭買って本物の馬主になってくれるような潜在層だろう。三冠馬を手に入れられたのは、そうした1万人のなかの40人である。俺もちょっと小金があったらオルフェーヴルで大儲けできたのに、などというのは誇大妄想にすぎる。社台RHやサンデーレーシングの提供馬と、キャロットやレッドの募集馬を同じく「一口馬」と括るべきではない。厳密に分けて捉えたほうがいい。

どこか遠く離れた存在である個人馬主ではなく、ひょっとしたらそこのスタンドでサンデーレーシングの勝負服のレプリカシャツ着たやつが、オルフェーヴルならオルフェーヴルを一口持っているかもしれない/ たとえば自分が大学を辞めないで卒業して、それなりの就職でもしていたら成りえたかもしれないレベルの人間が、一口持っているかも知れない、ということです。そこにはなにか目を背けたくなるものがあるわけです。(関内関外日記)

果たしてそうだろか? 我が身を鑑みれば、運良く今より倍の給料がもらえる会社にいたとしてもオルフェーヴルの出資者にはなれていないと思う。嫉妬心は自分が同レベルだと見做す対象にしか沸かないもの。そういう意味ではアラブの石油王に対するのと同様、サンデーレーシングの上層会員を妬む気持ちにはならないのだ。身も蓋もない結論と言われそうだが、オルフェーヴルは庶民に手の届かない馬。目を背ける対象ではない。また逆説的になるが、大衆向けクラブがクラシックを席巻するようになったとしても嘆くに当たらない。私もキャロット会員だが、クラブ馬の真のオーナーは吉田勝己だ。 「レプリカシャツ着たやつ」は400分の1の金を差し出し、馬主気分を味わっているに過ぎない。馬主の権利は何ひとつないのだから、他人も存分にクラブ馬を応援すればよいのだ。やはり個人馬主の減少に悩むアメリカでは大衆向けクラブを真似た法人を設立する動きがある。広く薄く競馬産業を支える仕組みとしてクラブ馬主は優れているし、すべて個人馬主が負担できる時代でもなくなった。だから、あなたがオルフェーヴルを見て競馬から離れようとしているなら、どうか考え直してほしい。競馬を捨つるほどの嫉妬心はありやと。

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