有馬記念回顧 死力を尽くした3頭が新たな伝説をつくる
中山2500はコーナーを6つも回らなくてはならない特殊なコースだ。漫然と外を回っては勝機はない。早めに内にポジショニングを取り、ペースを見極め、スパートするタイミングを図らばならない。枠順と騎手の駆け引きが勝負を決める。スタートして飛び出していったのは逃げ宣言のマルターズアポジー。これは予想通り。だが、2番手を取るつもりだったサムソンズプライドはダッシュがつかない。ムスカテールも出遅れた。すんなりと武豊キタサンブラックが2番手、吉田隼人ゴールドアクターが3番手に収まる。マルターズアポジーの武士沢は今年、北島三郎の馬でオープン勝ちをしているようにオーナーには恩義がある。ハナを叩かねばならない心境は複雑だっただろう。武士沢はキタサンブラックの5馬身ほど先を行き、1000メートル通過60秒8とラップはグッと落とした。これならばキタサンブラックはペースを乱されることなく、実質的にスローの単騎で逃げているのと同じになる。一方、中団の外目を追走していたサトノダイヤモンド。このままではジャパンカップの再現になると感じたはずだ。鞍上のルメールが動いたのは1コーナーすぎ。最もラップが緩んだところをフランスの魔術師は見逃さなかった。馬群に合わせて減速させることなく、サトノダイヤモンドを3番手まで進出させる。余計な負担をかけることなく、位置取りをあげることに成功。ライバルを射程圏に捕えた。
駆け引きが激しくなったのは向こう正面。外から同じ緑の勝負服があがっていく。シュミノーのサトノノブレスだった。僚馬の進路を塞がないよう、シュミノーは慎重に後方を振り返る。そして、キタサンブラックを後ろから突つき、プレッシャーを与え始めた。このため、武豊は想定より少し早めにスパートを開始せざるを得なくなった。さらに4コーナー手前、シュミノーは手応えのなくなった馬を外へ向け、サトノダイヤモンドのヴィクトリーロードを確保。完璧なアシストをして役目を終えた。ここから先は三強の死力を尽くした闘いだった。直線、早々にキタサンブラックが先頭に立つ。勝負を挑むゴールドアクター。逃げるキタサンブラックは二の脚を繰り出して突き放す。王者と呼ぶに相応しい凄みだった。だが、ルメールは逆転の一撃を放つ瞬間を待っていた。キタサンブラックがゴールドアクターを退けたときを見計らって、ギヤをトップスピードに入れたのだ。一気に加速したサトノダイヤモンドはゴール直前、外からキタサンブラックを差し切っていた。競って強いキタサンブラックの底力を封じるため、馬体を離したのも計算づく。どちらが勝っても不思議なかったが、戦略の手札に富んだ陣営がクビ差、先着する栄誉を掴み取った。
昨春、弥生賞を勝ったマカヒキを降り、クラシックでサトノダイヤモンドを選んだルメール。日本ダービーではマカヒキにハナ差負けして悔しい思いをした。しかし、菊花賞、有馬記念と連覇したことで、その選択が間違いではなかったことを証明することができた。キタサンブラックを徹底マークする形に持ち込んだ道中の決断は、超一流の技術と経験、勇気があればこそ。これほどのジョッキーが本国の免許を返上し、日本へ移籍してくれたことに感謝したい。惜敗したキタサンブラックも大いに称賛されるべき内容だった。調子自体はジャパンカップから下降線を辿っていたはず。それでも直線でゴールドアクターを突き放し、ゴールまで衰えなかった脚は空恐ろさを感じさせた。菊花賞、天皇賞春、ジャパンカップとビッグタイトルを手にしつつも、「負かした相手が弱いのでは」との意地悪い声も聞かれていたが、もはや誰もキタサンブラックの強さを疑う者はいない。そうした意味ではキタサンブラックは敗れて王者の真価を認めさせたと言えるかもしれない。積極的に勝負を仕掛けたゴールドアクターも価値あるレースを演出してくれた。有馬記念で上位人気3頭が人気順で入線したのは1977年、テンポイント、トウショウボーイ、グリーングラス以来の2度目だという。あのレースが今でもファンに語り継がれるように、2016年の有馬記念も伝説に昇華されるだろう。
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