騎手が乗り替わって日本ダービーを制したのは1985年まで遡らねばならない。
加藤和宏が手綱をとったシリウスシンボリだ。
同馬を管理した二本柳俊夫師は、頑ななまでに徒弟制度を守ろうとした人物だった。
騎乗ミスに激高したオーナーサイドは皐月賞を前にして
岡部幸雄への乗り替わりを要求する。
しかし、二本柳師が自厩舎に所属する加藤を守ったため、
一度は畠山重則厩舎へ移籍してしまう。ところが、有力馬の転厩は労働組合を巻き込んだ大騒動になり、調教師会の裁定でシリウスシンボリは二本柳厩舎へと戻る。その直後の若葉賞は岡部が騎乗したものの、皐月賞をパスして
臨んだダービーは再び加藤が跨ることになったのだ。騎手にフリーという概念がなく、ましてエージェントなど考えられない時代。
最近のファンから見れば、旧弊に囚われた大昔の出来事に感じられるかもしれない。
だが、この稀有なケースを最後にして、
競馬の神様は”乗り替わり”でダービーの栄冠を掴むことを許していない。
今年の皐月賞馬、ロゴタイプも乗り替わりでダービーへと駒を進めてきた。
この馬もまた、通常とは毛色の違う乗り替わりである。
朝日杯、皐月賞のパートナーはミルコ・デムーロ。
周知の通り日本だけでG1を9勝し、2003年にはネオユニヴァースで日本ダービーを手にしている名ジョッキーだ。ロゴタイプに大きな勲章をプレゼントした朝日杯、皐月賞とも、
ロスのない競馬で能力をフルに発揮させた非の打ち所がないレースだった。
ミルコがダービーに乗らない理由はライセンスの問題からだ。
JRAの短期免許は年3ヶ月で、1ヶ月ごとに申請しなくてはならない。
皐月賞前、ミルコはダービーを想定していなかった。
迷いはあったろうが、最終的には免許を新たに申請することはせず、スプリングSで代打を務めた弟のクリスチャン・デムーロにバトンタッチすることを決めた。クリスチャンは弱冠二十歳。
府中の芝では十数回しか騎乗経験のない外国人ジョッキーが勝利すれば、
”国際化”された競馬界を象徴するダービーになるはずだ。
もう1頭、外国人騎手への乗り替わりで注目を集めるのがコディーノだ。昨夏のデビューから6戦すべてに騎乗してきた横山典弘を降板させ、オーストラリアのベテラン、クレイグ・ウィリアムズへスイッチ。
名伯楽、藤沢和雄の大胆すぎる選択である。コディーノは乗り方の難しい馬だ。
燃えやすい気性から皐月賞は他馬と接触して折り合いを欠き、
スタミナを消耗してしまった。東スポ杯を勝ったときは
「ダービーはこの馬で決まり」と言われたものの、
昨今の下馬評は「府中2400メートルは長すぎる」というものに変わっている。
藤沢師はゼンノロブロイ、シンボリクリスエスでダービー2着、
3年前も2番人気ペルーサで苦杯をなめた。
今回の乗り替わりはオーナーサイドから出たものではなく、
藤沢師の申し出によることが明らかになっている。
当然、面子を潰された横山典弘との関係は壊れ、年齢的なことを考えると藤沢-ノリの黄金タッグは修復不能かもしれない。かつて、若駒の成長を優先してダービーに目標を置かなかった藤沢師。スタンスを転換して12年目の今年、
なりふり構わぬ執念が実るのだろうか。
これら2頭とは対照的にデビュー以来、
主戦が信頼関係を築きながらダービーまで辿り着いたのがエピファネイアだ。
母シーザリオの主戦でもあった福永祐一は、騎乗停止中だった弥生賞を除いて5戦中4戦の手綱をとってきた。
2年前にはJRAリーディングにも輝きながら、
未だに天皇賞、牡馬クラシックには縁のない競馬界のプリンス。
去年もワールドエースという逸材に恵まれ、
ダービーは1番人気に推されたものの4着に敗れている。勝負弱さを指摘する外野の声も聞こえる。福永が決してミスをしたわけではない。だが、いつも他人がつくる流れに卒なく乗ろうとし、自らリスクを引き受けてレースを支配することを避けてきたように私には思えるのだ。エピファネイアは近2走の弥生賞、皐月賞で掛かり癖を見せている。
もし今回も同じ場面があれば、2ハロンの距離延長はこなせないだろう。
思い切って行かせるのか、馬群の中で折り合いをつけるのか。
いずれにせよ、腹を決めて挑むことでしか大一番は勝ち切れない。
先般、婚約を発表した福永にとって、今春は人生を左右するシーズンになるのかもしれない。
最後にキズナ。4強にあって唯一の「非社台」生産馬、
鞍上は外国人騎手や地方出身者にその座を奪われた武豊である。
オーナーのノースヒルズマネジメントは有力馬の手綱を
ほとんど日本人ジョッキーに任せてきた。
ビートブラックの石橋脩、トランセンドの藤田伸二、アーネストリーの佐藤哲三、
ヘヴンリーロマンスの松永幹夫…。キズナもデビュー2戦は佐藤哲が騎乗し、彼が落馬負傷してからは武豊が跨ることになった。ノースヒルズの前田幸治代表は
「日本の生産馬は日本人ジョッキーにこだわっている。
社台グループ一色とならぬように頑張らなければなりません」(スポニチ)と述べている。
社台に袖にされた武豊、そこに手を差し伸べたノースヒルズ。
何としても最高の栄誉を勝ち取り、恩義に報いたいと往年の天才は胸に期しているはずだ。最内枠を引いたキズナは追い込みに賭けることになるだろう。この馬が勝つことは、ライバルたちとは異なる意義を持つことになる。どこでゴーサインを出すのか、馬群をこじ開けることはできるのか、武豊の鬼気迫る騎乗を観てみたい。
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