先月末に発売された情報誌・季刊高知にハルウララブームのきっかけをつくった2人の仕掛け人の対談が掲載された。この記事は「飼い葉桶一杯のリアルワールド」と題されたもので、高知新聞の石井研記者、高知競馬を実況している橋口浩二アナウンサーが、ハルウララが那須へと連れ去られるまでに何があったのかを語る内容となっている。話題の半分は現オーナーの安西美穂子氏に関するものだ。当初から安西氏に不信を抱いていた競馬組合が、馬主になる際に「迷惑はかけない」との念書を書かせていたことなど、当事者ならではのディテールが語られている。
彼女はハルウララ関連の売り上げで競馬組合にすごい儲けがあって、何億円というお金をこっそりプールしていると思い込み、「私のウララを使って儲けているくせに現場が潤っていないじゃない?」と正義のヒロインみたいなことを言いだした。そして、サポートKRAに内容証明を送りつけたり、映画の出演を巡って揉めたという経緯があったんです。(石井記者)
実際、サポートKRAは安西氏が思いこんだほどプール金はなかったが、競馬組合は誤解を解くことができず、馬主の不信感を募らせてしまったと言う。もし、その後の安西氏のエキセントリックな行動を予測できていれば、最初の火種は消すことができたのにと悔いている様子がうかがえる。一方、橋口アナは連れ去りの目的について、安西氏とともに厩舎を訪れた血統評論家の白井透氏が自身のサイトで明かしていた”白井ドリーム”に言及している。
ハルウララを繁殖牝馬にして、それに一流種牡馬をつけて、その子を高く売ろうという計画があった。ハルウララ株式会社を作るというのを当時ぶちあげていたんですね。(橋口アナ) ハルウララを半ば無理やりに連れて帰る時、白井さんは「調教師に止める権利はないんだ」ということを宗石調教師に懇々と言った。エムエイオフィスのスタッフは「警察呼びますよ」ときついことを言うし、それで宗石調教師は最後には捨て鉢な感じになって。(石井記者)
1億円の資本金でハルウララ株式会社を設立すると高らかに謳っていた白井氏。今となっては見てみたかったという気もする。計画性のない基金ではなく、ぜひ自らの資産で実現させてはくれないだろうか。バカバカしい昔話を思い起こさせてくれた当事者の対談だが、メディアやネットで報じられた以上の事実が出てこないところは、遠くから眺めていたブロガーとしては寂しくもあり、逆に書いてきたエントリーが誤った事実に基づいたものではなかったと安堵するところでもある。
当時、負け続ける馬が持て囃される風潮に懐疑的な見方も強かったが、渦中にあったブームの立役者も「なんか違うな」と思いながら、高知競馬を存続させるために踊り、踊らされていたのだと振り返っている。いずれブームは「醜悪な終り」へと導かれるだろうという予感があったそうだ。強奪なる出来事は想定外だったにせよ、それは日経・野元賢一記者の記事でも臭わされていた。「無邪気な祭が終わった後の着地をさせるべき義務を負っていたはずなのに、放り投げてしまった」(橋口アナ)と当事者は顧みているが、高知競馬の状況を考えれば責めることができようか。
僕がウララに傾倒したのは、高知競馬の労働の現場に共感して魅力を覚えたから。その象徴としてウララを書いたんです。でも、全国メディアは高知競馬で労働している人には目をむけていなかったと思う。 …ディープインパクトにかける労働もハルウララにかける労働も一緒だと橋口さんが言ってくれた。 …藤原くんが毎日毎日必死に歩かせていたのは儲かるからではない。… 「飼い葉桶一杯のリアルワールド」なんです。僕と橋口さんが本当に伝えたかったことはそういう事だったんだけど、いつの間にか銭金や、芸能の世界になって、どんどん醜悪になった。(石井記者)
宗石師も藤原厩務員も古川騎手も、日々、安い賞金をいかに稼ぐかという現実と向き合いながら、ハルウララに1勝させてあげたいというロマンチシズムを持ち合わせていたのかもしれない。だが、「ただ刺激的で、騒ぎになる美談を書きたい」全国メディアにブームを仕掛けて成功させた二人は、高知競馬存続のためならと、喜んで代償を差し出したはずではなかったか。嘆くことはない。その選択は例え”醜悪”な結末になろうと、間違いではなかった。高知競馬が今日まで続いてきたのはウララ貯金の恩恵であるからだ。
希望としては、もう一度高知競馬場にウララが来て、ファンの前で顔見せするという幕を引いて欲しいと思いますね。… ウララブームがどうやって盛り上がっていったかということを考えたら、ファンに向かって「どうもありがとうございました」と、顔見せするのが礼儀だと思うんですよ。 …それも出来ないのに、ファンの買ったグッズのお金だけは受け取っていますという状況で、何の礼儀も果たさないというのであれば、これは道義的に責められてもしょうがないかなと。(橋口アナ)
きちんとした形でハルウララに区切りをつけさせたいと願う橋口アナの言葉からは、ファンのためというよりも、最低の別れ方に誘ってしまった彼なりの罪悪感を感じてしまう。しかし、仮に引退式が実現しても、それは贖罪にもハッピーエンドにもならないと思う。高知競馬を立て直して、後世のファンに「苦しかった一時代、ハルウララという馬が最大の危機を救ったのだ」と語り継いでもらえるようにすることが、感謝の念を表わす方法ではないか。ふりむくな、ふりむくな、後ろには夢がない。すべてを裁ち切り、前へ進むしかない。 馬にもオーナーにも応援団長にも、さらば涙と言おう。
※「季刊高知」が全国発売されているかどうかは分からないが、私は偶然、渋谷ハチ公口の啓文堂で見つけた。
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