カテゴリー「地方競馬」の119件の記事

2012.09.08

開幕”そのきんナイター” 興奮と感動あふれる新名所

7日、関西では初めてのナイター競馬となる「そのだ金曜ナイター」(そのきん)が開幕した。園田競馬場の最寄り駅・園田は阪急線で梅田から10分という好立地。周辺は住宅街とあって住民の同意を得るのに時間を要したが、競馬場の存廃が取り沙汰されるなか、関係者の尽力で積年の夢が実現した。運良く私も前日からの夜勤の仕事が終わったので、3レースが始まる午後4時前に競馬場に到着することができた。入場門で配られたのは「祝」とラベルの貼られた紅白餅。今日は園田にとって特別な日なのだ。だが、まだそこにあるのはいつもの光景。真夏の陽射しを浴び、青空にいきり立った白い雲を背にサラブレッドが砂煙を上げて駆けていく。太陽は高い。この日、ナイター開幕のほか、注目されていたのが木村健の2500勝達成だ。しかし、王手をかけたまま連敗が続いていた。5レースでは単勝1.9倍のボナンザに騎乗したものの、果敢にハナを叩いた逃げ馬に突き放されて5着。簡単に勝利はあげさせない。普段より倍の観衆を前にして、どの騎手からも気迫が溢れていた。

少し陽が傾きはじめた5時半、歴史的な点灯式を見ようとウィナーズサークルを大勢のファンが囲む。ゲストの間寛平が姿を見せると「アヘー!アヘー!」の声が飛び、本人もサービス精神旺盛に「アヘアヘアヘ」と答える。渾身のギャグに人々は爆笑。ボルテージはあがっていく。兵庫県下から集まった”ゆるキャラ”軍団も賑わいに花を添えた。カウントダウンの音頭を取るのは青芝フック。実は兵庫県調教師会アドバイザーである。カウントダウンの練習!?だと言って、数を逆に増やすパフォーマンスも。ツカミよく、いよいよ本番へ。観客と一緒にカウントダウン。 「5、4、3、2、1…」、コースを囲む40本の照明柱にスイッチが入った。少しずつ水銀灯が明るさを増していく。初めてのナイター競馬となったのは6時5分発走の6レース。名手・田中学が操るグリーディボスは3コーナーで早めに先頭に立つと、 7馬身差をつけてゴールに飛び込んだ。ダイナカールの孫にあたるアグネスデジタル産駒。ノーザンファームの生産馬だ。 続く7レースは差しが決まって3連単40万馬券が炸裂した。

徐々に帳が降りると、いっそうナイター競馬らしくなってきた。場内に飾り付けられたイルミネーションが輝く。涼しくなってきた風が気持ちいい。続々と観客が来場し、夜店にも ビールを求める人だかり。「きょうは祭りだ、祭り」とファンが呟いていたが、まるで夏祭りの会場のよう。会社帰りのグループや学生、家族連れも少なくない。小さな娘を連れた父親と話すと、「関西初でしょ。本当にこの日を待っていたんですよ」と昂揚した面持ち。すかさず、隣にいた常連から「いつも晩にやったらええねん」とツッコミが入った。今年、”そのきん”が行われるのは11月9日までの10日間だけ。治安が悪くなる、ゴミが散らかるなど反対する市議会議員もいるが、駅までの送迎バスも増発されているし、大きな問題は起こらないはず。せっかく9億円も投資したナイター設備。 来年は大井のようにナイター競馬が開催の中心となって、仕事帰り「そのきんに寄り馬してく」習慣が関西圏に広がってほしいものだ。



初日の目玉の一つがスペシャルトークショー。間寛平もさることながら、園田出身の岩田康誠が来場することになっていたからだ。岩田はデビューから15年間、この競馬場で技術を磨きあげた。ゴール前には「日本ダービー優勝おめでとう」の横断幕が張ってあるほど、 移籍後も園田の誇りであり続けている。最初に舞台へ姿を現したのは間寛平。お約束のギャグで盛り上げる。園田競馬歴40年、芸歴より長い。自宅のある宝塚から12キロ走ってきた!というのは嘘か真か。そして、満を持して岩田が登場。この2人、日本話が通じるのだろうか…。話題はメインレース・摂津盃の予想なのだが、ホクセツサンデーの木村が3連覇していることに絡んで 「岩田騎手は六甲盃と兵庫ゴールドトロフィーを3連覇していますが」と司会に話を振られると、岩田は「全然知りませんでした」と大ボケ。キャラクターを分かりすぎている。岩田はホクセツサンデーを推奨し、間寛平は馬名に反応してエーシンアガペー1着予想。3人の「かい~の」ポーズで会場の盛り上がりもマックスに。翌日は阪神開催のある岩田、「調整ルームに9時までに戻らないと騎乗停止になってしまうので」とお開きになった。

8レースの大阪スポーツ賞で木村が2500勝をあげ、9レースの摂津盃。ライトに照らされながら園田を代表するオープン馬たちがパドックを周回する。ジョッキーが騎乗し、芦毛の誘導馬が12頭を引っ張っていく。と、礼服に身を包む騎乗者がファンに向けて手を高くあげた。まごうことなき岩田ではないか。トークショーの締めはサプライズを演出するためのフリだったのか。運営側の演出が心憎い。レースはスタートから園田らしい激しい先行争い。2周目の3コーナーをすぎると後続が先行馬に競りかけていく。先に抜けたのはエーシンアガペー、並ぶようにホクセツサンデー。直線は2頭のマッチレースになったが、最後は5キロのハンデ差に恵まれたエーシンアガペーが2馬身半差をつけて優勝した。見事な田中の手綱さばきに胸動かされた。間寛平に乗った私は3連単38倍をとらせてもらった。口取りにはその間寛平も参加し、期待通り「アガペ~」とアクションをかまして大喝采を受けた。興奮と感動と笑いとビール、とにかく楽しませてくれた「そのきんナイター」。今後も様々なイベントが予定されているとかで、これまで地方競馬に縁のなかった人たちも、ぜひぜひ足を向けてほしい。関西に新名所が誕生した一日だった。





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2012.01.09

”岩手の怪物”は色褪せず きょうトウケイニセイ記念

きょう(9日)は今年度の岩手競馬を締めくくる トウケイニセイ記念が行われる。3月の地震で施設に大きな被害を受け、一時は再開は難しいと見られていた水沢競馬場。 だが、関係者の懸命な復旧作業とNARなどからの財政支援もあって、先月10日に開幕することができた。そして数々の試練を乗り越えて、例年通り、最後の大一番であるトウケイニセイ記念を迎えることになった。トウケイニセイは43戦39勝という驚異的な成績を残し、岩手の怪物と名声を轟かせた馬。父のトウケイホープも岩手で大活躍した東北に縁深い血統である。脚元に屈腱炎という爆弾を抱えていたため他場に遠征する機会はほとんどなかったが、地元の交流レースに挑んできた中央の準オープン馬を大差でちぎるなど、その強さは底知れないものだった。トウケイニセイが初めて中央のトップレベルと相まみえることになったのは南部杯。交流元年と言われた1995年、南部杯も全国交流競走に指定され、フェブラリーSを制したライブリマウントが参戦することが決まったのだった。

ネット中継などなかった時代だ。ファンの関心を呼び起こした世紀の一戦も、レースが観たければ現地に赴くしかなかった。すでにトウケイニセイは旧年齢にして9歳。だが、直前まで単勝1番人気の支持を集め、最後はライブリマウントに逆転されたものの、差のない2番人気に推された。水沢のマイル戦は4コーナーの引き込み線からスタートする。かつての高崎ナンバーワン・ヨシノキングがハナを奪い、2番手につけたライブリマウントをトウケイニセイが外からマークした。道中は堂々と馬体を併せ、まるで他馬など眼中にないように一騎打ちを演じているかにみえた。3コーナーを過ぎた勝負どころ、鞍上の菅原勲が手綱をしごいてスピードをあげる。しかし、余力はライブリマウントにあった。直線、ライブリマウントがヨシノキングを悠々と捕えた後方で、トウケイニセイはもがき苦しんでいた。生涯で初めて連対を外す3着でゴールしたとき、 超満員のスタンドからは大きな溜め息が漏れた。それでも岩手のチャンピオンホースとして敢然と立ち向かっていった姿に観衆は拍手を贈り、このレースは後世まで語り継がれることになった。

引退したトウケイニセイは岩手県内の乗馬施設で静かに余生を送っていた。ところが今年3月、馬主の小野寺喜久男氏が営む病院が大津波によって被災。トウケイニセイを飼育することが難しくなってしまった。名馬の窮地は人々を奮い立たせた。菅原勲らが発起人となり「トウケイニセイ基金」を設立。現役時代の戦いぶりは色褪せず、多くのファンの胸に焼きついていたのだろう。全国から支援金が寄せられた。岩手の古き良き黄金期を駆け抜けたトウケイニセイは、震災の困難に立ち向かう結束の象徴として再び姿を現したのだった。さて、今年のトウケイニセイ記念。南部杯と同じマイルが舞台だ。この日で引退する皆川麻由美に乗り馬がないのは残念だが、どの馬からも狙える妙味ありそうなメンバー。最内枠、菅原勲が手綱を取るシャイニーハリアーに期待する。5連勝の後、前々走は2着に敗れたが、勝ち馬は桐花賞でも連対した実力の持ち主。水沢ではまだ1度も連対を外したことがなく、 ロスなく立ち回れれば勝機が見える。岩手の復興を願って馬券を投じよう。

◎シャイニーハリアー ○ブライティアピア ▲ゴールドマイン
△リリーレインボー、ベルモントダイヤ、ワイルドキャット

>>1995年・南部杯レース映像

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2011.12.29

東京大賞典予想 2011

暮れのダート最強馬決定戦、東京大賞典。今年は地方競馬で初めて国際GⅠの格付けを得て行われる記念すべきレースとなった。中央GⅠの連続勝利が途絶えてしまった武豊だが、 きっちりとこの国際GⅠは勝ち切っておきたいところ。コンビを組むスマートファルコンは断然人気も死角はない。前走のJBCクラシックではトランセンドとの頂上決戦を制して真のダート王者に登りつめた。次なる目標はドバイワールドカップ。去年、2分0秒4という驚異的なレコードを叩き出した得意の舞台で後塵を拝するわけにはいかない。相手はシビルウォー。前々走、JBCクラシックは二強についで3着と本格化なったところを示した。同じコースなら再び好走できる。 3番手に南関東代表、スマートインパルス。この夏から力をつけて、7月にひさびさの勝利をあげてから8戦7勝。

◎スマートファルコン ○シビルウォー ▲スマートインパルス
△ワンダーアキュート、ヤマニンキングリー

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2011.12.23

荒尾競馬83年の歴史に幕 改めて示された地方の惨状

23日、荒尾競馬が83年の歴史に幕を下ろした。 この日、行われた重賞・肥後の国グランプリは山口勲が手綱を取るテイエムゲンキボが後続に5馬身差をつけて優勝した。1928年に始まった荒尾競馬は戦時中の休止を経て再開。92年度には159億円の収益を記録したが、三井三池炭鉱の閉山の影響などで98年度に赤字へ転落した。その後、累積赤字は昨年度末で13億6千万円にのぼり、 今年9月に前畑淳治市長が年内での廃止を表明していた。各種報道によれば調教師や厩務員、騎手など100人余の関係者のうち、再就職が決まっているのは半数以下。廃止にともなって市が支払う協力見舞金は調教師(平均780万円)や厩務員(平均213万円)、一部の食堂経営者などとは合意しているが、13人の騎手、120人に及ぶ馬主とは交渉が継続している。 01年には中津競馬が廃止されており、九州に残る地方競馬は佐賀だけになった。しかし、その佐賀も累積赤字を抱えており、相互協力していた荒尾の廃止で売り上げ減少は避けられないと見られている。

地方競馬の廃止は05年、高崎と宇都宮以来のこと。 同じくして笠松や岩手、高知も廃止の危機に立たされたが、単年度黒字に転換することなどを条件にしてかろうじて存続を勝ち取った。このとき民間企業の参入が声高に叫ばれ、地方競馬全国協会(NAR)主導による従事員・馬資源の共通化などの構造的改革の必要性が訴えられもした。しかし、その後、どの競馬場も賞金や運営費をギリギリまで抑制することにより収支を均衡させようという試みは続けられてきたが、地方競馬を横断するようなラディカルな施策が打ち出されることはなかった。終わりなきコストカットのスパイラルに陥るなか、関係者の努力は限界に近づいている。 高知では1着賞金が9万円、5着に入着しても5千円という中央では想像もできない低水準のレースも少なくない。騎手の取り分は5%だから、命を懸ける職業の割にはいかに厳しいかが分かるだろう。厩務員も中央では2頭持ちだが、預託料の安い地方では倍以上も担当馬がいるのが当たり前だ。それでも慢性的な馬不足は常態化し、調教師は自ら所有した馬を走らせる 「名義貸し」に手を出さざるを得ない状況さえ生まれている。 制度疲労という言葉で表現するには易しすぎるのが今の惨状だ。

荒尾では07年に大幅な経費削減され、全国最低レベルにまで賞金額も下がってしまっていた。冬季に休業する岩手や道営から競走馬を借り受けたり、中央重賞の発売窓口を設けるなど主催者、関係者は策を講じたが、経営を立て直すまでには至らなかった。 今回、05年の廃止騒動と違ってサークル内から強い存続の声が上がらなかったのは、刀折れ矢尽きた、これから耐え忍んでも好転の見通しがない、ある種の諦念に行き着いていたからかもしれない。またファンにしても廃止反対の機運より、よく頑張ってくれたという感謝の思いが勝っていたのではないか。荒尾廃止が改めて示したのは、もはや個別の自治体による経営では大きな改善は見込めないこと。辛辣な物言いで恐縮だが、抜本的な構造改革がなされないのならば、いずれ地方の多くは緩慢な死を迎えるより選択はないように思う。ただ幸いなのは、来秋から地方重賞などが中央のファンに向けてPATで発売されるようになることだ。 どの程度の効果があるかは分からないが、改革のための猶予期間が地方には与えられるはずだ。荒尾の廃止を我が身として受け止め、 一歩を踏み出すことができるのか。大鉈を振るう勇気が求められている。

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2011.08.26

荒尾競馬存廃問題 来月の市議会で議論へ

25日、西日本新聞が伝えた「荒尾競馬廃止へ」のニュースは 競馬界に大きなショックをもたらした。 記事によれば、前畑淳治・荒尾市長は「(存続できる状況に)今のところない」として、 「県知事に近く事業撤退の意向を伝える」とされる。 寝耳に水だったのは当の競馬関係者たち。 報道を受けて開かれた荒尾競馬組合の臨時議会には 関係者60人と前畑市長が出席し、熊本県民テレビによると 「やめる気ならはっきり言ってほしい」と関係者が声を荒らげる場面も見られた。 これに対し前畑市長は「9月の定例市議会で競馬経営の方向性を示さなければならない。 検討を重ねているところ」と返答。存廃議論は来月まで行うこととし、 まだ廃止の断を下したわけではないことを明らかにした。 今後は存続派と廃止派の間で市議に対して働きかけが活発化するとみられ、 この1ヶ月が荒尾競馬の命運を決めることになりそうだ。 市議会は来月5日から22日まで開かれるが、 もし廃止の方針が打ち出されても40億円にのぼる清算費用をどうするかなど、 懸案事項は山積みだ。

1928年に開業した荒尾競馬は、戦後の1955年から荒尾市と熊本県が運営している。 1992年には158億円を売り上げたが、その後は減少して 2009年まで12年連続の赤字となった。しかし、出走手当の3割カットや 佐賀競馬との連携などの改革に取り組み、2010年は4300万円の黒字を計上したばかりだった。 累積赤字は13億6千万円。所属騎手には ワールドスーパージョッキーズシリーズの地方代表に選ばれた杉村一樹らがいる。

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2011.05.14

岩手競馬が開幕 ”心をひとつに”をスローガンにして

きょう(14日)、東日本大震災により大きな被害を受けた岩手競馬が開幕、騎手たちは犠牲者を悼む喪章をつけてレースに臨んだ。例年より1ヵ月半遅れ、水沢ではなく盛岡でのスタートとなる。開幕して3日間は被災市町村の名をつけた応援レースを実施し、それぞれ10万円の義援金が自治体に贈られる。スローガンは『がんばろう東北 心をひとつに 岩手競馬』だ。岩手競馬は津波で釜石場外が壊滅したほか、水沢競馬場も天井が落下するなどして施設が使えなくなり、被害総額は11億円に上るとされる。レースを再開するにあたって問題とされたのが、収支の見通しだった。震災前から岩手競馬は存続条件として「収支均衡」が求められており、その条件は被災後も変わらなかった。沿岸部の復興に膨大な支出が見込まれるなか、公的資金を競馬に投入することが許されないのは当然だった。そのため、岩手競馬は開催日を従来の4分の3となる盛岡のみの90日とし、売り上げは半分程度の97億円余とする計画を作成。施設の復旧費は地方競馬全国協会からの助成で賄う一方、JRAからの支援、賞典費や運営費を削減などで収支を均衡させるとして開催を承認させた。目標として一定額を義援金として拠出することも掲げた。数々の困難を乗り越えて、開幕まで漕ぎ着けた関係者の努力に敬意を払いたい。

こうしたなか、岩手競馬の関係者、マスコミ、ファンなど有志が集まって「岩馬るべ!(がんばるべ)東北プロジェクト」が立ち上がった。ウェブやソーシャルメディアを活用して岩手競馬を側面から支え、全国の人々からメッセージを募るなどし東北を盛り立てていこうとしている。オフィシャルブログで岩手のアイドル・ふじポンは今年の目標に「沿岸の皆様ご招待バスツアー」を行うと記している。まだまだ被災した多くの方々は競馬を楽しめるような状況にはないのが現実だが、雇用の受け皿として、地域経済の基盤として、そして人々に元気と喜びを贈るスポーツとして、岩手競馬が復興の糧となってくれることを願いたい。再開にあたって収支計画は県から承認されたものの、今後の売り上げは不確定要素が多く先を見通すのは容易ではない。私たち被災地から離れたファンができるのは、これまで以上に岩手競馬に注目して馬券を買うことだろう。個人的にも今日の最終レース「がんばろう山田」には一口馬シルキーフェザントが出走。また、すでに小西厩舎で調教を積まれている2歳馬、シルク9-53(サクラローレル×グレイスフル)に出資しているので、愛馬の活躍を見守りながら岩手競馬を応援したい。

>>ブログ「岩馬るべ!(がんばるべ)東北プロジェクト」

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2010.12.03

再生へ最後の切り札 PATで地方重賞レースを発売 

2012年1月から、PATでダートグレード競走などの地方競馬のレースが購入できるようになることが発表された。 2005年の競馬法改正によって馬券の委託販売は可能にはなっていたものの、システムが異なるため相互発売はなされていなかった。しかし今回、地方競馬側は約60億円のシステム開発費を投入して共同システムを導入。これをJRAのシステムに接続して地方の馬券を売ることができるようにする。PATで馬券を販売することは地方競馬にとっては長年の悲願であり、再生への最後の切り札であった。SPAT4、楽天競馬、オッズパークの会員は合計55万人。これに対してPAT加入者は309万人。地方競馬側は年間200億円から300億円の売り上げを期待しているが、これまで交流重賞などを買いたくても買えなかった中央ファンを取り込むことができるのは非常に大きい。相変わらず地方競馬を取り巻く環境は厳しく、存続の危機に立たされている競馬場も少なくない。今月、笠松競馬では収支均衡のため15%の賞金削減が打ち出され、虎の子の基金も切り崩しを余儀なくされるなど、まさに廃止の瀬戸際にあると言っても過言ではない。だが、中央の一部のファンを引き入れられれば収支は一気に改善する可能性もあり、小さな競馬場ほど新たな試みは福音となるだろう。

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2010.10.12

南部杯回顧 単勝元返しエスポワールシチー敗れる

ブリーダーズカップ・クラシックの壮行レースとしてエスポワールシチーが選んだ岩手競馬・南部杯。同馬は単勝1.0倍の圧倒的支持を集めたものの、まさかまさかの2着に敗れた。まずまずのスタートを切ったエスポワールシチーだったが、ハナはセレスハントに譲り、外枠のオーロマイスターも前に行かせて3番手からの競馬。4角手前から高知のグランシュヴァリエが上がっていく。ラチ沿いに閉じ込められたエスポワールシチーは早めに仕掛けることはできない。直線、エスポワールシチーは内から抜けだそうとするが、いつもの伸び脚がない。逆に早め先頭に立ったオーロマイスターに一瞬にして突き放され、3馬身差の完敗。3着には昨秋まで中央1000万条件に在籍していた11番人気のグランシュヴァリエが入り、3連単は131万円の大波乱となった。エスポワールシチーは過去最高体重の511キロと多少余裕残しの仕上げではあったが、それよりも覇気がなかったのが気になった。クラブ馬であるエスポワールシチーは海外遠征費用は多くの会員に負担を求めることになるだけに、格下馬相手の敗戦でBC挑戦に黄色信号が灯ることになったかもしれない。それにしても、単勝元返しに大枚を突っ込んだファンにとっては、ショックの大きすぎるレースになったろう。かたや、キャンペーンガールの矢部美穂は見事に3連複と馬連を的中させたよう。ギャラを超す払い戻しだったのではないか。競馬に絶対はない。3連単のアタマで買っていた私にとっても、当たり前のことを反省させられた南部杯だった。

>>矢部美穂オフィシャルブログ「大変!!!の画像」

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2010.10.11

岩手競馬・南部杯予想 2010

「いま開かれる 世界への扉」、岩手競馬オフィシャルサイトのトップページに大きく掲げられた見出し。もちろん、その背景に写っているのはエスポワールシチーと佐藤哲三である。きょう11日(祝)は東北地方で唯一の交流G1、マイルチャンピオンシップ南部杯が行われる。エスポワールシチーが南部杯をステップにしてブリーダーズカップ・クラシックに挑むとあって、中央のファンからも大きな注目を集めている。岩手競馬では南部杯を前に特設サイトをつくったり、菅原勲と矢部美穂が東京のマスコミへアピールにまわったり、前夜にはユーストリームで検討会を配信したりと、様々な試みを続けてきた。また楽天競馬とのキャンペーンや、「南部杯検定100」などファンを巻き込んだ企画もあって、多くの人たちが一体となって祭典を盛り上げようとする姿勢を強く感じる。何より関係者もファンも、心の底から岩手競馬を楽しんでいる様子がビビッドに伝わってくるから、こちらも馬券を買いたくなってしまう。

さて、肝心の予想に移ろう。断然人気のエスポワールシチー。現在、G1を5連勝中で、米国遠征の費用を捻出するためにも南部杯は落とせない。前年のこのレースの覇者でもあり、コース適性がモノを言い、連覇する馬が多いことを考えると、エスポワールシチーに死角はないように思える。重箱の隅をつつけば、南部杯では1番人気馬が6連敗中というデータがマイナス材料にあげられるが、今回のメンバーでは一枚も二枚も上の実力があるエスポワールシチーには関係あるまい。オッズは低くとも、アタマ不動と見る。そのレースぶりをしっかりと目に焼き付けたい。相手筆頭はフェブラリーSで2着したテスタマッタだ。前走は骨折休養明け、一叩きされて上昇。3番手に先行力ある3歳馬バーディバーディ。3連単の3着候補なら盛岡は走るメイショウバトラーも外せない。なお、同日の7レース「楽天競馬賞」には岩手で4勝をあげてくれている愛馬、シルキーフェザントも姿を現す。印は薄そうだが、うまく先手を取れればと期待している。

◎エスポワールシチー ○テスタマッタ ▲バーディバーディ
△メイショウバトラー、オーロマイスター

>>南部杯特設サイト

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2010.07.15

JDD回顧 南関東に誇りを取り戻すマグニフィカ戴冠

南関東のファンには胸のすくようなレースだったのではないか。3歳ダートの頂上決戦、ジャパンダートダービー(JDD)は船橋のマグニフィカが中央勢と他地区のライバルを蹴散らして栄冠をつかんだ。リーディングジョッキー、戸崎が操るマグニフィカは6番人気。好スタートを決めると、内のバトドールらの出方を伺いながら無理なくハナに立つ。断然の1番人気、松岡バーディバーディが2番手につける。同じく逃げた東京ダービーではマグニフィカはハイラップを刻んでバテたが、戸崎に乗り替わった今回は中盤でラップを落とし息を入れられた。4角でバーディバーディ、コスモファントムが激しく手綱をしごいて並びかけてくるが、マグニフィカはまだ手応え十分。逆にバーディバーディは直線半ばで失速。ゴール前、コスモファントム、バトドールらが襲いかかるが、内ラチ沿いを進むマグニフィカにはきっちりと後続を完封できる余力があった。バーディバーディは6着。松岡は使い詰めの疲労が敗因だとコメントしていたが、来春引退の池江郎師はラジオNIKKEI賞のトゥザグローリーもそうだったが、多少無理使いしているのかもしれない。

今年、戸崎は東京ダービー、帝王賞、JDDと初夏のビッグレースをことごとく制覇。それぞれ差し、先行、逃げと自由自在の手綱さばきは神がかったものがある。とはいえ、マグニフィカも同世代の中央勢と伍する実力を備えていたということだ。戦前、地方馬の下馬評は低かった。「実質(中央)6頭立ての競馬」(高橋研)、「時計を3秒ほど詰めなければいけないガナールとマグニフィカは厳しい」(京介のダート重賞レース展望)という見方はオッズにも素直に現れていた。栗東からレンタル移籍して東京ダービーを制したマカニビスティーを巡る騒動は、中央地方の格差を露にし、また3歳ダート路線のあり方を考えさせられることになった。一方で南関の関係者やファンにとっては大切なクラシックに泥をかけられたような、と言ったら過ぎるかもしれないが、複雑な思いがあったはず。マカニビスティーが先週のプロキオンSで見せ場なく大敗してもいただけに、マグニフィカの中央勢撃破は南関ファンに誇りを取り戻しただろう。私としてもコスモファントム流しで馬連6630円を引っ掛けられて幸福なレースだった。

>>地方競馬レース映像
>>レンタル移籍の東京ダービー馬 ダート路線の空白を晒す(2010/6/23)

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