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2013.05.28

日本ダービー回顧 ファンを熱狂させた人馬の”キズナ”

ここ数年にない盛り上がりを見せた日本ダービー。 ディープインパクトの2005年に迫る14万の入場者を集め、前年比104.5%の237億円余りの売り上げも記録した。 しかし、そうした数字以上にファンの熱狂を誰しもが直接、肌で感じられたのではなかろうか。 もちろん、キズナ陣営と武豊が演出したドラマに因るものであることは言うまでもない。まずキズナ。東日本大震災から復興をめざす日本社会、その連帯を示す象徴的な言葉である「絆」が馬名の由来だ。 2011年3月、大震災の直後に前田幸治オーナーが所有するトランセンドはドバイへ遠征。 ヴィクトワールピサとのワンツーを収め、深い哀しみにくれる日本にエールを贈った。 その後、前田は牧場一番の期待馬にキズナと名付けた。だから、キズナが勝つことは震災に打ち克つことを意味していた。プレゼンターで国歌独唱した西田敏行は 「“絆”という名の馬に出合えたことは、私が被災地の福島出身でもあり、非常に縁を感じるこ とができました」とレース後に述べている。キズナは勝つことを望まれ、運命づけられていたサラブレッドだった。

武豊。外国人、地方出身ジョッキーの目覚ましい進出、 大きな怪我と体力の衰え、そして社台グループとの不和…。 幾つかの要因が重なって、トップを独走していた時代は過去のものになりつつあった。 一方、多くのファンはまだ武豊の復活を望んでいた。社台グループの生産馬が競馬界を圧倒的に席巻し、海外から呼び寄せられるジョッキーたちが大レースを勝ち取っていく現況に、些か食傷していたと言って差し支えあるまい。そうした中で前田は日本人ジョッキーにこだわる稀有な大馬主だった。 デビュー2戦に跨った佐藤哲三が加療のため手綱を手放さざるを得なかったとき、 前田と佐々木晶三師は後継に武豊を指名した。ラジオNIKKEI杯、弥生賞は降板を告げられても不思議ではない敗戦だった。毎日杯、京都新聞杯と人馬はレースの度に一体感を強め、日本ダービーを迎えた。ファンには判官贔屓もあった。ウェットなストーリーを求める欲求もあった。大観衆を前にして「ぼくは還ってきました」とはにかんだとき、輝きを取り戻した天才騎手には心からの祝福が降り注いだ。苦境を乗り越えてきた武豊、人と馬との絆を大切にして栄冠をつかんだ陣営、そんな古き良き物語にファンは「おかえり」と快哉をあげたのだ。細切れにされていた世界を再び束ねてくれる、大きな物語の心地よさに酔いながら。

1枠1番を引いたキズナの競馬は決まっていた。内後方で脚を溜め、 4コーナーでは外へ出して追い込みにかける。果たしてレースはその通りになった。アポロソニックが逃げ、サムソンズプライドが2番手。 レースが落ち着いた2コーナー、メイケイペガスターが大胆にまくって先頭に躍り出る。藤田伸二は「流れが遅くてかかった」と言う。 そうだとしても、何が何でも抑える選択肢もあったはずだが、藤田は馬を外に向けて手綱を緩めた。 結果的には極端なスローにはしたくないキズナにとって、最良のアシストになったはずだ。 おかげで前後半イーブンの、どのポジションでも勝負可能なペースが生まれた。 蛇足だが、藤田はトランセンドの主戦を務め、 前田に誰よりも恩義を感じているジョッキーである。 直線、外を回したキズナは、ふらつくタマモベストプレイに邪魔され行き場を失う。 だが、武豊は一瞬の間隙を逃さずに進路を見出すと、接触も厭わずゴーサインを出した。 先に抜けだしたエピファネイアはまだ前方にいた。残り100メートル、キズナは猛然と加速してライバルを抜き去ると、先頭でゴールに飛び込んだ。 勝ちタイムは2分24秒3。

2着エピファネイアはパドックから発汗が目立った。中間はソエが出て、坂路追いに切り替える懸念材料があった。 実際、レース中は掛かり通しで、3コーナーでは他馬と触れて落馬寸前までバランスを崩しもした。それでいて一時は完全に勝ったと思わせる半馬身差。空恐ろしい馬だ。気性面が成長すれば、秋は楽しみだ。 アポロソニックは道中でハナを奪われながら3着。菊を乗り切るスタミナがある。 皐月賞馬ロゴタイプは5着。仕上げも競馬も完璧だったが、坂で伸びが止まった。敗因は距離としか言いようがない。 4番人気コディーノは9着。横山典弘からウィリアムズへの騎手変更は物議を醸したが、豪州の名手も馬を御することはできなかった。「乗り替わりでダービーは勝てない」意味を教えられる結果になった。 第80代ダービー馬、キズナは姉に桜花賞馬ファレノプシスを持つ。姉弟の歳の差は15。 母キャットクイルは20歳でキズナを産んだ。 高齢牝馬の仔は走らないという声もデビュー前は聞かれたが、例外は大いにあることを 証明してくれた。秋は凱旋門賞に挑むという。 ディープインパクトで味わった悔しさを、武豊がその仔とともに晴らしに行く。 キズナの物語は、これからも続く。

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コメント

昨秋、wowowにて放送されたドキュメンタリーの中で、武騎手は「勝てなくなって、自分の周りからどんどん人が離れていった」

「そんな中、それでも尚、自分を信じてくれる人達がいる。その期待に応えることが出来ないのが何より辛く歯痒い」と語っていました。

前田オーナーはじめ、関係者の方々、そしてキズナ&武騎手。
ダービー制覇おめでとうございます。

投稿: | 2013.05.28 10:49

はじめまして。onionと申します。

ガラスの競馬場の「絆」から来ました。
と言っても随分前からRomって記事を読ませていただいておりました。

いつも単刀直入、簡潔明瞭な見解に頷かされておりましたが、初めてコメントさせていただきます。
今回の東京優駿、個人的に競馬の今後を占う一戦と思って観戦しておりました。

日本競馬の至宝・武豊Jを過去の遺物と村八分にして葬り去ろうとする社台Gのここ数年の追い込み、DI産駒の有力馬にも乗れず、辛い晩年を迎えても変わらず競馬道を極めようと精進を続ける天才J…。

このレースで社台ゴリ押しの福永J・エピファネイアかC・デムーロJ・ロゴタイプが無難に勝ち、JRAの思惑通りか内に閉じ込められて武J・キズナ届かず…となれば、いよいよぼくの中での競馬は終焉を迎えるな…と思っていました。

エピファネイア、強かったですね。あれだけ掛かって、道中躓いても勝利に半馬身差なのですから…。でもそのエピファネイアに暮れのラジオNIKKEI杯で完敗していても春の成長で逆転してみせたキズナの走りに本当に感動しました。そして照れながらも天才Jの口から出た「僕は還ってきました」の一言…。あの武Jがどれだけ辛かったことか、その一言で推し測れます…。

相変わらず無頓着なJRAとそれを牛耳る社台G…。楽観できる要素は少ないですが、この場面が現実となったこと自体がほぼ奇蹟に近い。多くの競馬ファンもそう思うからこその当日の東京競馬場の熱気だったのではないでしょうか?

馬が主役の金字塔のレースが1990年オグリキャップの有馬記念だとすれば、人が主役の金字塔レースが今回の第80回東京優駿だと個人的には確信するレースでした。

今回の記事があまりにも日本競馬に対する愛に満ちていたためコメントさせていただきました。

競馬は死なず…、ぼくの中で競馬が延命しました(^^;

投稿: onion | 2013.06.01 11:57

コメントありがとうございます。
今年のダービーは競馬の感動を体現したような結果になりました。
こうしたレースを続けて、人気復活につなげてほしいです。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2013.06.13 00:28

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