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2012.01.24

【訃報】ミホノブルボンで二冠 小島貞博調教師が自殺
「馬づくりは人づくり」戸山イズムを受け継ぎ

小島は寡黙な男で多くは語らないが、不遇な少年時代をすごし、中学を卒業して私のもとにきた。それ以来ずっと戸山厩舎の専属騎手として、というよりも家族の一員のようにして苦楽をともにしてきた。走る馬にも乗ったが、どちらかといえば走らない馬のほうが多かったろう。その小島に、ダービーの栄冠をとらせてやりたかった。 (戸山為夫 『鍛えて最強馬をつくる』 より)

ジョッキーとして日本ダービー2勝、中山大障害2勝。その他、皐月賞、オークスなどの大レースを制した小島貞博調教師が23日、搬送された栗東市内の病院で死亡した。 報道によれば、厩舎の2階で自殺を図ったものとみられている。享年60。定年まで10年を余し、まだ志半ばであったろう。 ”小島貞”と聞いて、多くの人々が思い出すのはミホノブルボンとのクラシックロードではないか。 750万円の安馬で血統も芳しくないミホノブルボンだったが、入厩した頃から心肺機能は抜きん出ていた。小島が所属していた戸山為夫厩舎は坂路を用いたスパルタ式のインターバルトレーニングを課すことで知られていた。戸山はミホノブルボンを自ら信じる手法で徹底的に鍛えあげた。そして迎えたデビュー戦、舞台は中京の1000メートル。鞍上は小島だった。スタートでミホノブルボンは出遅れてしまう。スプリント戦では挽回不能な不利である。ところが、 直線を向くや上がり33秒1の脚を繰り出して豪快な差し切り勝ち。しかも、タイムはコースレコードだったから人々は驚いた。ここから戸山、小島の師弟とミホノブルボンの戦いが始まった。

平場の500万を快勝し、駒を進めた朝日杯は圧倒的な1番人気に支持された。結果はヤマニンミラクルにハナ差先着する辛勝。小島は競馬を覚えさせようと2番手に控えたが、道中はミホノブルボンと喧嘩する形になってスタミナをロスしたのが原因だった。父母ともに短距離血統ということもあり、マスコミからは早々に早熟のスプリンター、クラシックでは用なしと烙印を押されてしまった。だが、この朝日杯は戸山と小島に覚悟を決めさせることになった。前に馬を置けば引っ掛かる。ならば、最大の武器であるスピードを活かすにはハナを切るしかない。そのためにバテないだけのスタミナは調教でつけようと。春初戦、重馬場で行われたスプリングS。ミホノブルボンは 一度も先頭を譲ることなく7馬身差の圧勝。皐月賞はナリタタイセイを2馬身半、ダービーはライスシャワーを4馬身突き放し、クラシック二冠を逃げきりで制した。ミホノブルボンは「サラブレッドは血で走らない。鍛えてこそ強くなる」(別冊宝島騎手名鑑) という戸山イズムを体現したのだった。

シンボリルドルフ以来の三冠馬となることをかけて菊に挑んだ秋。 距離不安を煽る外野の声はいっそう喧しく、小島へのプレッシャーも日増しに高まっていた。さらに菊花賞に参戦するキョウエイボーガンが何が何でも逃げると宣言したため、どんな競馬をするのかジョッキーの手綱さばきが最大の焦点になった。逡巡する小島に戸山は指示を出す。ミホノブルボンのペースを守れと。秋初戦、2200メートルの京都新聞杯をレコードで逃げ切っていたミホノブルボン。タイムは2分12秒フラットと、1ハロンあたり12秒のラップを刻んでいた。同じように3000メートルの菊花賞も本来のスピードを殺すことなく、ハロン12秒を維持すれば後続はついてこれない。それでゴール前は歩くようにバテても、リードを守り切れるだろうというのが戸山の考えだった。本番、猛然と先手をとったキョウエイボーガンを見て、小島は2番手につける。中盤、ペースが落ち着つく。しかし、小島はハナを奪い返すことはせず一緒にラップを緩めた。13秒台が連続する普通の菊花賞だ。最後の直線は一杯になり、生粋のステイヤー、ライスシャワーに差されて2着。それでも脚があがりながらマチカネタンホイザを抜かせまいとする様子は感動的でさえあった。

競馬にタラレバはナンセンスだし、戸山の指示通りに乗っていたとしても惨敗を喫していたかもしれない。小島は言い訳めいたことは一切しなかったが、敬愛する師匠の指示に背いたのは、実直を絵に描いたような小島ならではの責任感がさせたように私には思えてならなかった。GⅠの1番人気馬でリスクの大きな賭けに出ることは、馬券を買ったファンを裏切ることになる。最低、連対は確保しなければならないと。これがミホノブルボンの最後のレースになった。そして、栄光のダービーからちょうど1年、戸山が以前から患っていた食道癌のため急逝し、厩舎は解散する。戸山は「馬づくりは人づくり」という信念を持っており、管理馬には小島、小谷内ら所属騎手しか乗せない姿勢を貫いていた。かたや戸山厩舎の調教助手から調教師になり、管理馬を引き継いだ森秀行は師と正反対にビジネスライクに徹するのがポリシーだった。騎手は有名どころを重宝した。小島は乗り鞍を失って成績は急下降していく。そうしたなか、かつて先輩騎手だった鶴留明雄師が手を差し伸べ、小島はチョウカイキャロルでオークスを、タヤスツヨシでダービーを勝つ。ムチを置いたのはその6年後。30年間の騎手生活で495勝は決して多いものではないが、真摯な人柄が共鳴する人々を援引し、競馬史に燦然と輝く記録を残したと言えるのではなかろうか。

2003年、技術調教師を経て栗東で開業した小島。3年目にはテイエムチュラサンがアイビスサマーダッシュを勝ち初重賞制覇、その暮れにはテイエムドラゴンが中山大障害を勝利した。主戦騎手には娘婿の田嶋翔を据えて、人を育てる戸山イズムを実践してもいた。小島こそ戸山の考えを継ぐ者であった。そうした姿が信頼を勝ち得たのだろう。テイエムのほか、メイショウ、シゲル、ヤマカツといった大馬主から預託を受けた。去年の勝ち鞍は14勝と、全国リーディングでは真ん中あたりの成績だ。騎手時代と同じく、地味ではあるが堅実に歩を進めているように見えていた。それがなぜ自ら命を絶つまで追い込まれたのか。「調教師免許更新の面接を前にして、厩舎経営について悩んでいた」(スポニチ)とも報じられるが、現時点では詳しいことは明らかになってはいない。ただ今はミホノブルボンとのコンビに胸を高鳴らせた一ファンとして、静かに手を合わせるのみである。小島と戸山、ミホノブルボンが紡いだ物語はほとんどの騎手がフリーとなり、一部のジョッキーに有力馬が集中する時代には再来しないだろう。 ゆえに私たちは馬上で桃色の勝負服に身を包み、真っ直ぐに右手を掲げた小島の姿を思い浮かべながら、あの挑戦をいつまでも懐かしむのである。

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コメント

こんばんわ。検索からきました。厩舎関係者です。みなさんヤフーのコメントに社台のことやら色々書いてますが、自殺の原因は全然違います。コメントを書きたいですが、IDで誰かわかってしまいそうなので書けません。代筆してほしいぐらいです。ずいぶん前から、嫁が株やらに手を出して、借金を繰り返し、多分億単位の借金をしています厩舎の従業員への進上金も不払いが続いており、多い人は何百万と払ってもらえてません。じゃあ転厩しろよ、とみなさん思われますが、そう簡単に転厩は出来ません。給料はJRAから出ますので、それはもらえていますが。こんなこと、罰当たりで言うものではないですが、
--厩舎の嫁も一緒になって株をしていたようです。--も進上金の不払いがあるみたいです。社台がどうのこうの、みなさん言っておられますが、たしかに今、社台が中心で、社台とJRAに背くとなかなか大変ではありますが、今回の自殺の原因の事実は違います。ぜひヤフーコメントに書いていただきたいです。まだまだ60歳、もったいないですね…。

投稿: 匿名 | 2012.01.24 22:24

>匿名さま
報道で明らかにされていること以外で、名誉毀損になりそうな部分は削除、伏字にさせていただきました。ご了承ください。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2012.01.24 22:41

やはり競馬以外のことでしたか……(どうぞ安らかに…合掌)
タヤスツヨシ・ミホノブルボン…小島貞氏は調教師よりもやはり騎手の印象が強いです。2度のダービー優勝を話のタネに、天上で戸山師と酒盛りしながら競馬を楽しんで欲しいものです…

投稿: クライスト教授 | 2012.01.25 19:20

ネットサーフィンから辿り着きました。
メディア報道で真実が明らかにされることはまずない。
身内(嫁)のマネーゲームの保証人であった生真面目なトレーナー小島氏。気心知れたオーナー達にも相談はしていましたが、解決策見つからずの末・・・・。
合掌

投稿: B層からの覚醒 | 2012.01.27 00:03

>クライスト教授さま
本当ですね。天国から競馬界を見守ってほしいです。

>B層からの覚醒さま
どうにもならかったんでしょうか。残念です。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2012.02.01 10:47

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