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2012.01.30

”クラブ馬は応援する気になれない” に想う
ぼくたちはオルフェーヴルの一口馬主になり得たか?

「関内関外日記」という、はてな界隈では著名なブログがある。独特の文体と深い洞察力に裏打ちされた記事の数々は多くの読者を引きつけてやまない。先日、そこに「おれが競馬をやめる3つの理由」と題されたエントリーが掲載され、競馬ファンの間でちょっとした話題を呼んだ。著者は長年続けてきた競馬から離れることを決意。その理由として、個人的な家計状況、社台グループの寡占が進んで 「競馬がやり込み過ぎた競馬ゲームに見える」こと、「クラブ馬を応援する気になれない」ことをあげている。どれも興味深いもので、それぞれが重なる領域もあるが、ここでは「クラブ馬」にこだわって考えてみたい。

これはもう、まったくまっ黒い嫉妬の感情なのですが、一口馬主さんたちのクラブ馬というものに、まったく思い入れが抱けないのです。むしろ、面白くない、というところ まで来てしまっています。説明するまでもなく、今の競馬といえば社台グループなんかのクラブ馬全盛といっていいわけで、これが毎度毎度おおきなところを勝つのを見せつけられるわけです。そして、たとえ良いレースだと思っても、馬券を獲ったとしても、拍手を送りたくない自分がいる。 (関内関外日記より)

クラブ馬主の隆盛はファンの裾野を広げ、競馬人気を取り戻すことになると、当たり前のように言われてきた。一方、「一口馬主」にまったく興味のない層、とりわけ寺山的に1頭の馬に感情移入して自己を重ねる、といった楽しみ方をするファンにとっては面白いことばかりではなかったかもしれない。一口クラブの伸長は相対的に馬主の地位を下げることにつながる。彼らにはメジロ、シンボリ、ニシノ、サクラなど、個性溢れるオーナーが鎬を削っていた時代こそ、豊かなあるべき競馬界に見えているのではないか。だが、誤解してはならないのはクラブ馬主が盛んになったから個人馬主が勝てなくなったわけではないということ。順序は逆だ。日本経済の停滞は馬主の体力を奪い、馬産地を厳しい状況に追いやった。そうしたなか、真っ当な改革を進めて生き残ったのが社台グループであり、個人馬主の購買力が落ちたがゆえに、その巨人はクラブ馬主に力を入れざるを得なくなった。黙っていても馬主が牧場に来て金を置いていってくれるなら、面倒なクラブ運営に大々的に手を出す必然性はなかったのだ。

関内関外日記では「象徴的だったのはオルフェーヴル」だったとし、「しょせん、誰かの馬じゃん」 「オーナーブリーダーであるとか、そういった誰かの馬であることと、一口馬主の馬であるということは大いに違う」と感じたそうだ。オルフェーヴルを所有するのはノーザンファーム系列のサンデーサラブレッドクラブ。創立は古く1988年。当時は日本ダイナースクラブと結び、代表馬はレッツゴーターキンやウィッシュドリームぐらいだった。だが、2000年にサンデーレーシングを設立して自前の組織で運営するようになると、その4年後には本家社台レースホースを勝ち鞍で上回り、以後は急速なレベルアップを遂げて次々とGⅠ馬を出すようになった。勝負服も「黒・赤十字襷・袖黄縦縞」に刷新されたから、ファンにとっては突然、強大なクラブ馬主が出現したように見えたのではないか。ブエナビスタ、アンライバルド、ヴァーミリアン、デルタブルース、 ローズキングダム、ドリームジャーニー、スリープレスナイトなど活躍馬はあげればきりがない。「今の競馬といえば社台グループなんかのクラブ馬全盛」と感じさせるのは、ひとえにサンデーレーシングの躍進によると断じても過言ではない。

不思議なのは早くから先行して展開してきた社台レースホースに対しては、そうした批判は起きなかったこと。ダイナガリバー、ギャロップダイナ、サッカーボーイなどの所属馬を 「しょせん、誰かの馬じゃん」と口にする者はなく、むしろ、雑誌や単行本ではファンに愛されるアイドルホースとして繰り返し取り上げられた存在だった。ここ10年でも、ジェニュイン、ザッツザプレンティ、ネオユニヴァース、テレグノシス、キャプテントゥーレ、ダンスインザムード、マルセリーナといったGⅠホースがいるが、「一口馬」のイメージはさほど強烈でない。それもそのはず。一口といえども、1頭の口数はわずか40。社台ではリーズナブルな3000万円の馬に出資するのにも75万円が入り用になる。それに維持費が年間30万円。平均的なサラリーマンには手が出せない。実はシンボリルドルフもシンボリ牧場が経営するクラブの所属馬だった。こうした高額なクラブの馬たちは「一口馬」と身近に引き寄せられるものではなかった。ファンもそれは重々承知していた。

サンデーレーシングも社台RHとシステムは変わらない。年明けのAJCCを制したルーラーシップなど募集価格1億8000万円。一口の価格は450万円だ。ちなみに兄のサムライハートは一口550万円で募集されたが、1000万特別を勝つのが精一杯で引退している。では、虎の子の貯金を叩けば誰でもルーラーシップを買えるのかというと、そうは問屋がおろさない。良血馬はあっという間に満口になってしまうため、それまでの実績ある会員に枠は優先的に割り振られる。つまり、希望する馬に出資するためには、何年もかけて人気のあまりない馬に投資して「功徳」を積まねばならないのである。そうして、ようやく出資できたのがサムライハートだったりするわけだ。ステイゴールド産駒のオルフェーヴルはリーズナブルな一口150万円だったが、こうした当たりを引くにまでには数を打ち続ける十分な「弾」が欠かせない。にも関わらず「サンデーレーシング=手軽に参加できる一口馬主」 なる誤解が流布しているのは2000年代、ちょうど同じ時期に人口に膾炙してきた社台系の大衆向けクラブ(口数が10倍で低価格のキャロットクラブなど)と混同されてしまったからではないか。サンデーレーシングの吉田俊介代表は下記のように述べている。

「クラブの会員の中には個人で競走馬を所有されている方もいますし、その一方でクラブの会員だった方が、馬主としての流れをここで掴み、自分の勝負服で競馬をさせたいとの理由で、セレクトセールで競走馬を購入されたこともあります」 (優駿 2011.7)

現在、サンデーレーシングの会員数は1万人を超えるというから、裕福な人々ではあるにせよ経済状況は様々に違いない。ただ、クラブがもっとも大事にしたい顧客とは馬を1頭買って本物の馬主になってくれるような潜在層だろう。三冠馬を手に入れられたのは、そうした1万人のなかの40人である。俺もちょっと小金があったらオルフェーヴルで大儲けできたのに、などというのは誇大妄想にすぎる。社台RHやサンデーレーシングの提供馬と、キャロットやレッドの募集馬を同じく「一口馬」と括るべきではない。厳密に分けて捉えたほうがいい。

どこか遠く離れた存在である個人馬主ではなく、ひょっとしたらそこのスタンドでサンデーレーシングの勝負服のレプリカシャツ着たやつが、オルフェーヴルならオルフェーヴルを一口持っているかもしれない/ たとえば自分が大学を辞めないで卒業して、それなりの就職でもしていたら成りえたかもしれないレベルの人間が、一口持っているかも知れない、ということです。そこにはなにか目を背けたくなるものがあるわけです。(関内関外日記)

果たしてそうだろか? 我が身を鑑みれば、運良く今より倍の給料がもらえる会社にいたとしてもオルフェーヴルの出資者にはなれていないと思う。嫉妬心は自分が同レベルだと見做す対象にしか沸かないもの。そういう意味ではアラブの石油王に対するのと同様、サンデーレーシングの上層会員を妬む気持ちにはならないのだ。身も蓋もない結論と言われそうだが、オルフェーヴルは庶民に手の届かない馬。目を背ける対象ではない。また逆説的になるが、大衆向けクラブがクラシックを席巻するようになったとしても嘆くに当たらない。私もキャロット会員だが、クラブ馬の真のオーナーは吉田勝己だ。 「レプリカシャツ着たやつ」は400分の1の金を差し出し、馬主気分を味わっているに過ぎない。馬主の権利は何ひとつないのだから、他人も存分にクラブ馬を応援すればよいのだ。やはり個人馬主の減少に悩むアメリカでは大衆向けクラブを真似た法人を設立する動きがある。広く薄く競馬産業を支える仕組みとしてクラブ馬主は優れているし、すべて個人馬主が負担できる時代でもなくなった。だから、あなたがオルフェーヴルを見て競馬から離れようとしているなら、どうか考え直してほしい。競馬を捨つるほどの嫉妬心はありやと。

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コラム・書評」カテゴリの記事

コメント

競馬やめてー奴は黙って勝手にやめろ。

個人オーナーにはなれなくても、クラブ馬で楽しんでる奴は沢山いるし、馬が競争するのにオーナーがどうかとかって、元々見てる目線が違うだけだろ

投稿: しんちゃんです | 2012.01.30 21:09

社台直営のクラブというのはサンデーと社台だけで、
あとの大衆向けクラブは直接的には社台の資本が入ってないんですよね。
このあたり社台の考え方が出てるなと思います。
あと大衆向けクラブって優駿ホースクラブが先駆けで40年以上の歴史があって、
その長い歴史の中でゴールドシチーはクラシックで好走している歴史があるんですけど、彼はそういうことをどこまで知ってるのかなとも。

投稿: あかさたな | 2012.02.01 18:39

ん~と
オレは別に競走馬に誰が出資してようとなんだっていいいんだけど

クラブ馬ばっかだと勝負服のバリエーションがない上に
クラブ馬主の勝負服って無難なデザインしかないもんだからヴィジュアル的につまんないかなと

ついでに
社台RH馬ばっか走ってるレースだと
雷様のパンツが動いてるように見えるし
サンデーレーシングの勝負服ばっかのレースだと
毛虫が動いてるみたいだからなぁ
別にクラブ馬主はいいけど勝負服のバリエーションとか多くするとかなんとかルールかえてくんないかな

地方競馬の勝負服みたいにジョッキーごとに勝負服違うとかにすりゃオレはどうでもいいですわな
いい例としてクラーベセクレタなんてサンデーレーシングだけどバッテンメンコみなけりゃサンデーレーシングの馬だなんてわかんないし
個人的には出資者が誰か自体なんてもんはどうでもいいかなと

オレはサンデーレーシングの出資者がヤクザだろうと某国の独裁者だろうと誰でもいいですよ

投稿: チキン馬券師 | 2012.02.02 09:58

私は元エントリのブログ主さんの憂鬱の原因は「金が無い」「金を持ってるやつがムカつく」という点だと思いますが
自分が30代、40代になって、貧しい生活を送っているのに、同世代がキャロットや優駿で馬持ってる(しかもそれをネットで自慢げに見せつけられる)のを楽しく見れるわけもなく
そこで「馬主の権利は何ひとつないのだから、他人も存分にクラブ馬を応援すればよい」なんて言っても何の慰めにもならないのでは

投稿: おけら | 2012.02.03 02:11

週刊競馬ブック2011年10月16日号の一筆啓上欄で吉沢譲治氏が競馬本に関して書いたことを引用すると
「一般のスポーツなら選手本人に取材すれば済むことだが、馬はしゃべらない。変わってしゃべるのはその馬を取り囲む人間たち(略)だから、彼らのキャラクター、考え方、生き方が色濃く投影される。馬主のアクが強ければ強いほど、ストーリー展開は面白くなる。脱税でとっ捕まるとか、愛人を囲う金ほしさにGIを連闘させるとか、会社の経営が危なくて目の前にあるGIをすべて使うとか、そういったものがふんだんにあればなおいい。(略)ところが、共同馬主の馬は、馬主の顔がない。あったとしても、みな会社組織の同じ顔なのだ。」

社台系で馬が持てる人間に対する嫉妬とか、上位人気はどれが勝っても生産者は吉田一族とかから「競馬がつまらない」に行き着くのはロマン派の人なんだろうね

ギャンブル派の私にはその感情が理解できても自分がそうなることはないだろうと思う

投稿: 年寄 | 2012.02.03 20:33

40分の1会員も一口会員です。馬主資格は持っていません。
「共同所有馬」はオーナーズクラブが扱っております。

投稿: のり | 2012.02.04 01:38

>みなさま
コメントいただいてありがとうございます。色々な角度からの見方があって勉強になります。

>のりさま
ご指摘ありがとうございました。誤解を招く表現ありましたので、該当箇所を訂正致しました。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2012.02.04 10:53

馬主になってみたいっていう競馬ファンの気持ちを
もてあそぶ制度にしか思えないんだが・・・

負担はみんなで。
権利は法人に。

むしろ私なんかは、
一口馬主の皆さんはよく我慢してると思います。

投稿: | 2012.02.04 20:01

自分はいい成績を残すと「ファンの馬」だからといって、乗り役を変える方がしっくりこなかったりするんですけど、根がひねくれ者なので・・

競馬をする人、やめる人、嫌う人、皆それぞれと言えばそれまでですけど、馬は所詮「誰かの馬」だってことは事実ですよね

あと、サンデーの服飾は「黒・赤十字襷・袖黄縦縞」だと思います

投稿: | 2012.02.04 23:13

勝負服の表記、間違えていました。失礼しました。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2012.02.05 05:09

一応下記の文章が今週の競馬ブックの「ファンのページ」に掲載されたのです。

「中央でも勝負服を地方式に」

今の日本競馬界はクラブ馬主の所有馬がとても強い時代です。
特に社台系のクラブ馬主は条件戦だけでなくG1でも何度もタイトルを獲得し
正に今の日本競馬界は「クラブ馬主黄金期」と言ってもいいくらいでしょう。
しかし最近このような一定のクラブ馬主の馬が勝ちすぎるせいで
競馬の勝負服の多様性が失われつつある気がします。
個人馬主の多い時代は個人馬主の馬を所有できる資金的な限界の意味でも
同じ勝負服を見る機会は今のクラブ馬主ほどありませんでした。
必然的にレースごとに見かける勝負服は多様性に富んでおり
それがレースにおける一つの華になっていたのも事実です。
様々なデザイン、色の勝負服が競馬場のコースを舞うように駆け抜けるのは
一種の芸術とも言えるでしょう。
ですが今のクラブ馬主全盛の時代では大規模クラブ馬主の資金力と馬の所有数からも
必然的に同じ勝負服を一つのレースでいくつも見かける例がありますし
それらの勝負服がレースの上位独占をする例もあります。
もちろん多数を所有できる事、レースで上位独占できる事は
クラブ馬主の経営手腕が優れているだけで彼等を責める事はできません。
しかしこのような一定の勝負服の寡占状態がレースの多様的な色を奪ってる事も確かで
こういう状態を打破して欲しいと1競馬ファンとして思います。
この打破の方法には
一つには個人馬主がかつての勢いを取り戻し
数、質共にクラブ馬主に匹敵するくらいになる事が挙げられますが
今の不景気の時代で個人馬主の資金力等が低下している現状からは
それはとてもハードルの高い事と言えるでしょう。
ならばもう一つの方法である「中央競馬の勝負服を地方競馬式にする」のが一番いい手段ではないでしょうか?
地方競馬の勝負服は馬主ごとではなく騎手ごとに違うものであり
一つのレースで同じ勝負服が複数存在する事はほとんどありません。
つまり勝負服の多様性が常に維持されている制度なのです。
しかも馬主の尊厳も保てるものでもあります。
実際的な例として船橋所属の交流重賞馬クラーベセクレタが挙げられます。
クラーベセクレタはブエナビスタ、オルフェーヴルなどで有名なクラブサンデーレーシーングの所有馬ですが
レースでは
勝負服は騎手服(大体は主戦の戸崎騎手の勝負服)で、サンデーレーシングのメンコをつけています。
これにより他にサンデーレーシングの馬が出走していてもどの馬がクラーベセクレタかわかりやすい上に
サンデーレーシングのシンボルとも言えるXマークのメンコでサンデーレーシングの馬という事もレースで示せるのです。
この競馬の華ともいえる勝負服の多様性を維持しながら馬主の尊厳を保てる地方競馬式の装飾システムを
中央でも採り上げる事で競馬の盛り上がりも上昇するのではないでしょうか?
それに中央競馬のファンにしても武豊や福永祐一などの騎手が自分でデザインした勝負服を着てる姿を見たい気持ちもあるのではないでしょうか?
私は上記の制度改革の実現を期待したいものです。


ハンドルネーム 生存戦略

投稿: 生存戦略 | 2012.02.21 12:31

>生存戦略さま
馬主が賛同するかどうかはともかく、武豊の勝負服とかは見てみたいですね。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2012.03.01 22:40

初めまして。ブログ読ませていただきました。

私は現在高校生で、競馬は小学生の時にハマりました。

そして将来はネットビジネスの職業に就こうと考えているので、現在は経済学や情報科などの勉強をしています。

そこで競馬の経済も見てみようと思った事があったのですが、サンデーRの経営の仕方を見ると、他の沈没していった一口馬主グループとは違い、とても合理的に運営されていて感動しました。

それから私はサンデーRのファンになり、今では私の家の部屋はオルフェーヴルやブエナビスタのグッズに溢れています^^;

レースとは少し違った視点からファンになったものです。

また、最近では「サンデーRは武豊を嫌っている」との声も多く出回っていましたが、武豊は近年成績が落ち、勝率もグンと下がっていました。おそらくその影響で結果の出ている福永や岩田騎手に乗り換えただけかと思われます。

現に武豊騎手は最近の復調とともに、少しずつサンデーRの馬に乗るようになってきましたね。

最近は何の根拠もなくサンデーRや社台が、しょうもない嫉妬心などで批判される事が多くなり、掲示板やブログでも悪口に溢れかえっている状態ですが、こういう競馬の本質を突かれているブログに出会い感動しています。

これからもブログを書き続けて下さいね。

投稿: りゅう | 2012.06.26 18:02

>りゅうさま
ありがとうございます。競馬というのは百鬼夜行の世界ですから、なかなか合理性だけで進まないようですね。これからも競馬を楽しんでください。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2012.07.02 08:16

これは、コミケ出身のプロ作家に向けられる視点と似たようなものを感じます。
社台やサンデーの上位会員様はいわば大手サークル。美大を出てプロ作家になった方々が中心となり、たまたま激烈な選考を勝ち取ってコミケに参加しているだけです。(例・小林幸子)対してキャロットの会員さんはいわばコミックシティなどの選考なく誰でも出せるイベントに参加しているフリーターのエロ本描きの面々と言えます。いずれも一口会員、同人作家ですが重みが違う訳です。これをひとまとめに個人馬主だ、クラブ法人だなどて言っている間に、TPPを利用して海外の大手ファンドが乗り込んで来て、社台系も吹っ飛ばされてしまいます。いま必要なのは迫り来るTPPによる海外馬主生産者開放にそなえること。純国産の社台には国際競争に勝てる体力を身につけていただきたいものです。漫画の世界ではTPPにそなえ、合併統合の動きが加速しています。カドカワとドワンゴが合併したように、社台と日高軽種馬農協の統合も必要かもしれません。

投稿: ましゅ~ | 2015.06.01 01:57

>ましゅ~さま
おもしろい視点、ありがとうございます。ぜひ色んな外資に参入してもらって、楽しませてほしいですね。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2015.06.07 03:18

はじめまして。
競馬ファンは変わらないモノを求める傾向が強いと思います。
クラブ馬主にしてもシンボリの故和田さんやメジロの北野豊吉さんは最初猛反対をしていました。
キングススポーツを舐めるな!と。
かく言う私も海外の参入は嫌だと思っている気持ちがあり、しかしメリットも想像でき、結局は慣れるのだろうと考えてはいます。
これはクラブ馬主や社台の活躍にも同義で、面白くはないわけです。
と、言うよりも私個人の感覚では競馬の楽しみは一強ではなく多士済々であり、社台の一人勝ちなど飽きて仕方ないわけです。
できれば彼らには壮大な兄弟喧嘩をしていただき(バレなきゃヤラセで構いません)せめてノーザンファームVS社台ファームなどの図式が欲しいところです。
さて、大分私個人の見解が過ぎましたが、
取り上げていたブログの嫉妬心から競馬を辞めるというのは管理者様がおっしゃっているよりもっとミクロな視点の話だと思うのです。
彼はニートで世界も狭い。
しかしその中で懸命に自己を確立してブログを書いています。
つまり彼は単純に自分の周りにいた人間が許せないのでしょう。そして巡り巡って自分自身が赦せない。
競馬ファンには競走馬に自己投影するファンも少なくない。
彼も有る意味そんなファンの一人なのです。人生に対してのやるせなさが歪んだ気持ちでクラブ馬主に向けられている。
それは何もオルフェーヴル(などの活躍馬)に向けられたモノではなくクラブ馬主という自分が嫉妬を重ねている人間に向けられているモノなのです。
彼は一口馬主すらできない環境に身をおいているのだから(ニートは一口馬主の審査に受からない)一口馬主という目には見えない、しかし確実に存在する充実した人生を送るハズだったIFの自分と重なる人間に嫉妬している以上、クラブ馬主の馬がどんなに弱くとも存在している限り、彼は競馬場に帰ってこないでしょう。

投稿: にっしー | 2015.12.23 10:13

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