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2011.12.31

2011年暮れ 今年も競馬を楽しめたことに感謝しつつ

2011年、日本にとって時代の転換点となる年が終わろうとしている。千年に一度の大津波は太平洋沿岸の街をのみ込み、2万近い人々の命をさらっていった。復興への道のりは遠く、広範な放射能汚染を引き起こした原発事故が終息するには数十年かかるとされる。発災して数日後、わたしも仕事のため被災地に赴くことになったが、焼け野原のように変わり果てた光景に言葉を失った。押しつぶされた車、なぎ倒された電柱群、流木に突き破られた家々。厳しい寒さに耐えながら、現場では自衛隊による決死の捜索が続いていた。この国は、何もかもが変わってしまったのだと認めざるを得ない体験だった。無論、競馬界とて震災と無縁でいられるはずもなかった。岩手競馬の場外施設は津波の直撃で全壊。福島競馬場は観客席の天井が落下するなど甚大な被害を受けて、年内の開催中止を余儀なくされた。

こうしたなか西日本地区では1週の中止を経て、中央競馬が再開された。国民が悲嘆に暮れている最中に娯楽である競馬など行なってもいいのだろうか。関係者の間でも葛藤があったと聞く。それでも売り上げの一部を寄付する「被災地支援競馬」を実施したのは英断だったと思う。日常に戻れる人は躊躇うべきでなく、ひとりひとりが、家族が、コミュニティや組織が、復興のためできることを為すのが長く困難な戦いに向きあうには欠かせないからだ。まだまだ競馬は大きな資金を集める力があった。10月には岩手のGⅠ南部杯を東京競馬場で施行する ウルトラCも実現した。日本競馬の底ヂカラを見た思いだった。民間でも被災した元競走馬を救助しようという動きが大きな力となった。東北沿岸部ではサクラヤマトオー、ハリーズコメットなどの著名馬を含む100頭以上が津波によって死亡したが、NPO引退馬協会や日高の馬産地が被災馬の保護や疎開に手を携えた。活動には競馬ファンからも寄付が集まった。

4月23日、東日本にも43日ぶりに競馬が戻り、府中開催となった皐月賞ではオルフェーヴルが優勝。ダービー、菊花賞を制して三冠馬が誕生した。そして、暮れの有馬記念も勝ち、苦しい時代に人々に明るい気持ちをもたらすヒーローとなった。ドバイ、ロンシャンと来年の楽しみは尽きない。一方、今年の競馬界はダービー出走馬がすべてサンデーサイレンスの孫となり、 社台グループの寡占化がいっそう顕著になった年でもあった。かつてのライバル、メジロ牧場は経営を続けられず解散。中小牧場も相次いで姿を消した。JRAの売り上げは3兆円を割り、ピークだった14年前の半分以下まで落ち込んだ。震災を前にして一致結束した競馬界ではあったが、2012年は戦後、巨額の売り上げに依存してきた産業構造がいよいよ行き詰まり、ラディカルな改革に取り組まねばならなくなるかもしれない。

開設15年の節目を迎えた拙ブログにとっては「競馬が100倍面白くなる」と題して本を出版するなど記念すべき機会に恵まれた。読者にも支えられて初版は完売。 感謝申し上げたい。もちろん、本こそ執筆させてはもらったがアマチュアの素人であることに何も変わりはない。その分際は謙虚に弁えながら、これからも一ファンとしての立場から臆することなくブログを発信していきたい。また毎年、書いている気がするが、更新は相変わらずマイペースで、来年も同様になると思う。 しかし、これが長く続けられる要因であるのでご容赦願いたい。2012年は平和な日々のもと、たくさんの方々と競馬を楽しませてもらえたらありがたい。とりとめない文章で申し訳ないが、本年はこの辺りで。震災で亡くなられた方々のご冥福を祈りつつ。

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