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2011.04.29

メジロ牧場解散へ その輝かしきステイヤー血脈の栄衰

1967年に創業。半世紀に渡って日本競馬史に輝かしい足跡を残してきた名門、メジロ牧場が廃業することが明らかになった。黄金期の80年代から90年代、メジロラモーヌ、メジロマックイーン、メジロライアン、メジロドーベルといった数々のG1馬を輩出し、進取の精神に富んだ育成手法は馬産地のフロントランナー的存在でもあった。当時のリーディングブリーダーは数に勝る社台ファームであったが、競走馬のクオリティはメジロに比肩できないと言われていたものだ。社台が人気の回転寿司チェーンなら、メジロは職人が丹精込めて一貫一貫握る老舗の寿司屋のイメージだった。その頑固さは時代に流されない配合に最もよく現れていた。創業時から守り続けてきた肌にこだわり、インブリードやニックスなどを入念に研究して自家種牡馬や地味でもこれぞと見出した種牡馬を配合してきた。

メジロがつくった最強馬、メジロマックイーンの血統表を見ればその粋が集められていることが分かるだろう。父系は天皇賞馬の父メジロティターンと祖父メジロアサマ。母メジロオーロラ、祖母メジロアイリスはそれぞれリマンド、ヒンドスタンという良質なスタミナを持つ種がつけられている。メジロラモーヌの父はモガミ、メジロライアンの父はアンバーシャダイと 、スピードあるマイラー種牡馬が台頭する流れにあっても、メジロはやはりステイヤーを重ねることを貫いてきた。ライバルの社台ファームや早田牧場と決定的にメジロが違ったのは、純粋なオーナーブリーダーであったこと。市場で売れる馬をつくる必要はなく、一口クラブにファン受けする馬を提供する方法も選ばなかった(いや、純粋なメジロ血統ならば人気を博したか)。レース賞金だけを糧に経営してきたメジロのポリシー。それはできるだけコストをかけず、トータルで多くの賞金を稼いでくれる馬を生産することだった。そうすると、2歳の新馬戦をスピードに任せて勝ちあがるが尻つぼみする早熟馬よりも、古馬になってから力を付けて息長く活躍してくれる晩成型を求めるようになる。メジロの玄人好みの配合はオーナーの趣味だけに拠るわけではないのだ。

当時、”メジロの頭脳”と呼ばれ、配合や育成に責任を負っていたのが武田茂男である。競馬場で獣医師として働いていた武田は北野豊吉に乞われて74年に北の大地へ渡り、その後21年間、メジロ牧場で身を粉にして働くことになった。武田の配合論は短所を補うのではなく、長所を伸ばすという考え方だ。メジロの血統はステイヤーが多い。だが、スピードを補おうと短距離種牡馬をつけることはしなかった。

遺伝のパターンからいって、短所のほうが伝わりやすいんですよ。だから、長距離系に短距離系をつけると、『距離が持たない上にスピードがない』という駄馬が生まれてくる可能性が高いんですね。/長距離血統に長距離血統をかけ合わせ、さらにスタミナを強調することになるんです、繁殖の良さを引き出すことに徹するんですよ。(競馬最強の法則・競馬に夢をかける人たち)  

メジロイズムを実践し、成功に導いた武田。しかし、まだ隆盛期にあった95年、突如として牧場を退職。ファンタストクラブに移籍した後、独立して武田ステーブルを設立する。「自分を試してみたい」(同)と言うが、詳しい理由は報じられてこなかった。ともかく武田が去り、メジロドーベルが引退すると、メジロ牧場の成績低迷は顕著になる。そして、メジロは繁殖に関しても方針を転換していく。自家種牡馬に拘泥することなく、サンデーサイレンスをはじめアグネスタキオンやキングカメハメハなど、人気サイヤーを配合の中心に据えた。大切にしてきた血が途切れても”重すぎる”繁殖牝馬は整理し、社台グループなどと掛けあって新たな系統を導入した。サンデーサイレンス系が猛威を振るい、競馬番組がいっそう短距離志向を強めるなかにあってはやむを得ない選択だった。ステイヤー種牡馬は絶滅危惧種扱いであり、レースで勝つにはスローペースで脚を貯めて最大限の瞬発力を生かさねばならない。父内国産、距離割増といった手当が減額されたのも痛手だった。07年、メジロ牧場の専務・岩崎伸道はインタビューのなかで「未勝利馬が少しずつ減ることが、G1馬を出すことよりも安定経営に繋がる」として、短距離馬に比重を置くことにしたと語っていた。

いつまでもメジロ=3200Mという天皇賞というイメージだけじゃ生き残っていけないし、これだけマル外が開放されて、この間はダーレーに免許がおりて、JRAの売り上げが減って賞金や手当も下がってくる。もちろんみんな苦しいでしょうけど、一般で馬主をやっている人はそんな賞金が下がって採算合わないんだったら本業に戻ればいいけど、うちは戻るところがないわけですよ。これで食べていかなきゃいけないから、嫌だから止めるわけにいかない。賞金がカットされて厳しくなったら、やっぱりその厳しくなった中で生き残れる方法を、それには夢ばっかり追ってちゃダメだし、ある程度取り残されないように付いて行かないといけない。(メジロ通信)

新たな配合方針のもと、朝日杯を勝つメジロベイリーというG1馬が生まれた。サンデーサイレンス産駒の同馬は天皇賞馬メジロブライト(父メジロライアン)の半弟だが、マルゼンスキーのスタミナにサンデーのスピードが掛け合わされた成功例だった 。だが、武田が恐れていたように、父と母の長所を体現した若駒がそう多く生産されることはなかった。結局、メジロベイリーも故障して朝日杯後は勝利をあげることはできなかった。メジロ最後の世代となった3歳は現在15頭の生産馬が登録されているが 、スペシャルウィークやステイゴールドなどのサンデー系や、サクラバクシンオーやスウェプトオーヴァーボードなどのスピード馬が配合されている。しかし、15頭のうち勝ち上がったのは2頭だけ。大きな期待がかけられていたディープインパクトとメジロドーベルの仔、メジロダイボサツが2戦未勝利という戦績に甘んじているのは不振を象徴しているのではないか。

馬産は試行錯誤。時代時代に応じたチャレンジをしていかねば生き残れない。もしメジロ牧場が伝統を守っていたとしても、今より経営状態が上向いていたか分からない。スピード競馬に対応できず、もっと撤退は早まっていた可能性だってある。メジロ牧場は借金のない身きれいなうちに廃業することを決めたという。人様に迷惑をかけず、独立独歩を貫く姿勢はメジロらしいと言えるかもしれない。ただ、一ファンとして郷愁だけで述べさせれもらえれば、もう少し生粋のメジロブランドが走る姿を見ていたかった気もする。東日本大震災が時計の針を進めてしまったのは残念である。先週、皐月賞を制したオルフェーヴルの馬柱には、母の父メジロマックイーンの名が刻まれている。メジロの血は日本で競馬が続く限り、どこかで受け継がれていくだろう。だから「白、緑一本輪、緑袖縦縞白」の勝負服が見れなくなっても、後世のファンにもメジロの偉大さは伝えられるはずだ。5月20日付、メジロ牧場は解散。ひとつの時代が終わる。

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コメント

春の天皇賞の週にメジロ牧場廃業の報せがされるとは残念で仕方ありません。
私が競馬を本格的に好きになったきっかけが‘90のダービーのパドックでメジロライアンの素晴しい馬体を見てからでした。 それからメジロの冠の馬を追いかけるようになり、毎年の馬名シリーズも楽しんでいました。
十数年前には仕事で、豊島区目白の北野さんのご自宅へ伺う機会があり、当時ご健在だった北野ミヤさんとお話が出来て、私が『マックイーンよりライアンが好きでした。』と話すと、ずっと微笑んでくれていたのが印象に残っています。
近年は活躍馬も殆んど出ず、頭数も減り、どうしたのかと思っていたのですが、最近JRAのCMでメジロマックイーンが出ていて、あの輝かしい日々を思い出していたのですが・・・。 本当に残念です。

投稿: トロト | 2011.04.30 12:46

武さんの大斜行と共に
メジロマックイーンの名は語り継がれると思います・・・

母父で成功しそうではありますね。
ホクトスルタンも種牡馬にはなれないかなぁ。

投稿: | 2011.05.03 08:26

メジロは何故、在来生産馬を、短距離レースに使わなかったのかが、不思議でなりません。
私はメジロ血統馬を、先行馬的イメージでとらえていたので、育成方法を少し変えれば、在来生産馬でも短距離レースで、結果が出たように思えます。
あと、気になったのは、メジロがブライアンズタイムを、種馬として評価しなかった点です。
ステイヤー種馬のブライアンズタイムは、祖父の影響から、早熟な仕上がりに加え、スタミナ系肌馬との愛称のよさから、馬産地では、サンデーサイレンス以上に評価されています。
成績不振の理由を、短距離レース特化や、自家血統の仕上がりの遅さにあると、説明していましたが、それは違うように思いました。

投稿: 名無し | 2011.05.04 13:28

>トロトさん
北野さんのお宅でミヤさんとお話されたなんて、すごい経験ですね!私もライアンの宝塚記念は感動しました。

>名無しさん
メジロマックイーンの血は母系の中で受け継がれていくでしょうね。晩年はメジロもサクラバクシンオーなどをつけて短距離志向を強めていましたが、このような結果になり残念です。


投稿: ガトー@馬耳東風 | 2011.05.07 21:54

メジロの失敗はブライアンズタイムを積極的に導入しなかったからでは。 
スタミナが有りクラシックでも走る仕上がりの早さ、メジロのステイヤー血統とも相性が良さそうだしスピード競馬に対応できてメジロ特有のスタミナの塊になっていたのでは。 
後有珠山噴火も大きかったかな。

投稿: メジロのブライアン | 2012.07.22 19:29

>メジロのブライアンさま
確かにブライアンズタイムをつけていたら稼ぐ馬が多くできていたイメージもありますね。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2012.07.28 15:48

私が競馬に興味を持つキッカケになった有馬記念。
グリーングラスをハナ差まで追い詰めた切れ味。
あの瞬発力に驚かされました。
以来、メジロファントムを応援するようになり
自然とメジロ牧場の競走馬のファンになりました。
最近では、ゴールドシップなども母父にマックイーンが
存在感を示していて、メジロの血の偉大さや哲学の
素晴らしさに改めて感動しています。
血統という部分でメジロの哲学が今後も輝いて頂ければ
こんな嬉しい事は無いと感じております。

投稿: メジロファントムのフアン | 2013.05.09 23:59

>メジロファントムのフアンさま
メジロマックイーンの血は後世に確実に残っていきますね。ファンとしては嬉しいです。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2013.05.22 02:41

武田さんは茂ではありません。
茂夫さんです。

私は元メジロ牧場で働いていた者の妻です。

投稿: 明石智子 | 2014.12.04 10:17

>明石さま
ご指摘、ありがとうございます。
こちらの校正ミスです。
資料からは武田茂男さんかと思われます。失礼しました。

投稿: ガトー@管理人 | 2014.12.04 23:46

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