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2010.05.22

友駿と生産牧場が対立 ”殺処分済み”G1馬母を巡り

シチーの冠号で知られ、ゴールドシチーやタップダンスシチーなど多くの活躍馬を輩出してきた友駿ホースクラブ。最近ではエスポワールシチーがダートG1の5連勝を飾り、旬の一口クラブとして人気を集めているが、そのエスポワールシチーの母を巡って思わぬトラブルが起きていたことが明らかになった。事の始まりはエスポワールシチーの生産牧場であり、母エミネントシチーも繋養している幾千世牧場で4月末にエスポワールシチーの全弟が生まれたこと。予定日より20日以上遅れて、ようやく誕生したというから関係者の喜びもひとしおだったろう。ところが、残念なことに仔馬は5月18日未明、急に体調が悪化、獣医が手を尽くした甲斐もなく亡くなってしまった。エミネントシチーを所有している友駿はこれに怒り、即、同馬を引き上げて、他の牧場へ移動させることにした。生産牧場には何の相談もなかったという。

ここまでなら馬産地に掃いて捨てるほどあるエピソードだが、話はこれで終わらなかった。生産者はブログでエミネントシチーの数奇な運命を公開。かつて、エミネントシチーはエスポワールシチーを産んだ後、友駿から処分命令が出されていたものの生産者が密かに匿っていたと言うのだ。そして、エスポワールシチーの活躍後に友駿に事実を告げて、繁殖に復帰させたのだと明かす。

エミネントは、実際は、もともとエスポを産んだ年に処分される予定だった馬で、それを子供の出来が良 かったこともあり、処分されるぐらいならと、クラブに無断で、牧場が引き取った馬でした。/クラブ側に『エミネントは、3勝している馬だし、馬格もあるから繁殖として残しておいた方が良いん じゃないですか』と言ったのですが、返答は、『繁殖は、まだたくさんいるから大丈夫、処分してくれ』 とのことでした。処分となると、食用ということで、業者の方に売却されます。なので、その年に処分された馬たちの売却した代金と一緒に、エミネントの分を、牧場がクラブに支払っ たわけです。(リック専務の牧場報告)

エミネントシチーは1998年生まれのブライアンズタイム産駒で、中央3勝をあげるなど芝、ダートを問わずに成績を残した。期待されて繁殖入りしたが、初仔のエスポワールシチーはかなりの難産で子宮を痛め、獣医師は「繁殖牝馬として続けることは難しいかもしれない」(競走馬のふるさと案内所)と診断。将来性とコストを天秤にかけた上、友駿は処分してくれと牧場に通知したようだ。馬は経済動物ゆえ、馬主の判断は最大限に尊重されるべきで、友駿に非はない。だが、生産者はあきらめきれなかった。同じ牧場で経営する乗馬クラブに紛れ込ませ、客を背中に跨らせつつ、生きながらえさせることにしたのだ。牧場主の相馬眼は見事に当たり、誕生時に見初めたエスポワールシチーは大出世。「実は残していた」と打ち明けると、友駿サイドも大喜びしたと言う。去年、友駿はゴールドアリュールを種付けして、G1馬の全弟誕生を待ちわびることになった。

それにしても、なぜ生産者は事の次第をネットで露にするという行為に及んだのだろう。関係の深いオーナーと対立するのは、牧場経営の命運すら危うくするもの。今回の行為はビジネスとしてはスマートな解決方法とは程遠い。もしかしたら廃用命令を受け取った当初は、ほとぼりが冷めた頃に自分の繁殖に加えて仔馬を売却できれば、飼葉代のコストは取るに足らないという、打算的な賭けだったのかもしれない。それがエスポワールシチーの予想を大きく超える活躍のうちに、自分が隠匿したエミネントシチーに憐憫の情が乗り移り、経営者としてではなく、ひとりの牧場主として愛情を注ぐようになったのではないか。秘めた愛ほど深くなるのは人の常。一度は廃用が決まっていた命を救い、数年間、自費で繋養してきたという矜持は、金で計算できないものになっていたはずだ。一方的にその対象を連れ去られた彼の悔しさは理解できる。

とはいえ、生産者自身「所有者を曖昧にした状態にしてしまったことが、ことの発端」と口籠もらせているように、所有権を友駿が保持し続けているのは明確だ。ただ、友駿には看板馬の母を殺処分しようとした負い目がある。ましてエミネントシチーは3勝をあげ、会員の思い入れのある馬だ。事実は伏せておきたい。生産者とは一蓮托生、「子どもを産むために回復するまで乗馬として頑張り、初仔の活躍で繁殖に復帰した」と外部に説明する物語について合意はできていたものの、生産者はブログを開設して事細かな情報を書き込んだり、メディアの取材を積極的に受けている。友駿はエスポワールシチーの全弟誕生を公にしないよう命じたとされるが、すでに馬産地メディアでは記事になってしまってもいた。殺処分の件もいつボロが出るか分からない。従前から抱いていた潜在的な不安感が、急転直下の移動命令につながったのではないか。

21日、生産者のブログで、エミネントシチーが戻ってくることが発表された。代わりに友駿から預託されていた2頭の牝馬が、他の牧場へ移動することになったという。詳しい経緯は分からないが、ヒートアップした両者が冷静さを取り戻し、落とし所を探った手打ちのようにみえる。今回の件、情報は一方当事者からしか伝えられておらず、外部の人間がどちらがどうだと断じるのは適当なことではない。独善的なセンチメンタリズムで当事者を批難するのも的外れである。ただ、エミネントシチーのように一旦は”殺処分済み”とされながらも誰かの熱意を受け、再びチャンスを得る命があるのだという馬産地ドラマのワンシーンを垣間見られたのは事実。今回のトラブルを越えてエスポワールシチーに続く活躍馬が生まれたとき、エミネントシチーの秘話は大手を振って語られる美談になるのだろう。今年、もう一度ゴールドアリュールがつけられるというエミネントシチーの仔に願いはかけられる。

>>エスポワールシチーの全弟が誕生(競走馬のふるさと案内所)
>>重賞ウイナーINFORMATION・幾千世牧場(同上)

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コメント

>落とし所を探った手打ち

私がガトーさんのサイトにたどり着いたきっかけは、
思えばハルウララの一件でした。
ハルウララの件は典型的な例で、
こういうトラブルは、
両者引くに引けなくなってしまいがちです。

そういう意味で、こういう決着は、
どちらの側も、よく判断されたなぁと手を叩きたいです。

馬ももちそんそうですが、
人間だって生き物です。
いろんな思いや感情があって、
それぞれがそれぞれに振り回されたりして、
影響されあってみんな生きてるんですよね。

いろんな問題を抱えているので、
美談かどうか、それはわかりませんが、
一ファンとして胸を打つ話でした。
紹介してくれてありがとうございます。

投稿: 才蔵 | 2010.06.04 14:58

>才蔵さま
法律や慣習、モラルでは割り切れない個人的な感情というのも大切なものだと思います。そうしたものの中に、問題の本質が宿っていることもあるでしょうし。人間はそう単純なものではないですよね。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2010.06.06 09:39

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