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2009.09.08

一口馬主の責任? 余生を全うさせる義務は誰にあるか

キルトクールのひろく~んさんが一口馬主を楽しんでいるファンに、「どうしても一言いいたい。ちょっとでいいから考えてほしい」と深い疑問を投げかけている。

>>そろそろ引退馬の余生について考えてみないか?

優勝劣敗の世界にあって、経済動物たるサラブレッドが天寿を全うする割合はゼロに近い。種牡馬入りできなかった牡馬は言うに及ばず、繁殖にあがることのできなかった牝馬、仔出しの悪くなった母馬、買い手のつかなかった仔馬が殺処分されるのは当たり前。遠くない過去、ケンタッキーダービー馬すら屠殺してしまった事実を覚えている人々も多いだろう。競馬を楽しむこと、一方でたくさんの生命を簒奪しなければ競馬が成り立たないこと。誰しも競馬ファンなら、一度はその狭間で思い悩むのかもしれない。以前から拙サイトでも競走馬の余生について繰り返しエントリーしてきたが、心の整合性を完全に満たす結論は導き出せていない。今では考え方が変わった部分も多くあるが、自己を省みる意味でも過去のリンクを張っておきたい。

>>シンコウフォレスト安楽死 割り切れぬ感情こそ大切に(07/9/27)
>>書評「馬の瞳を見つめて」 もう一つの競馬の真実(05/1/15)
>>ケンタッキーダービー馬を屠殺 米を激怒させた常識(03/8/17)
>>中津競馬廃止 なぜ避けられなかった競走馬の大量処分(01/6/17)
>>グリーングラスの死が問う 引退馬の行方(00/7/14)

今回、キルトクールで呈示された疑問がいつもと違うのは、とりわけ一口馬主に向けられている点だ。一口馬主は愛馬会法人が取得した競走馬に出資しているに過ぎず、所有権があるわけではない。だが、擬似的にも馬主気分を味わっているならば、「自分の人生に潤いを与えてくれた馬だけでも救えないですか」(キルトクール)と道義的責任を問うているのだ。私はこの問いを冷めた気持ちで見過ごすことができなかった。ある一時期、出資した馬が殺処分されるのを避けたいと、牝馬ばかり買っていたことがあったからだ。しかし、いつの頃からか、それは欺瞞ではないかと感じるようになった。レースを観戦すること、馬券で一喜一憂すること、POGを楽しむこと、一口馬主となって愛馬を応援すること、どの立場に拠っても現行の競馬システムを肯定することに他ならず、出資金を払っていないことが何の差異や免罪符(罪があるならば)にもならないと考えたからだ。

現在、重賞勝ち馬などは功労馬として助成金を得られる仕組みがつくられている。現役時の実績ある馬から余生を保障していくのは至極妥当なものだが、それは可及的に範囲を広げていくことを志向する限りにおいて正当性を持つ。だから、一口馬主が一般ファンにはない道義的責任を負うとする意見に懐疑的になるとしても、クラブ馬が余生を過ごせるチャンスを広げていく仕組みをつくることには賛成する。但し、引退後、10年、20年分の飼葉代を会費に上乗せすることは難しいだろうし、すべての馬が満口になるのではない(愛馬会が残口を持つ)現状からは、クラブ側から積極的な施策が講じられる可能性は低い。むしろ、一口馬主に限定せず、一般ファンが直接的、間接的に何ができるのか、考えてみる必要もあるかもしれない。

なお、キルトクールでは札幌の乗馬クラブで余生を送るドリームパスポートの様子が伝えられ、同馬の境遇が心配されている。私はその乗馬クラブのことは知らないが、「馬房には敷き藁も無く、掃除もされていない。コンクリートがむき出しの馬房」との指摘には些か合点がいかない。ドリームパスポートがつながれているのは馬房ではなく洗い場であって、リンク先の写真だけで判断されているなら誤解であることは明白である。無論、他の根拠があるならば、私の早とちりになる。ともあれ、こうした話題については定期的に思いをめぐらすことが大切であり、忘れた頃にリマインドしてくれたひろく~んさんに感謝したい。

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コメント

難しい問題ですね
おそらく引退した愛馬の余生を面倒みるお金があるなら
次の出資馬にそのお金を回したほうが短期的には競馬界のため
なるんでしょうけどね・・
そんなドライな考えも成り立つとは思いますが、それだけ
じゃあまりにも味気ないと思います

投稿: フンテラール | 2009.09.08 22:26

引退馬を引き取った経験のある者です。

引退馬を引き取った人には、かなりの比重で元一口
会員がいることを、ご存知ないのだと思いますが、
引退馬を引き取ることに、誰かに義務がある、
ないで語ると、この問題は前に進まないと思います。

引き取りたい、生かしたいと思う人が、行動を起す
以外にないですし、一人で引き取ることが不安なら、
仲間を募ることをサポートしている会もあります。

馬主が馬を買い、走らせてくれたことで、ファン
は自分の運命の馬と出会えるのです。ただし、
BTCの助成金対象馬になるほどの馬ですら、
処分してしまうのは、この制度を知らない関係者
が多いためとも聞いています。

今後、引退馬を救済する動きは高まると思います。
引退馬の引き取り方、心構え、費用、他について
よく知らずに、感情的な議論は望ましくないと
言えるでしょう。

投稿: サポーター | 2009.09.09 14:27

>フンテラールさま 競馬は食肉産業ではなく、ロマンやイメージを売る部分の大きいエンターテイメント産業ですから、そこに葛藤を生じさせるのかもしれません。とはいえ、問題にすら気づけず、思考停止状態になるよりはずっと良いのですが。 >サポーターさま 行き着くところ、この余生についてはファンのボランティアでは限界があるのは明らかで、重賞勝ち馬はJRAが全額飼葉代出すぐらいのマスな施策でしかドラスティックには変わらないようにも感じます。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2009.09.10 03:03

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さて、今日もまたお付き合いくださいませませ。。。 ちなみにわちきが何故こんなにもめんどくさいお題をエントリーしたのかと言いますと、、、 単純に耳(心)が痛かった。。。 2重の意味で耳が痛かった。。。 一つはこういう話になって、綺麗事を言っていても何もしてな..... [続きを読む]

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