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2009年9月の7件の記事

2009.09.30

凱旋門賞展望 シーザスターズ母仔制覇へ高まる期待

圧倒的な強さで凱旋門賞を制するザルカヴァを目の前で観てから一年。ロンシャンの雰囲気があまりに幻想的だったのと、公私とも色々なことがありすぎたのとで、もう何年も経ったかのような錯覚に陥る。今年はブエナビスタが参戦を表明して、ディープインパクト以来の凱旋門賞フィーバーがやってくるのかと期待していたが、札幌記念惜敗で国内専念。がっかりしたファンも多いだろうが、ブエナビスタがいなくとも、今年の凱旋門賞(日本時間10月5日深夜)は胸ときめかす豪華メンバーが揃った。ついついフライングして、そんなヒロシに騙されたわけでもないのにヒロシTMの観戦ツアーに申し込んでしまった人々も、何も肩を落とす必要はない。仕事さえなければ、私もヒロシに抱きついて飛んでいきたいぐらいだ。

>>凱旋門賞リポート 最強牝馬が誕生したロンシャンの一日(08/10/08)

もちろん、お目当てはシーザスターズだ。英2000ギニー、英ダービーと20年ぶりに英クラシック二冠を制し、愛チャンピオンSまでG1を5連勝。母は凱旋門賞馬のアーバンシーで、英ダービー馬・ガリレオを含めて5頭のG1ホースを産んでいるのは凄い。アーバンシーは今年3月、出産直後に亡くなってしまったが、シーザスターズには母仔凱旋門賞制覇が賭けられている。この偉業、アーバンシーが勝った翌年の凱旋門賞で、カーネギーが母デトロワに続いて達成している。シーザスターズが勝てば史上2度目となる。同馬は父がグリーンデザート産駒のケープクロスということもあって、スタミナ不安が必ず囁かれていたが、前走は渋った馬場でフェイムアンドグローリー(英ダービー2着)を退けており、多少の雨が降っても優位は動かないだろう。

歴史的名馬の誕生に待ったをかけるライバルはいるのか? 前述フェイムアンドグローリーはモンジュー×シャーリーハイツ。馬場が泥田のように悪化すれば逆転の目が出てくる。その時は主役が回避している可能性も高いが。ヴェルメイユ賞は繰り上がり1着ではあったが、3歳牝馬・スタセリタは魅力的。鞍上はルメール。ザルカヴァと比べるのはかわいそうでも、無敗の6連勝は同馬を彷彿とさせる。ブエナビスタのライバルと日本の新聞では書かれていたが、確かに日仏オークス馬対決は見てみたかった。全87回の凱旋門賞のうち54勝をあげている3歳馬からは、他にヴァルリーマンが相性のよい前哨戦・ニエユ賞から参戦する。古馬ではBCターフを勝った異色のセントレジャー馬・コンデュイットだが、前々走ではシーザスターズに一蹴されている。個人的には去年、こっそり馬券を買い込んだチチカステナンゴ産駒のヴィジョンデオタに注目している。

お知らせ:
今月に入っても濁流の如き仕事の勢いは衰えず、ブログ更新も停滞しております。貧乏暇なし。この5ヶ月ほど、休日は十指に満たず、出張と徹夜の日々です。来月半ばには絶対に連休を取ってやると心に決めていますが、それまで更新はお休みさせていただくかもしれません。

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2009.09.20

2009 セントライト記念予想

菊花賞トライアル、セントライト記念。ダービー最先着馬のナカヤマフェスタが実績的には優位にあるが、本番を見据えた叩き台であること、17番枠を引いてしまったことから今回は少し割り引きたい。ダービー当日の未勝利戦を勝ち、500万、1000万と3連勝してきたアドマイヤメジャーの勢いを買いたい。もともと素質は評価されていたが、実が入るまでに時間がかかり、春のクラシックには間に合わなかった。前走、同じ2200メートルで行われた三田特別では、3番手先行、直線で加速してからはバテることもなく、最後は手綱を抑える余裕で、着差以上の強い勝ち方を見せた。持ち前のスピードと血統から菊は距離が長すぎ、むしろ、狙いはセントライト記念にあるのではないか。穴は内枠を利せるヒカルマイステージ。

◎アドマイヤメジャー ○ナカヤマフェスタ ▲ヒカルマイステージ
△ゴールデンチケット、セイクリッドバレー、マッハヴェロシティ

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2009.09.18

それでもキャロットの申し込み期限はやって来る

引退馬の余生問題、続きを書こうと思ったのだが、筆が進まない。あまり急がず、マイペースで気長に書いていこう。一口馬主で思い出したが、目の前に迫っているキャロットクラブの出資申し込み期限。今年から出資にあたって希望順位制を導入、まるでPOGドラフトのように指名の順番にも気を遣わねばならなくなった。中間発表された申し込み状況によれば、もっとも人気を集めているのはレディブロンドの牝馬(父アグネスタキオン)。藤沢厩舎、ディープ一族、上も走っていて一口7万円はリーズナブルと見られたか。僅差で続くのがポトリザリスの牡馬(父ディープインパクト)。いつもの角居厩舎で12万5千円なり。初年度のディープ産駒でもあり、食指が伸びるのは当然か。3位はアドマイヤサンデーの牝馬(父ジャングルポケット)。トールポピーの全妹、12万5千円。後はシーザリオの牝馬(父キングカメハメハ)など。こちらは8万円と、去年の全兄20万円よりグッと下がった。この辺りは1位で行かないと取れないんだろう。

ディープ産駒を狙うなら、叔母に独2歳牝馬チャンピオンを持つプンティラの牝馬が気になる。7万円で音無厩舎。人気は7番目。他は上述のシーザリオもそうだが、ケイティーズファーストの牝馬も6万円なら選択肢に入る。姉のケイティーズベスト(父ファルブラヴ)は初めてキャロットで買った馬だったが、3戦0勝で引退。その分まで妹に賭けてみるか。その結果、往復ビンタを食らうことになるのもありがちだが。人気はなさそうだが、8万円のジャイアンツコーズウェイ産駒、ゴレラの牝馬は引かれるところがある。母はムーランドロンシャン賞2着の実績の持ち主。ちょっとノーザンダンサーの血が濃いかなと思ったが、4代目の欄にノーザンダンサー、セクレタリアト、ブラッシンググルーム、ロベルト、ニジンスキー、ハビタット、ヌレイエフ、トップヴィルと並んだ血統表と、両親から受け継いだ栗毛が何とも訴えてくるものがあるのだ。毎年、こんないい加減な選び方をしているから走る馬を引けないのか。これまで出資したキャロット馬は8頭。

ピアレスベル 不出走 7万5千円
ケイティーズベスト 3戦0勝(未勝利⑪着) 5万円
ハンメル 1戦0勝(未勝利⑫着) 4万5千円
ストゥレガーレ 8戦0勝(新馬⑥着) 6万円
プランセンティア 5戦0勝(地方④着) 6万円
現役・ソルスティス 1戦0勝(新馬⑨着) 4万5千円
現役・リアルアヴェニュー 今週デビュー 8万円
現役・プラウディーレ 未出走(喉鳴り手術) 4万円
※馬名、戦績、最高着順、一口価格

未だ勝利なし、連対なし、中央入着なし。それなのに何故、また虎の子の貯金をはたいてクラブ馬に貢ごうとするのだろうか。もちろん、選んだときはクラシックの期待をかけるのだが、ほどなく願いは未勝利脱出へと変わる。アクシデント続きでようやくデビューして、15着だったのが12着になったりすると、それだけで誉めてやりたくなってしまう。採算性などありはしない。大きすぎる願をかけた業か、夢敗れた後は引退まで厳しい現実をともに歩んでいかねばならない。 17日、大井のシルクアーリアが3戦目にして初めて2着に頑張ってくれた。今週日曜にはリアルアヴェニューが中山で内田博幸を鞍上にデビューを飾る。まずは無事なレースを祈りたい。

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2009.09.16

余生問題① 議論すべき対象を明確にしよう

引退馬の余生問題について、今回は随分と競馬ブログ界隈は盛り上がったが、このトピックはウェブ上ではかなり以前から現れては消える、恒例行事のようなものだ。そして、収束する方向も似たようなもので、①競馬は競走馬の淘汰なしには成立しない②経済動物たる馬が淘汰されるの必然である、という前提を確認した上で、 ③故に現状を放置する、もしくは、④何らかの線引きをした上で一定数の命を永らえさせる方策を求める、ということになる。本来なら前提部分は軽く触れるぐらいで、現状放置派の人々は早く議論から離脱し、後者の立場から余生を確保する仕組みを考えるというのが時間とエネルギーを節約する道ではあった。だが、初めて引退馬の余生と向き合う人々が新たに出てくることを思うと、生命倫理に踏み込んで人々が問題と向き合うため、丁寧に階段を踏むのは悪いことでもない。次のステップに進むための、最初のガス抜きが終わったと思えばよい。

どうか各ブロガーの方々も性急な「着地点」など模索しないでいただきたい。顔の見えないネットでの議論は真意が伝わりにくく、ともすれば感情的な水掛け論に陥ってしまうケースが多い。しかし、立場が異なる人々から知見を得て、自分の考え方をブラッシュアップできるチャンスでもある。とりわけ、余生問題は表立ってマスコミには出てこない議題だ。参加者が一致する結論を導き出す必要もないのだから、建設的なやり取りができると思った相手には敬意を持って関わっていくと良い。批判的態度を建設的議論の手段ではなく、目的としてはならない。本題の前に確認しておくが、公共の場で俎上に乗せる範囲は、マスとしてのシステムについてに限られるべきである。思い入れある馬を救いたいという個々人の行動、それをサポートしようという団体の活動は、各々の信念に基づくものであって、外野の人間が土足で踏み込み、議論に混ぜ込んで誤解を誘発するのは、先方に対しても迷惑千万な行為である。

話の端緒となったキルトクールブログでは議論が袋小路に入り、混迷を深める一方のようなので、拙ブログは冒頭のシンプルな構造をもとにした上で、ここをスタート地点としたい。まず、③と④の意見の相違について、触れておく。③の現状放置派には大きく2種類あると思う。使役馬がトラックやトラクターに取って代わられた現代社会で競馬を続けていくには、多くの馬を殺処分していく仕組みは存在せざるを得ないという消極的肯定派。もう一つは、競走馬を人間の欲望を充足させる消費財と考え、大量生産、大量消費を促進していく積極的肯定派だ。一見、後者はドライで冷酷なように思えるが、経済性から生産頭数の減少を嘆き、コンビーフにするまでを生産サイクルの一環とする現状はこちらに近い。競走馬生産を牛豚の食肉産業と区別しない立場と重なるところも多いだろう。私は立場を異にするが、論理は通っており、動物愛護の視点から積極的肯定派を攻撃するのは賛同しない。

これに対して④の立場は心情的には消極的肯定派に寄り添うが、殺処分されていくなかから、一定条件を満たした競走馬には余生を与えられないかと考えるものだ。仮にこちらを現状改善派としよう。消極的肯定派と現状改善派の違いは、余生を与えるシステムが実現できるのかというコストとリソースへの懐疑の度合いだろう。現実的な数値や取り組みの進み方によって、消極的肯定派と現状改善派はそれぞれに転向する可能性が高い。一方、積極的肯定派と現状改善派の溝は深く、それは生命倫理、宗教感情の違いに由来すしている。現状改善派の根の部分をなすのは、「犬畜生と言えど生命を奪うのは避けるのが善」という心情であり、論理性で突き詰める性質のものではない。家畜、植物を食うに、生命を奪って生きるありがたさを感じる人々は多い。競馬をするに死にゆく馬に手を合わせるファンがいるのは自然だろう。そこを議論の対象とするのは、せんなき暴力であり、無益である。意見を交差させるべきは、現状改善派同士の感情を超えた政策論である。

以下、続く。

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2009.09.13

2009 京成杯AH予想

過去6年、1番人気馬が連対を外している京成杯AH。荒れる秋のハンデ戦として定着しているが、今年、人気を集めているヒカルオオゾラは連敗記録をストップしてくれそうだ。重賞勝ちこそないものの、マイル戦は【4201】とほぼパーフェクトの成績。 57キロは背負いなれた斤量で、速い時計決着も対応できる。鞍上は武豊。ここをステップに、マイルCSに向けて王道を歩めるだけの馬だ。対抗は◎と関屋記念で接戦を演じたマイネルスケルツィ。グラスワンダー産駒らしく、中山では良績を残している。単穴は最内を引いた3歳馬、ケイアイライジン。時計勝負についていければ上位。

◎ヒカルオオゾラ ○マイネルスケルツィ ▲ケイアイライジン
△ザレマ、バトルバニヤン、タマモナイスプレイ

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2009.09.10

引退馬の余生はファンレベルで解決すべき課題だろうか

前日のエントリーについて、この時点で掘り下げる予定はなかったが、キルトクールブログより新たなボールを投げられたので、簡単にご返事申し上げたい(先方に負けず劣らずまとまりのない文面になってしまったが)。キルトクールでは、一口馬主から希望者を募り、余生の飼葉代を負担する仕組みをクラブ側がつくったらどうかと提案している。まずは下記リンク先を読んでいただいてから、拙記事を見ていただきたい。

>>そろそろ引退馬の余生について考えてみないか?(システム)

対象は重賞勝ち馬に限るなど、具体的な案を出されたことには敬意を表したい。だが、そもそもクラブ馬を特別扱いすることが議論の方向として正しいのか、市井のファンだけが経済的な責任を負う考え方が適切なのか、私は疑問を感じてしまう。生命を一日でも生きながらえさせるのを善とするならば、自宅の駐車場で馬を飼うことすら肯定されるのだろうが、ボランティア精神の向上を個々の良心に訴えるのが今回の趣旨ではあるまい。キルトクールが提言されようとしているのは、現実的に持続可能、且つ、多数の馬が処分される現況を併せ呑んだ上で、一部の活躍馬は余生が保障されるシステム案だと思う。

率直に言えば、キルトクール提案をあまねくクラブ側が受け入れるのは非現実的だ。クラブ側のメリットは皆無に近い。殊更、余生問題を前面に出すのは却ってイメージを損なうからだ。去るもの日々に疎し。支払いに同意した出資者も月日が経つに従って、律儀に飼葉代を振り込む人は少なくなる。当該馬の身分は不安定なものになり、受け入れ側も信頼できないだろう。もちろん、クラブ馬かどうかに関係なく、目の前の一つの命を救うことに統計的な価値判断など入り込む隙はない。引退馬をボランティアやグループを運営して世話をしている方々の活動は、私は素直に素晴らしいと思うし、さらに広がっていってほしいと願っている。しかし、構造的な問題として俯瞰したとき、主催者や生産地、直接的関係者を省いて、いきなりファンレベル、草の根レベルに解決策を押し付けるのは酷ではないか。

私見を述べれば、ファンが変革の一端を担うなら、アクションを起こすなりして、JRAが資金を出す施策を求めるのが一番の近道だと考える。キルトクール提案は「重賞勝ち馬に余生を与える」というスタンダードを掲げている。これを実現するならば、例えば助成金を今の数倍にして、その代わりに引退後も面倒をみることをクラブ法人、一般馬主に関わりなく義務付けたらどうか。あるいは重賞賞金を引き上げて、上乗せ分は引退後の費用として事後に預託先に払う仕組みはどうか。いずれにせよ、その原資は馬券代なわけだから、広く浅くファンが負担することになる。蛇足だが、養老馬が増えれば、経営に窮している中小牧場も多少なりとも潤うのではないか。ただ、それにせよ大多数の馬に余生を与えることはできないわけで、競馬が食肉産業と違って、夢やロマンを前面に押し出すエンターテイメント産業である以上、余生問題は影のようにつきまとうのは避けられない。

※ひろく~んさんの執筆のモチベーションになっているドリームパスポートの現況だが、歴史ある乗馬クラブに引き取られ、ファンの訪問も受け入れられている様子から、私には問題があるとも思えない。むしろ、ドリームパスポートのような余生を過ごせる馬を増やしていくことが理想なのではないか。
>>ドリームパスポートを訪ねて~恵庭 すずらん乗馬C

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2009.09.08

一口馬主の責任? 余生を全うさせる義務は誰にあるか

キルトクールのひろく~んさんが一口馬主を楽しんでいるファンに、「どうしても一言いいたい。ちょっとでいいから考えてほしい」と深い疑問を投げかけている。

>>そろそろ引退馬の余生について考えてみないか?

優勝劣敗の世界にあって、経済動物たるサラブレッドが天寿を全うする割合はゼロに近い。種牡馬入りできなかった牡馬は言うに及ばず、繁殖にあがることのできなかった牝馬、仔出しの悪くなった母馬、買い手のつかなかった仔馬が殺処分されるのは当たり前。遠くない過去、ケンタッキーダービー馬すら屠殺してしまった事実を覚えている人々も多いだろう。競馬を楽しむこと、一方でたくさんの生命を簒奪しなければ競馬が成り立たないこと。誰しも競馬ファンなら、一度はその狭間で思い悩むのかもしれない。以前から拙サイトでも競走馬の余生について繰り返しエントリーしてきたが、心の整合性を完全に満たす結論は導き出せていない。今では考え方が変わった部分も多くあるが、自己を省みる意味でも過去のリンクを張っておきたい。

>>シンコウフォレスト安楽死 割り切れぬ感情こそ大切に(07/9/27)
>>書評「馬の瞳を見つめて」 もう一つの競馬の真実(05/1/15)
>>ケンタッキーダービー馬を屠殺 米を激怒させた常識(03/8/17)
>>中津競馬廃止 なぜ避けられなかった競走馬の大量処分(01/6/17)
>>グリーングラスの死が問う 引退馬の行方(00/7/14)

今回、キルトクールで呈示された疑問がいつもと違うのは、とりわけ一口馬主に向けられている点だ。一口馬主は愛馬会法人が取得した競走馬に出資しているに過ぎず、所有権があるわけではない。だが、擬似的にも馬主気分を味わっているならば、「自分の人生に潤いを与えてくれた馬だけでも救えないですか」(キルトクール)と道義的責任を問うているのだ。私はこの問いを冷めた気持ちで見過ごすことができなかった。ある一時期、出資した馬が殺処分されるのを避けたいと、牝馬ばかり買っていたことがあったからだ。しかし、いつの頃からか、それは欺瞞ではないかと感じるようになった。レースを観戦すること、馬券で一喜一憂すること、POGを楽しむこと、一口馬主となって愛馬を応援すること、どの立場に拠っても現行の競馬システムを肯定することに他ならず、出資金を払っていないことが何の差異や免罪符(罪があるならば)にもならないと考えたからだ。

現在、重賞勝ち馬などは功労馬として助成金を得られる仕組みがつくられている。現役時の実績ある馬から余生を保障していくのは至極妥当なものだが、それは可及的に範囲を広げていくことを志向する限りにおいて正当性を持つ。だから、一口馬主が一般ファンにはない道義的責任を負うとする意見に懐疑的になるとしても、クラブ馬が余生を過ごせるチャンスを広げていく仕組みをつくることには賛成する。但し、引退後、10年、20年分の飼葉代を会費に上乗せすることは難しいだろうし、すべての馬が満口になるのではない(愛馬会が残口を持つ)現状からは、クラブ側から積極的な施策が講じられる可能性は低い。むしろ、一口馬主に限定せず、一般ファンが直接的、間接的に何ができるのか、考えてみる必要もあるかもしれない。

なお、キルトクールでは札幌の乗馬クラブで余生を送るドリームパスポートの様子が伝えられ、同馬の境遇が心配されている。私はその乗馬クラブのことは知らないが、「馬房には敷き藁も無く、掃除もされていない。コンクリートがむき出しの馬房」との指摘には些か合点がいかない。ドリームパスポートがつながれているのは馬房ではなく洗い場であって、リンク先の写真だけで判断されているなら誤解であることは明白である。無論、他の根拠があるならば、私の早とちりになる。ともあれ、こうした話題については定期的に思いをめぐらすことが大切であり、忘れた頃にリマインドしてくれたひろく~んさんに感謝したい。

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