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2009.06.30

タキオン急死 ”種付け頭数制限”は妥当性を持つか?

今月22日、社台スタリオンステーションに繋養されていたアグネスタキオンが、急性心不全のために死亡した。享年11歳。種付けシーズン終盤、放牧中の出来事だった。アグネスタキオンは無敗で皐月賞を制覇、種牡馬入り後はダイワスカーレット、ディープスカイなどを輩出し、去年は父サンデーサイレンスに代わって初のリーディングサイヤーに輝いた。今年の種付け料はディープインパクトと並ぶ1000万円。トップサイヤーの急逝は競馬界に大きな衝撃をもたらした。そして、急性心不全と聞いて、少なからぬ人々が種付け頭数との死亡の因果関係を想起したようだ。アグネスタキオンの種付け頭数は、一昨年、昨年と200頭を超える人気ぶり。今年もすでに200頭前後の種付けを終えていたとされる。アグネスの渡辺孝男オーナーも例外ではない。「急性心不全だと聞き、無理をさせすぎたのかなと、大変がっかりしました」(週刊Gallop 7/5)と述べている。直接的な言葉ではないが「無理をさせすぎた」とは種牡馬として働かせすぎたの意だと解するのが適当だろう。

同様、ネットでもファンや評論家らが同馬の死を悼むとともに、種付け頭数の多さを指摘している。「完全に正しいかは言い切れないがその原因に種付け過多は少なからず関係しているとは思う」(縦目安箱)、「常軌を逸した(個人的感想だが)種付け頭数は種牡馬にとってプラスになるものではない」(水上学のこれだけは言わせて!!)。だが、こうした意見のほとんどに個人の感慨を超える論拠は見当たらない。おそらく、多ければ一日に5回も種付けを行う種牡馬に人間を投影させて消耗の激しさを想像しているか、 90年代前半まで年間100頭が種付けの限界だとされてきたことが強い印象を与えているのではないか。ここ10年余、急激に種付け頭数が増えた背景には獣医学の進歩によって、繁殖牝馬が受胎しやすい時期を把握できるようになり、効率の良い交配が営めるようになったことがある。つまり、1頭の牝馬への発射回数を減らすことが可能になったのだ。とはいえ、従前の100頭と、現在の200頭との間に、どれほどの回数の差があるのかは私には分からない。交配時期も早めにスタートするようになったこともあり、単純な比較はできない。

一方、種付けの行為そのものが、身体的負担を生むことは否定しようがない。 1960年代、1日4回のお勤めを果たし、ワンシーズン238頭の世界最高記録を樹立したセイユウ。”性雄”の仇名で知られたこのタフネスも、23歳のとき、心臓麻痺で倒れている。本質的に競馬は動物愛護の精神とはかけ離れている。人間のエゴやビジネスで近親交配を繰り返し、大部分の馬を淘汰し、選りすぐった馬にも自然ではありえない種付け頭数を強いるのだから。極端な話、種牡馬の健康だけを考えるのならば、人工授精を解禁すれば良い。そうすれば、一度の射精で何十頭分が賄える。DNA技術が発達した現在では親子関係の取り違えを防ぐことは容易で、"自然主義"に拘ることは競馬界全体の共同幻想であり、種牡馬ビジネスもその内にある。仮にアグネスタキオンの死因が種付けによる負担にあったとしても、「社台の『異常な独占的儲け主義』がまねいた事故」(大橋さんの競馬予想)と同じ共同幻想内にあるファンだけが責任を逃れ、倫理的な非難を加えることは矛盾なのである。現実として、昨年、社台SSでは10頭の種牡馬が200頭以上に種付けし、そのうち9頭は今年も無事にシーズンを終えた。体調管理に瑕疵ありと指差す根拠を誰か持っていようか。

社台の責任を指弾するブログのなかには、「種付け頭数制限を早急に導入せよ」(馬の写真with余計な一言)と主張するものもある。これまでの考察からほとんどの部分には同意できないが、特定の種牡馬への一極集中を是正する施策としてのみ、種付け頭数制限が妥当性を持つか検討に値する。「ある種牡馬の飽和状態になると、近親交配を避けるため、その系統の種牡馬は繁殖機会を失い消滅する」、いわゆるセントサイモンの悲劇はどうか。日本では今、まさにサンデーサイレンスがセントサイモンの道を辿りつつある。だが、主流父系が栄枯盛衰を繰り返すのは歴史の必然。その度に異系の血が新たな活力をもたらし、旧主流の血は母系に内包されて力を発揮することになる。一つの血が父系として絶える現象は恐れおののくものではない。むしろ問題は、主流血統に対する異系の血を後世へ遺すチャンスが、これまでにない速度で奪われるところにあるのかもしれない。生産頭数が減り続ける現状、1頭あたりの種付け可能数が倍になることは、中流以下の種牡馬の交配頭数が急減していることを意味する。格差社会は到来済みだ。しかし、漠然とした不安はあっても、その先に現実的な危機があると立証するのは難しい。

仮に私的なビジネスにくびきをつける種付け頭数制限が実施されるとすれば、理性や科学的知見に基づいた討議と、すべての当事者が受け入れ可能な規範について合意がなされねばならない。その妥当性を見出す敷居は低くなく、種付け頭数制限が強制力をもって実施される可能性は少ない。であればこそ、もっと公に開かれた場で種付け頭数の適性値や、一極集中化の影響について、具体的なデータとともに問い続けることは必要ではないだろうか。最後に、1997年、吉田照哉総帥が社台寡占化が進む種牡馬ビジネスに対して披露した識見を紹介したい。「みんなのレベルが上がらなければ、いつまでたっても日本は競馬後進国です。…いくら獣医学が発達したと言っても、 180頭も交配したらさすがに心配なんですが、頑張ってもらうしかありません。…交配する生産者は社台スタリオンにとって大切なお客さんですから」(競馬種牡馬読本2)。過去、あまたの失敗を繰り返し、繁殖牝馬の質をあげ、ようやく世界の一流種牡馬を売ってもらえるまでに漕ぎ着けた社台の執念。例え、ファンや評論家が現在の社台の方針に批判的な立場を取り、それが正当なものだとしても、種付け頭数の急増が日本競馬のレベルを飛躍的に高めた事実を踏まえた言説でなければなるまい。

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コメント

「大橋さんの競馬予想」がアフォすぎて笑った。何の根拠もないのになんであんなに自信満々に社台を批判できるんだ・・・

投稿: | 2009.07.01 00:33

 私は日高で獣医師として馬の診療や種付にかかわっているものです。 
 多頭数の交配が種牡馬にどれだけ負担になっているかを語る科学的根拠はありませんが、過去十年ほど振り返ってみても社台スタリオンの人気種牡馬は確かに夭逝傾向があります。トニービン、サンデーサイレンス、エルコンドルパサー、エンドスイープなど、死因はそれぞれでしょうが死亡している事実を見過ごせません。マンハッタンカフェの骨折も疲労の結果と言えなくはないと思います。
 内部の人たちは経済を優先するあまり、馬本位を言い出せなくなっているのでは。動物の愛護、福祉の観点からも問題があると言えるでしょう。平均種付回数を減らす方策や、突然死を回避する対策を真剣に考えるべきです。
 

投稿: ギャンブリングまさ | 2009.07.01 19:03

まあ競走馬以上に「経済動物」ということを考えると
ただただ大事に大事に、といういわけにもいきませんよね。
多頭数であったとしても、どこかで経済性とリスクの折り合い点を見つけなきゃいけないだろうし。
100頭以内に抑えたって50頭に抑えたって生き物だけに事故で死んじゃう例も過去にはあったわけだ。
結局、健康管理をばっちりして付けられるうちは200超えてもつけておく、ということで社台もそこに落としどころを決めてるんでしょうね。
難しい問題だと思います

投稿: | 2009.07.02 22:37

>ギャンブリングまささま 専門家のご意見ありがとうございます。骨折やフレグモーネが直接的なつながりを持つかは私には分かりかねますが、おっしゃるような「語る科学的根拠」が明らかでないというのが最大の問題かもしれません。

>ななしさん
おっしゃる通り、経済性と健康管理の落としどころなのだと思います。両者は対立するようで表裏一体でもあるのでしょうから、「難しい問題」なのでしょうね。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2009.07.03 07:16

失礼ながら、勝手な意見を2つ。

①射精と寿命は、関係ないでしょう、感覚的に。

②頭数制限は導入されないでしょう、現実的に。

投稿: bowie | 2009.07.08 23:30

>bowieさま コメントありがとうございます。感覚的確信を感慨で終わらすのでなく、存立条件を他者へぶつけてみるプロセスが、大切だと思っています。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2009.07.09 04:01

生産に携わるものです。

時期遅れのコメントになりますが、種付け頭数より、種付け回数が問題なんです。

いろんな意見がありますけど、どれもこれも素人の意見に見えて仕方ありません。

投稿: みんみん | 2009.08.03 07:31

>みんみんさま ぜひぜひ玄人のご意見を!

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2009.08.16 04:55

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