”チョリッテホシーノ” ファンを規格化するバラエティ戦略
去年、大幅にリニューアルしたフジテレビの競馬番組。 20年続いた「スーパー競馬」の後継番組として始まった「みんなのケイバ」はバラエティー路線に舵を切ったものの、「川合俊一の起用は『こたえてちょーだい!』打ち切りの救済措置」「ほしのあきの露出具合が中途半端」など言われ放題のスタートだった。番組が軌道に乗ってからもコアなファンからの評判は芳しくなく、先日も公営ギャンブル全般について真摯に記事を書かれているブログで、番組に対する厳しい意見を目にした。話題はハシッテホシーノが3着に好走したフローラSの放送。名付け親の司会者が「レース後、奇声をあげてスタジオに帰って来た」ことに不快感を示し、「いつも以上のお祭り騒ぎ。コアなファンや馬券を外した人から見たら、非常に見苦しい」と痛烈に批判がなされていた。
そもそも、競馬中継の基本は「公平かつ公正」。そのあたり、プロ野球中継などとは違う。プロ野球中継であれば、例えば、関西だと阪神、名古屋だと中日びいきの内容でも一向に構わないが、競馬を含めた公営競技中継の場合、それでは困る。むしろ、「重厚感」こそが求められるというもの。したがって、ブエナビスタが当然のことながら断然の1番人気に支持されそうにもかかわらず、ハシッテホシーノばかりに注目がいく、といった内容にだけはなってもらいたくないもの。(公営競技はどこへ行く「私物化された競馬中継だった」)
私も観ていたが、ほしのあきの入れ込み具合は半端なく、どんな深い遮眼革も彼女を制御するのは難しかっただろう。その姿は些細なことでも盛り上がることを生業とする、タレント業の枠さえ超越しているようにも思えた。冷静なファンには見苦しいと感じた人もいたわけだ。だが、私は逆に、良くぞここまで当初の番組趣旨を体現できたものだと感心させられていた。以前、拙ブログで指摘したことがあったが、「みんなのケイバ」はJRAが新機軸として打ち出した「CLUB KEIBA」キャンペーンに連動したものだ。ご存知のように「CLUB KEIBA」のCMはある会社を舞台にして、競馬ファン(大泉洋)が昔は競馬場へ通っていた上司(佐藤浩市)、全く興味のない後輩(小池徹平)、派遣社員の女性(蒼井優)を巻き込んで、「みんなで競馬!する楽しさ」を体験していくストーリーが描かれる。キャッチコピーは「あたらしい競馬の楽しみ方」であり、若者に振り向いてほしい、ファン層を高齢化させたくないというJRAの焦燥感そのものである。
「みんなのケイバ」も、競馬好きの司会者(川合俊一)と競馬に出会ったばかりの女性(ほしのあき)が、競馬に詳しいおじさん(井崎脩五郎)とともに、ワイワイガヤガヤと毎週のレースで一喜一憂しながら、競馬の楽しみを会得していく様が映し出されている。テレビを観れば、いつの間にか視聴者もその一員になっているかのような錯覚に陥り、会社で競馬仲間を見つけることができないニートさえ「CLUB KEIBA」に入会できてしまうマジカルなコンセプトなのだ。あなたはハシッテホシーノのデビュー戦を興味深く見守り、 500万を快勝したことに少し驚き、勝つわけねーだろと思いつつフローラSの出馬表を眺めなかったか? もし、どれか一つでも当てはまる行動を取っていたなら、知らず知らず「みんなのケイバCLUB」に入会してしまっていたということだ。つまり、ハシッテホシーノは司会者の個人的感情でフューチャーした「私物化」されたものとは対照的な存在であり、尻には「提供:日本中央競馬会」の刻印があるやもしれない「公的存在」なのである。ほしのあきの個人的な感情はどうであれ、すべては企図されたものだという観点を私たちは忘れてはならない。
「みんなのケイバ」は従来のファンの反感とは裏腹に、期待以上の視聴率を残していると聞く。ということは、JRAが欲しくてたまらない新規顧客層は「スーパー競馬」時代より増え、その開拓に成功していると推測することができる。上述したように「CLUB KEIBA」戦略は「ファンとはかくあるべき」、こういう消費行動を取ってほしいという狙いが込められている。あたかも主体的に選択しているかのような内面を形成しながら馬券を買わせ、あわよくば仲間を引き連れて競馬場へ誘わせんとする「ファンの規格化」である。ミシェル・フーコーは「生の権力」という考え方を提示し、欲望が規格化され、人々が外面からの制御を甘んじて受ける回路を明らかにした。私には「CLUB KEIBA」戦略がどこか重なる部分があるように思えてならない。こうすれば楽しい競馬ライフを送ることができる、仲間だってできる、「ハシッテホシーノ!」と叫べばハッピーになれる、否、叫ばなくてはならない。新たなファンはメディアからシャワーを浴びることで、序列化した競馬の楽しみ方一覧表に取り付かれ、 ”自律的な規範”に基づいて立ち振舞うようになるのである。
一方、地上波における「CLUB KEIBA」戦略は冒頭の引用例を含め、しばしば旧来のファンとの間に摩擦を引き起こす。先日、波紋を広げた天皇賞での松岡騎手の「チョリーッス」発言も、実はその必然的な出来事であった。「チョリーッス」は「みんなのウマ倶楽部」という「みんなのケイバ」の姉妹番組で、タレント・木下優樹菜との間でG1を勝ったらパフォーマンスすると約束したもの。当然、こうした企画はタレント個人の趣味などではなく、制作サイドがJRAの意向を汲み取って発案したものだ。これは天皇賞直前に約束されたものではなく、1番人気マイネルチャールズで臨んだ皐月賞時に端を発するようだ。ということは、ダービーで「チョリーッス」が炸裂した可能性もあったわけで、それに対してもJRAは最低限、黙示の承諾をしていたと解釈すべきだろう。「律儀に約束を守った松岡騎手は素晴らしいナイスガイだ」(フモフモコラム)という見方は騎手個人に対する評価としては的を射るものであっても、全体的な枠組みのなかで松岡がどう権力に動かされていたのかまで、やはり”自律的”にだとしても、射程に入れているわけではない。
もちろんJRAとて、わざわざ旧来のファンの神経を逆撫でしているわけではなかろう。「チョリーッス」も、天皇賞の、勝利騎手インタビューの冒頭、という条件が重ならなければ、カチンとさせることはなかったはずだ。格式高い一戦を熱く見つめていた旧来のファンに、冷や水を浴びせる形となってしまったことは不運であった。修辞技法として地の文章に突然、読者への呼びかけが挿入され、テクストの光景に立ち会わせる「転訴」という手法があるが、問答無用に「みんなのケイバ」ワールドへ引き入れる「チョリーッス」はこれに似る。一歩間違えれば押し付けがましい暴力的なものになってしまう。ツァラトゥストラ第四部より、エヴァンゲリオンで映画館の観客が実写で挿入されたシーンを例に出すほう共感できる人は多いだろうか。JRAは不満あるファンはグリーンチャンネルへという明確な方針を匂わせているが、すべての人に強制できるものではない。ならば、望むのは地方競馬も行っているネットライブだが、グリーンチャンネルの経営安定のためか、拒否されたままだ。日常、つい私たちは主体的な選択をしているような振る舞いをしてしまうが、本当にそうなのか、自らに問いかけることも考えなくてはならない。
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コメント
いやー、まったく同感です。
競馬中継番組なんだから、放送時間内のレース中継はリアルタイムでちゃんとやってほしいです!!
投稿: IPAT Entry2 Rankin | 2009.05.07 16:01
いつも楽しく読んでます。
読んでいて、スカッとしました!
投稿: 名寄太郎 | 2009.05.07 18:39
JRAへの要望スレというのが2ちゃんにあったのですが
それを読んでいると「ネット中継やれ→サーバーが
パンクするからできるわけないだろ」というやり取りを
何度もみました。あれ関係者でしょうかね?JRAが
サーバー云々でできないわけないのに。
投稿: ジュサブロー | 2009.05.08 00:02
松岡を批判とか、天皇賞は格調高くあるべきと言ってるとか、いったい何処を読めばそんなことが書いてあるのか。論じているのは行為の善悪ではなく、その行為がいかなるもとで生まれたのかなのですが。個人的な競馬観なんて、言及してないし、どちらかといえば肯定的なのは文章の通りだと思うんですけどね。ハシッテホシーノだって、チョリースだって、別にいいんです。皮肉じゃなく、そう言ってるのに伝えるのは難しい。
>I-PATさま
リアルタイムじゃないときもあるんですか?
>名寄太郎さま
どもども
>ジュサブローさま
有料でいいんですけどね、ネット中継
投稿: ガトー@馬耳東風 | 2009.05.08 01:20
お初です、北海道の畑中です。「公営競技はどこへ行く」からやってきました。
>有料でいいんですけどね
私も同感。
>グリーンチャンネルの経営安定
例えば競艇の場合、CSのJLC(日本レジャーチャンネル)に加入していれば、ネット中継は手続きすれば無料になるそうです。この応用がグリーンチャンネルでも出来ないはずはないでしょう(つまり、普段は有料のネットライブだが、CSやケーブルのグリーンチャンネルに加入していれば、手続きして無料に出来る)。
投稿: 畑中 智晴 | 2009.05.09 07:03
>畑中さま 引用失礼いたしました。そちらの記事に触発されて、エントリーさせてもらいました。競艇はそういうシステムがあるのですね。非常に参考になります。
投稿: ガトー@馬耳東風 | 2009.05.10 15:10