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2009.04.04

蛯名信弘師が管理馬に蹴られ死去 相次ぐ調教師の訃報

3日、美浦トレーニングセンターで蛯名信広師(56)が調教中の事故で死去した。報道によれば、北馬場の障害コースで騎手の乗った3歳牡馬を調教していた際、高さ50センチのクロス障害の飛越をためらったため、左後ろからムチを入れて飛ばそうとしたところ、後ろ脚で胸を強く蹴られたという。蛯名師は搬送先の病院で3時間後に亡くなった。騎手時代は白い逃亡者と呼ばれたホワイトフォンテンで毎日王冠を制するなど重賞6勝を含む、通算284勝をあげた。94年3月に調教師として開業し、先週までに153勝。99年にはタイキヘラクレスでダービーグランプリ(G1)、名古屋優駿(G3)を勝っている。蛯名正義騎手にとっては祖父の甥にあたる。トレセンでは厩務員の死亡事故は時折あるが、調教師の事故による死亡は初めてのことだそうだ。どんなプロフェッショナルでも繊細な大型動物を扱う以上、避けられない事故はあるのだろう。馬も悪いわけでもなかろうから、何ともやるせない気持ちになる。ご冥福をお祈りしたい。

このところ調教師の訃報が相次いでいる。先月は美浦・稗田研二師(60)、栗東・安田伊佐夫師(64)が逝去した。稗田研師は90年、キョウエイタップでエリザベス女王杯を制しているが、このレースは私が初めて馬券を当てたレースだった。メジロライアンで菊花賞に敗れた横山典が同じ18番枠に入っていたことから、「一週遅れの18番」とアナウンサーが叫んだゴールシーンは知る人も多いだろう。安田伊師は騎手としてタニノムーティエで皐月賞、ダービーと二冠を制覇。調教師としてもメイショウドトウ(宝塚記念)、ファストタテヤマ(京都新聞杯)など個性的な馬を管理した。息子の康彦は素行不良で騎手を引退。その後、恐喝で逮捕されている。絶縁されたというヤスヤスは父の訃報をどんな思いで聞いたのか。ところで、美浦では蛯名師、稗田研師の死去に伴うもののほか、今年2月に勇退させられた5人の調教師に加え、このほど来月20日付けで斎藤宏師も廃業することが発表された。最近7年は二桁勝利に届かず、成績不振が原因とみられる。美浦の地盤沈下はファンが想像するより深刻な状況かもしれない。

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