メジロと社台の執念 ホクトスルタン4代盾制覇なるか?
春の盾、最大の見所は、「父子四代天皇賞制覇」なるかどうかであると言ったら過ぎるだろうか。前走、準オープンのサンシャインSを勝って臨むホクトスルタンはメジロマックイーン産駒。その父系を辿ると、マックイーン、ティターン、アサマとメジロの天皇賞馬がズラリと並ぶ。メジロアサマはシンボリルドルフらを輩出したパーソロンの仔で、1970年の天皇賞を勝った。種牡馬入りしたものの、受胎率が極めて低くシンジケートは解散。「種無しスイカ」と揶揄された。だが、メジロ総帥の北野豊吉は大金を注ぎ込んで良血の肌馬を用意し、生涯19頭の産駒を誕生させた。その1頭が1982年の天皇賞馬・メジロティターンだ。気ムラな馬でとても種牡馬としても人気を博するタイプではなかった。それでも、ティターンにこだわり続けたのは、「ダービーより天皇賞を勝ちたい」というメジロのポリシーだ。北野が「父子三代で天皇賞を獲れ」と遺言を残して世を去って6年後、マックイーンが1991、92年の天皇賞優勝。武豊は表彰式で北野の遺影を掲げた。
メジロの執念が誕生させたマックイーンというミラクルホース。血統の墓場と言われる当時の日本で、こうした偉業が達成されたのは万にひとつの奇跡だった。アサマやティーターンとは対照的に、人気サイヤーとして社台SSに鳴り物入りでスタッドインしたマックイーン。環境の恵まれたマックイーンからG1ホースが出現する可能性はアサマらと比べると非常に高かった。ところが、エイダイクイン、タイムフェアレディ、ヤマニンベルメイユと言ったG3級の牝馬しか活躍馬を出せないまま、一昨年に心不全のため死亡。父子四代天皇賞制覇は幻に終わったかに見えた。そこに現れたのがホクトスルタンだった。夏の札幌で1000万円特別を勝つと、神戸新聞杯に参戦して4着と好走。距離が伸びた菊花賞はハナに立って6着に踏みとどまり、大いにファンを沸かせてくれた。正直、この時点では力負けの感は否めなかったが、もともとが晩成血統。半年の休養を経た前走は後続に1秒差をつける圧勝で、春の盾に名乗りを上げた。
淀の三千二百を乗り切るスタミナは父系から文句なしに受け継いでいる。かたや、現代競馬に必須のスピードだが、こちらは社台ブランドで固められた母系に埋め込まれている。母の父は言わずと知れたサンデーサイレンス。そして、リアルシャダイ、ノーザンテーストと、リーディングサイヤー三代が連なる。メジロの古き血の力は、社台の血と掛け合わせられることで再び力を呼び覚ましたかのようだ。また、サンデーはスペシャルウィークら、リアルシャダイはライスシャワー、ノーザンテーストはアンバーシャダイと、3頭とも天皇賞馬を出している心強さ。ちなみに、もう一代前にあるシーホークは、モンテファスト、モンテプリンスの2頭の天皇賞馬の父だ。こうして見ると、ホクトスルタンは天皇賞春の系譜が、もっと言えば日本の競馬史そのものが体現されているのかもしれない。大混戦の第137回天皇賞、父子四代制覇に願いをかけて単勝馬券を手に応援してみたい。
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