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2007.12.19

名手の揃った有馬記念 KYなんて関係ねー!?

今年の有馬記念は面白いメンバーと、それを引き立てる国内外の名手が揃った。メイショウサムソン武豊を中心にして、来年のことを考えて妹・ダイワスカーレットを選択した安藤勝。兄・ダイワメジャーのラストランを任されることになったのはデムーロポップロックには引き続きペリエ。そして、菊花賞で1番人気に推されたロックドゥカンブは柴山からキネーンに乗り代わりとなった。思い起こせば一昨年、追い込み馬だったハーツクライを果敢に先行させてディープインパクトを破ったのはルメールだった。外国人ジョッキーは例え”KY”と罵られようと、 ”そんなの関係ねぇ”とばかりに遠慮なしのレース振りでファンを驚かすことがある。南半球産のアドバンテージで53キロで出走できるロックドゥカンブは、キネーンがどんな競馬を見せるのか、最大の惑星馬になろう。どこかリードホーユー的な穴馬感を醸し出している気がしてならない。

これら並み居る名手たちを敵に回し、ファン投票1位の重みを背負って走るのがウオッカ。鞍上は四位。秋華賞、ジャパンカップは後方待機策を取ったため、その位置取りを批判されることも少なくなかった。私自身、秋華賞は宝塚記念のショックを引きずらないためという正当な理由があったと考えたものの、ジャパンカップはもう少し積極的な騎乗をしてほしかったと感じていた。しかし、四位はウオッカについて騎乗批判されたことについて、激しい憤りを持っているようだ。福永との対談のなかでも、四位は怒りをぶちまけている。

「ある雑誌に秋華賞の俺の騎乗を批判してる記事が載ってたんだけど、読んでガッカリした 。馬のことも俺の考えも全然判ってない。評論家ってまずは批判ありきといったスタンスの 人種が多い。馬のことを深く理解しようと努力もせず、ただ批判のための批判を書く。… 憶測記事を書くぐらいなら直接聞きにくるか、それが無理ならせめて電話をかけてきて欲しい。ウオッカには宝塚記念みたいなレースを経験させたくなかった。あの馬の将来を考えつつ、なおかつあの秋華賞で勝ちに行くためにはあの乗り方しかなかった。俺はいまでもそう思っている」(競馬ブック 編集員通信)

また、四位はジャパンカップについても、「前走は中間にいろいろあったし、有馬記念のことも考えて後ろのポジションで競馬をした」(Gallop)と述べている。前2走の競馬は先を見据えた故の戦法だったというのだ。となれば、秋3走目となる有馬記念はその集大成を見せるべきところ。その発言から四位にとっても、ここがラストチャンスという覚悟はできているだろう。広い府中コース向きと見られいるウオッカ。中山2500の舞台で、一線級の牡馬相手にどんな手綱さばきを見せるのか。よもや最後方待機ではあるまい。64年ぶり、牝馬のダービー優勝という金看板にこれ以上、傷はつけられない。

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コメント

四位騎手の言葉も一理あるんでしょうが、
私達ファンは、馬券にお金を賭けているんですよね。

「先を見据えての競馬」と終わってから言うのはどうなんだろう?応援して馬券を買ってくれているファンを蔑ろにしていないだろうか?

JCも先を見据えた戦いならば、直線で他馬に不利を与えた様な騎乗はいただけない。
後出しジャンケン的に、言い訳を並べている様に取られても仕方が無い。
最終的には騎手は騎乗で語るしか無い。週末は雨予報もされているが、「雨で力を出し切れなかった」だの、「あの雨では馬が可哀想」だのという言い訳は聞きたくない。

何とか騎手の意地を見せて欲しいものだ。

投稿: はやひで | 2007.12.20 18:23

騎手の意地も見せられないまま終わってしまいましたね。
調教師の指示を受けて、今回は前に行ってはみたものの、
体調が追いついていなかったということでしょうか。
来年は四位が乗り続けるのかなぁ。ちょっと疑問です。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2007.12.27 02:08

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