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2006.09.12

"最後方強襲" 吉永正人 寺山の最も愛した騎手

吉永の乗る馬はいつもポツンと遅れて一頭だけで走っていた。出遅れたのでも、あおったのでもないのに、スタートするとすぐ、ズルズルと下がってゆき、他馬の群から十馬身以上はなれて、一頭だけで走ってゆくのである。それは「はるか群衆を離れて」という映画のタイトルを思わせる、ひどく孤独なレース運びなのである。だが、吉永は直線でこの遅れを一気に取り戻し追い込んでくる。稲妻のような斬れ味を見せられたことのあるファンは、いつのまにか吉永の"最後方強襲戦法"を好きになり、遅れてゆく吉永に不満を述べなくなった。要するに吉永に"まかせる"のである。(『競馬への望郷 吉永正人』寺山修司)

11日、吉永正人調教師(64)が胃ガンのために逝去した。吉永師と言われるより、ミスターシービーの吉永騎手と聞かされた方が、ずっと印象的なシーンを思い出すことができるかもしれない。シービーのクラシック三冠、天皇賞秋のほか、モンテプリンス、モンテファストでも天皇賞春を勝っている。後方一気の追い込みを得意としていた吉永は、寺山修司が最も愛し「当代随一」と評した名騎手でもあった。冒頭で引用した「競馬への望郷」の9人の騎手伝記のなかでも、「馬主各位。調教師各位。もっと吉永に乗るチャンスを与えてやってください」と記しているのは吉永だけだ。

寺山は吉永について「競馬の翳(かげ)を負っている」と書いている。吉永は愛妻をガンで亡くし、3人の子どものうち娘2人は清瀬村へ、息子は鹿児島へ預けられていた。「最終レースが終わり、騎手たちはそれぞれ家へ帰っていく。だが、吉永は家へ帰るのが怖いのである。一年前のようにパパ!と呼んで出迎えてくれる子供たちもいない。テレビの音も聞こえなければ、夕食の仕度をしている妻の姿もないからである」。一家離散で全てを失った吉永は「ただ、馬につかまって、思い出から逃げる」霊鬼ようになり、成績も下がって、めっきり勝てなくなってしまった。

吉永の大きく遅れて行く「追い込み」は、馬の性格でもなければ、スタート下手のためでもない。大外からいつもやってくるのは人間嫌い故だ。寺山は「ほとんど宿命と言っていいほど、吉永の身についた孤独な性格のあらわれ」だと言う。見習い騎手の吉永に初めて特別戦で勝利をプレゼントしてくれたのがミスアヤメ。直線一気の追い込みだった。そして、妻を失って不振に喘ぐ吉永に立ち直りの機会を与える追い込み勝ちを演じたのが、ミスアヤメの仔、オノデンライコウ。馬と騎手とは、不思議な糸で絡められている。孤独と戦う寡黙な男にダービーを獲らせたいと寺山は願った。

1983年、そんな吉永に千載一遇のチャンスが訪れた。ミスターシービーとの出会いである。父トウショウボーイ、母シービークイン。良血に似合わず、シービーのレースぶりは不器用だった。それは吉永、そのものだったのかもしれない。クラシック第一関門の皐月賞、寺山は競馬場でシービーの追い込みを観て、「三冠を取る」と予言したそうだ。だが、寺山にとって、この皐月賞が最後の馬券となった。ダービーの25日前、寺山は肝硬変と腹膜炎による敗血症を併発して世を去った。最も観たかったはずの、無口で不器用で不幸のどん底から這い上がった男の、ダービー制覇を目前にして。

「男の目的とは何か? 不滅なものの秘密は何か? 男は不死でありうるか? もしも男が不死であるとすれば、それは一体、誰を喜ばせるのだろう? たかが不死であることが、何だというのだ」(ウイリアム・サローヤン) 吉永の胸ポケットの定期入れには、いまも死んだ妻の写真が一枚入っている。

今頃、吉永は愛妻、寺山と再会を果たして、ふたりの観れなかったダービーや菊花賞の話でもしているのだろうか。息子が騎手を継いだことの報告も忘れずにしただろうか。きっと話は尽きないに違いない。ご冥福をお祈りします。


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コメント

いつも拝見させて頂いております。吉永さんが亡くなられたという記事を読んでびっくりした次第。現役の騎手時代は本当に味のある役者でした。残念でなりません。※失礼ながらトラックバックさせて頂きました。

投稿: ニュースマニア | 2006.09.12 03:40

>ニュースマニアさま 吉永師の逝去はびっくりしました。トラバはいつでも大歓迎ですので、お待ちしております。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2006.09.13 01:14

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