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2006.07.16

再録: 戦火からの復興 レバノン競馬観戦記

「イスラエルがレバノンのベイルート国際空港を空爆した」 今週、ニュースを聞いて10年前、ベイルートを訪れた時のことを思い出した。私にとって初めての海外旅行だった。隣国のシリアから乗り合いタクシーでレバノンへ入国。まだ戦火の傷癒えぬ街並みに、少なからぬ衝撃を受けた。ベイルートにはパレスチナ難民キャンプがあり、国連軍が治安維持に当たっていた。そんな準戦時下、宗教、宗派の垣根を越えて、人々が集っていたのが競馬場だった。今、競馬場がどのような状況にあるのか私には知る術はないが、当時の記事を加筆の上、現地の観光用雑誌に掲載されていた写真も含めて紹介しようと思う。一刻も早く彼の地に平和が訪れることを祈りたい。


「ヤッラー、ヤッラー!」観客の声がスタンドを揺らす。長い直線を馬群が駆け上ってくると、馬券を片手に買った馬、騎手へ声援をおくるのは万国共通だ。ヤッラーはアラビア語で「行け、行け」ぐらいの意味だろうか。もう12月も間近だというのに、競馬場に注ぐ陽差しは強い。地中海に面し、古くからヨーロッパとアジアを結ぶ交易都市として発展してきたレバノン。かつて、世界各地の避暑客が押し寄せて中東のスイスと呼ばれたが、度重なる内戦とイスラエルの侵攻により瀟洒な街は瓦礫と化した。首都・ベイルートに競馬場が建設されたのは1923年のこと。だが、フランス統治下に完成したスタンドも、1982年にイスラエル軍の戦車部隊により甚大な被害を受けた。

日曜日は週に一度の開催日(通年)。午後1時から8レース行われる。安ホテルの集まる西ハムラ地区でタクシーを捕まえ、競馬場の隣にある「国立博物館まで」と告げる。博物館は休館中だとドライバーは怪訝そうな顔。だが、馬を御す真似をすると、ニッコリと微笑んでアクセルを踏んだ。競馬場には10分とかからなかっただろうか。2等の入場券を買って先に進もうとすると、入り口で軍服を着た兵士に呼び止められた。肩には重厚な機関銃をかけている。「場内は撮影禁止だ。カメラは預かる」と言う。物言いは丁寧だが、引換証をくれるわけでもない。戻ってこないかもしれないと思いつつ、フィルムを抜いて兵士に渡すことにした。

コンクリート剥き出しの殺風景なスタンドに入るには、レースの合間に馬場を横切らねばならない。馬場は土に近いダート。コースは右回りだ。ゴール板は1コーナーのすぐ手前、直線の長さを目一杯、活用している。パドックはスタンドの裏側にある。レース直前になると、パドックからゴール前に人々が一斉に移動する。当然、ターフヴィジョンなどというものはなく、スタートして向こう正面を走る様子はスタンドの中のモニター前に陣取らなくては分からない。この日の勝ちタイムは2000メートルのレースが2分33秒4、1000メートルが1分8秒6だった。外国産馬ということだが、サラブレッドではないようだ。

海外初体験で語学も不出来な私。下調べもしなかったので(調べようもないが)、馬券の買い方が分からない。とりあえず、パドック横の窓口で「ナンバーセブン、ウイン」と言ってみる。だが、相手は「買えない」と身振り手振りを交えて応えるばかり。フランス植民地だったレバノンでは英語より仏語のほうが通用する。大学の教養課程で仏語を履修したものの、"アンドゥトロワ"以上の数は知らない私は不明を恥じるばかりだ。こういう時はハズレ馬券を拾ってヒントを探ってみよう。馬券にはアラビア語と仏語が印字されている。「PLACE(プラッセ)」の文字。これは英語と同じ、複勝だ。「GAGNANT(ガニャン)」は単勝。2つの数字が並んでいるのは連勝らしい。

コースは粘土に近いダート もぎり馬券。写真は単勝と連勝

ともかく、馬券の種類は分かったが、疑問が残った。馬券の上半分に大きく書いてある数字が、何を意味しているのかが分からないのだ。きちんと馬番号は「GAGNANT」などの下に印刷されている。その答えはスタンド1階の馬券売り場で見つかった。馬券は壁に日めくりカレンダーのようにかけられてた。客が買いたい馬券を告げると売り場のおじさんが、その番号の馬券をちぎってきて渡す。この時、めくるに従って、問題の数字も大きくなっていくではないか。数字が大きい馬券ほど売れている、つまり人気があってオッズが低いということなのだ。 トータリゼータなどというコンピューターはなく、手売りだからこそ求められるシステム。思わず唸ってしまった。

競馬場にいる物好きな東洋人は私だけ。パドック、スタンドと、せわしなく動き回っていると、気のよさそうなレバニーズがアラビア語で声をかけてくる。込み入った話などできるはずもないのだが、彼らは異国人がどんな馬券を買っているのか興味が沸くらしい。しきりに購入した馬券をみせろと言ってくる。ところが、いざ馬券を披露するや否や、「おお神よ。この阿呆な日本人がトンでもない馬券を買っています」と冗談まじりに、オーバーアクションで両手を広げて仰ぎ見たりするのだ。凄惨な戦争、厳格な戒律、強い信仰心…。旅を通して、私の先入観は崩されていった。なんと物事を画一的にしか見ていない、井の中の蛙だったかと。

アラビア語のレーシングプログラムなど理解できない私にとって、馬券を当てる唯一の手段はパドック診断しかない。「毎週、ここより格段にレベルの高いレースで勝負してるんだぞ」と無頼派を気取って馬を凝視する。だが、いかんせん母国でも負け組の素人。馬体が太いんだか細いんだかも分からない。発見したのは、外国の馬もパドックでボロするんだということぐらいだ。 馬券は1枚で5000レバノンポンド(LL)。日本円で400円ほど。レストランでレバノン料理をフルコースで食べたが2万5000LLだったことを考えると、鉄火場といわれた国営時代の日本競馬に似ているのかもしれない。

スタートするや、騎手は出鞭をバンバンとくれて、激しい先行争いを繰り広げる。4コーナーを回って直線を向くと、場内は歓声に沸いてファンは拳を振り上げる。こちらも負けずに「差せー! 交わせー!」と日本語で叫ぶ。 結局、払い戻しを受けたのは複勝2倍だけだったが、的中した時は周りのファンとガッチリ握手。競馬場の楽しさを感じさせられた一日だった。戦火からの復興するベイルート。建設中のビルからは新しい息吹が聞こえてくる。競馬場でもスタンドを建て替え、馬券販売にコンピューターシステムを導入する計画があるそうだ。だが、笑い声を響かせて競馬を楽しむファンの姿は、いつまでも変わらないに違いない。

※この文章は1997年に書いた記事を加筆・修正しました。競馬場内の写真はレバノンの"OFFICIAL TOURIST MAGAZINE(VISITOR No.3 '96)"に掲載されていたものです。

ゴール前。後ろにはスタンドがみえる スタートはゲート式

昔のベイルート競馬場

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コメント

ご無沙汰しております。

初めて行った海外旅行がベイルートで、しかも競馬場に駆けつけてしまうなんて、さすがですね。

私もタイに行った時に、まず競馬場を探してしまった自分に苦笑してしまいましたが。

競馬を媒体として、私もまた国境を越えてみたい思います。

井の中の蛙にならないように。

投稿: 治郎丸敬之 | 2006.07.16 11:41

>治郎丸敬之さま 競馬場を訪れると現地の人々の素顔が見えますよね。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2006.07.17 01:41

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