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2006.04.22

『廃競馬場巡礼』 戦後の熱気を伝える貴重な外史

ぼくが更地の競馬場跡に立っていたのは 3コーナーのカーブ付近だった。そこには「馬運車通過につき駐車禁止」という小さな立て看板があった。 …紀三井寺競馬場の厩舎は競馬場内にあったが、場外にも点在していた。それらがどこかに残っていないかと、小さな川を渡った先の広い農地で農作業をしていた人に尋ねてみると、ここがそうだったよ、とのこと。… 教えられて行った馬小屋は、すっかり荒れ放題になっていた。のぞかせてもらうと、雑然とした中にも数々の名残が。壁には馬がかじった跡があり、入り口には馬栓棒の跡が。馬房の上には無事是名馬を祈ったお札も貼ってあった。 (廃競馬場巡礼・浅野靖典著)

中津、益田、三条、上山、足利、高崎、宇都宮…。私が競馬を始めたこの十数年の間にも、地方競馬場は次々と消えていった。実は地方競馬が最も栄えたのは昭和20年代から30年代にかけてのこと。戦災復興の資金を得ようと、全国の自治体がこぞって競馬を開催した。当時はサラブレッドやアラブは一握りで、それこそ "どこの馬の骨とも分からない"競走馬がレースに出走していた。競馬がない季節は農耕馬として畑で汗を流す馬も少なくなかった。

この本は廃墟から立ち上がり、高度経済成長期へ駆け上がった当時の16の競馬場に焦点をあてている。著者は昔の地図を頼りに競馬場のあった場所を訪ねていく。現在は住宅地となっている仙台競馬場跡は、ほとんど遺構は残っていなかった。近所の人々に尋ねると、保育所のあたりが1コーナー付近と分かった。わずかに残っていた雑木林が、当時の面影を伝えるのみだった。高齢者の記憶とともに競馬場の存在も消えようとしていた。

PTA県と知られる長野県でも、昭和35年まで諏訪市の上諏訪競馬場が賑わいをみせていた。だが、県史、市史ともに記述は見つからない。著者が調べていくと、農林省から許可も得ずに開催を始めたことや、ヤクザの組長が八百長を騎手に強いていたりと、驚きの事実が明らかになっていく。最後は元トップジョッキーに辿り着き、インタビューに成功。取材手法は粗いが、熱気に包まれていた当時の雰囲気が良く伝わってくる。

廃止された競馬場は負の遺産として、正史から意図的に抹消されることも珍しくない。人々の記憶にあるうちに地道な取材を重ねて、こうした本を世に送り出した著者には敬意を表したい。歴史的な資料としてはもちろんだが、地域の人々に支持される競馬とは何なのか、存続危機にある現在の地方競馬の課題を考えさせられる良書でもある。一昨年に出版された「地方競馬めぐり」と併せて、手元に置いておきたい一冊だ。

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コメント

浅野さんはいまグリーンチャンネルで鉄腕DASHの
パクリ番組みたいなのやってますね。あの間の悪
さが好きで毎週見入っています(笑)

投稿: スイフトセイダイ | 2006.04.22 17:09

私は赤本祭りで見ただけです。今年は来るのかな。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2006.04.22 17:20

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