競馬外伝 ミッキー祭り実行委員会の熱い一日
「アンカツさん! いったい何を考えてるんですか?!」荒くれ者の藤田が掴みかかる。喧嘩の原因は第3レース。この日の主役、ミッキーこと松永幹夫が乗ったメイショウソーラーを 9馬身も突き放してアンカツが圧勝してしまったのだ。すかさず止めに入ったのは熊沢だ。「藤田、落ち着け。まだレースはある。こんなところで仲違いしたら、ミッキー祭り実行委員会がバラバラになってしまうじゃないか」ミッキーと同期の熊沢は実行委員会の委員長だ。みんなをまとめて祭りを成功させなければならない。
ミッキー祭り実行委員会はミッキーが調教師受験を決めた半年前から密かに準備を進めてきた。競馬界の功労者、ミッキーのために最高の花道を用意するのが使命だ。度重なる会議の末、熊沢委員長が出した結論が「史上12人目の1400勝を達成して有終の美を飾る」というものだった。土曜日に2勝をあげたミッキーは通算1398勝で引退当日を迎えた。日曜日には是が非でも2勝はしてもらわねばならない。熊沢が語る。「おい、みんな。3年前の河内祭りの最終レース、俺が何をしたか知ってるか?」「シャッー、落馬です」勢いよく答えたのは和田。「そうだ。何事にも恐れない勇気を持ってレースに臨んでくれ」。
熊沢にはまだ余裕があった。第6レース、ミッキーのセイウンワキタツは単勝2倍の1番人気。自然に回ってくれば負けることはない。だが、思わぬことが起きた。3番手の好位につけたはずのミッキーだったが、暴走気味の和田クロズキンに競りかけられ後退。 4角では高橋亮スナークムサシらに進路を塞がれ、ようやく抜け出したものの、柴山プレザントウインドに差しきられ2着に敗れてしまったのだ。ミッキーは「外の馬に邪魔をされたよ」とポツリと呟いた。「また草競馬ジョッキーかよ! 空気嫁よ!」藤田がキレた。「そんな言葉を吐くな。お前ら連帯責任だ」熊沢が押し殺した声で諭した。
委員会のメンバーに焦りが募る。続く第9レース、ナイキアースワークに騎乗したミッキーは出遅れてしまった。藤田、池添も慌てて出遅れるが、勝負には関係がない。ミッキーは7着が精一杯。「これはまずい。責任問題だな」熊沢の額から汗が流れた。残るレースはあと2鞍。メインレースの阪急杯で勝たなければ、1400勝達成は不可能になる。しかし、ミッキーのブルーショットガンは11番人気。状況は絶望的だ。「自分のことばっかり考えやがって!」「俺だって勝ちたいんすよ!」ジョッキールームに怒号が飛び交った。もう熊沢にも発する言葉はなく、実行委員会は音を立てて崩れ落ちていった。
そして、阪急杯。重苦しい雰囲気のままゲートが開いた。もはやチームワークはなかった。不良馬場を好き勝手に飛ばす騎手たち。そこで奇跡が起きた。中団につけていたミッキーが、直線で鮮やかに抜け出してきたのだ。外からアンカツのコスモシンドラーが追いすがるが、ブルーショットガンの脚色は衰えない。見事に1着でゴールイン! ミッキーの手綱さばきが勝利を呼び込んだ瞬間だった。「ミッキー!」「ミキオ~~」スタンドから大きな歓声がわきあがる。誰も予想しなかったメインレースでの優勝。劇的としか言いようがなかった。
そして、最終レース。空気の読めなさそうな騎手は委員会によって除外された。ミッキーは1番人気フィールドルージュで1400勝目をあげ、ミッキー祭りは最高の形で幕を閉じた。「競馬の神様が降りてきましたね」インタビューでミッキーはこう語った。だけど、熊沢は知っている。これは奇跡なんかじゃない。実行委員会メンバーが心を一つにして頑張ってきた積み重ねと、最後の重賞で最高の騎乗をしたミッキーの実力が織りなした結果であることを。引退式の後、メンバーの手で別れの胴上げが行われ、ミッキーは宙に舞った。熊沢の目には涙が光っていた。
※この記事は全て妄想に基づくフィクションです。
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