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2005.12.20

語り継ぎたいあの時代 奇跡のラストランから15年

19万7682。ファン投票が行われる有馬記念の最高獲得投票数である。今年、ディープインパクトが得たのは16万票あまり。やはり平成元年に記録された数字は超えることができなかった。もちろん、この19万という空前絶後の票が投じられた馬は、希代のアイドルホース、オグリキャップをおいて他にない。翌、平成2年。天皇賞秋6着、ジャパンカップ11着と燃え尽きたオグリは単勝4番人気。しかし、武豊を背にしたオグリは、あの余りにも有名なラストランを演出することになる。今から15年前のことだ。

当時、私は高校生。毎度、スポーツ新聞のトップを飾る「オグリ」の文字に誘われて、競馬にのめり込むのに時間はかからなかった。高校生にもなって競馬をやらない奴などガリ勉の堅物ぐらいしかいなかった。緑の警備員の脇を人混みに紛れて擦り抜け、うるさくなさそうな窓口のおばちゃんを探し、補導員に声をかけられればダッシュで逃げる。バカバカしいほどの努力をして馬券を買いに出かけていた。学生も社会人も世間も、オグリという1頭の馬によって競馬熱に冒されていた。

平成2年12月23日。私は悪友と中山競馬場に出かけた。人、ヒト、ひと、ヒト…。入場者数は17万7779人。私は生涯でこれほどの人間を一度に見たことがない。押すな、押すなの大合唱。スタンドの通路はラッシュ時の中央線状態。辛うじてイスの上を人が行き交っていた。死人が出る、本気でそう思った。競馬のケの字も理解していなかった厨房馬券師の本命は、青い帽子のメジロアルダン。相手はメジロライアンホワイトストーン。馬連のない時代だ。同枠にはオグリもいたが、ゾロ目は買っていなかった。「オグリは終わった」という新聞記事を鵜呑みにしていた。

レース後、あのレースは数え切れないほどVTRで繰り返し目にした。しかし、人の洪水だった中山競馬場で、私はレースをつぶさに観戦する余裕はなかった。ただ、ゴールの瞬間、青い帽子の馬が1番手で入線したのは分かった。そして、「オグリ! オグリ! オグリッ!」と、場内から沸き上がった異様な歓声から、奇跡のラストランが起きたことも。このレースを境に、私の競馬熱はさらに高まっていった。その後、 世間がとっくに競馬熱から冷めても、私には解熱剤は効いていない。病の原因はあの日にあるのだろうか。

平成17年、オグリは過去の名馬である。あの熱気は二度と甦らないだろうなと思いつつ、いつか第二のオグリが現れるのではないかと期待している自分がいる。こんなことを思い出したのも、たまたま本屋で『いま、再びオグリキャップ』なる本を手にしたから。当時の競馬熱を発症した人々の「競馬ブームと一言では括られたくない」オグリ像が語られている。オールドファンの郷愁と嗤われても、語り継ぎたい時代が確かにあった。今週は競馬のオーラス、有馬記念。オグリに思いを馳せながら、ファンファーレを聴こうと思う。あなたの語り継ぎたい時代はありますか?

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