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2005.08.30

公式発表 境町トレセンから新高崎競馬応援団が撤退

群馬・伊勢崎の境町トレーニングセンターで、 競馬場をつくろうと活動を続けてきた 新高崎競馬応援団(現レーシング伊勢崎クラブ)3月の模擬レースではファン二百人が集まり、 今後の活動に大きな期待が寄せられました。 しかし、その後、新しい公式サイトは立ち上がったものの、 目立った成果があげられずにいました。 少しばかり応援を呼びかけてきた拙サイトとしても、 読者の方々に現状をご報告できないのを心苦しく思っておりました。 そして、ようやく、公式サイトからアナウンスがありました。

>>現在までの状況のご報告、及び、今後の活動について(Racing ISESAKI Club)

7月、境町トレセンから、 競馬開催を求める調教師グループは撤退を余儀なくさせられました。非常に残念ですが、 競馬開催に賛同する調教師たちを駆逐しようとする行政の圧力は相当なものでした。 今、境町トレセンは群馬県の意向に沿って新高崎競馬応援団から分裂した 複数の調教師が、トレセンを育成施設にしようと活動しています。 県が育成施設を認める条件が、新高崎競馬応援団に賛同する関係者がトレセンから出て行くことでした。 これ以上、仲間内で争って育成施設を潰してしまうのは本意ではないと、 新高崎競馬応援団は身を引くことを決めたのです。

今後、ファンサイトを含めた周辺ではどういった形で競馬開催を求めていくのか、地方競馬再建のための提言ができるのか、 近いうち新しい動きもあると聞いています。高崎廃止から一連の経緯は、 拙サイトでもまとめられればと考えています。 今、ただひとつお伝えしたいのは、新高崎競馬応援団とは利権や金儲けには目もくれず、 純粋に自分たちの手で競馬をやってみたい と望んだホースマン、馬主、ファンの集まりであったということです。 情報発信のつたなさから誤解を受けることもありましたが、 イベントをするにもすべて持ち出しかボランティア。 もちろん当事者は家族の生活を賭けてのものでした。 高崎廃止騒動の時にすり寄ってきた連中とは対局にありました。そこが私が新高崎競馬応援団に肩入れしたくなった理由だったような気がします。

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» Racing ISESAKI Club 境町から撤退。競馬再開は絶望的な状況へ。(2) [劇場の基本的には競馬日記blog版]
(1)から続きます。 Racing ISESAKI Clubとしての問題点はどうか?書くことが若干はばかられる部分ですが、私が見てきた感想を敢えて言えば、失敗の一番の原因は、行政側がやる気がなかったこともあるでしょうが、「主導権を取ろうとする人が実は誰もいなかった」。これに尽きると思います。確かに競馬がなくなった時点では、みんな前向きに動いていました。しかし、時が経つにつれ、どちらも現状維持はしようとしても、それ以上のことをすることはありませんでした。この部分は戦略的な要素も絡みますから、色々な立場... [続きを読む]

受信: 2005.08.31 02:05

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