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2005.01.15

書評「馬の瞳を見つめて」 もう一つの競馬の真実

数年でも競馬を見続けているファンなら、 競走馬の多くが辿る悲しい運命に気づくはずだ。 8歳、9歳で現役から退いていく馬たちも、 大切に世話をされれば30歳を越えて生きる。 だが、天寿を全うする馬はほとんどいない。 少なくとも3分の2以上の競走馬は食肉用として処分される現実がある。 先日、日経の野元記者が「馬の処分の否定は、競馬の否定と等価である」と 記したコラムは、ネット界隈でちょっとした波紋を広げることになった。 「馬は牛豚と同じ家畜動物。処分して何が悪い」、あるいは 「競馬を認めることは動物虐待だ」と考えたファンもいるかもしれない。 どちらが正しいのか、答えを出すのは難しいが、その代わりに一冊の本を紹介したい。

1頭余分に養うと、それで経営用の1馬房分を使い、 貴重な放牧地の面積と地力を消耗させることになる。 労賃、エサ代、寝ワラ代。用のなくなった馬は赤字にしかならない。 これ以上、赤字を増やさぬためには、 その馬を家畜商に連れていってもらうか、その場で安楽死させるしかない。 まず、ほとんどの牧場が、家畜商に連れて行ってもらう手段をとる。… 愛する馬たちが、自分の目の届かないところで、 どんな死に方をするのか? その時の馬の心は、どんなふうであろうか? 苦痛と恐怖の程度は、いかばかりか。 馬の場合、安らかな死に方をする例はほとんどない… という現実が分かるにつれて、私はやはりつらくても悲しくても大変でも、 自分の目の前で安楽死をしたほうがいいと考えるようになった。

本の名前は 「馬の瞳を見つめて」(2002年刊行)。 著者はナイスネイチャで知られる渡辺牧場の渡辺はるみさん だ。 渡辺さんは岐阜大学獣医学部に在学中、実習で出会った馬の魅力のとりこになり、 学業なかばで渡辺牧場に嫁いだ。 この本では我が子のように手塩にかけて育てた馬たちを 『処分』しなければならない、生産者の苦悩と葛藤が克明に描かれている。 決して派手ではないテーマながら、最後までJRA馬事文化賞を争ったノンフィクションの傑作だ。 渡辺さんは引退した自分の生産馬を積極的に引き取ってきた。 しかし、牧場が一杯になると、いずれかの馬は安楽死させなければならない。 渡辺さんは最後の瞬間まで馬がなるべく苦しまない方法で、 天国へ旅立てるよう心を砕く。

2頭の牡馬、キクとヒットの安楽死を決意してから、 その日を迎えるまでの約半年、私の心はいつも張りつめ、落ち着かなかった。 この日にしようといったん決めても、 何らかの事情で流れたりすると、張りつめながらも、ほっとする。 そんなことが何回か繰り返され、私の心は振り回された。… 誕生日の早いヒットからやることにした。 彼らは注射をされることには慣れていて、 何とも思わない。口に一杯、好物をほおばりながら…。 鎮静剤の後、麻酔薬を注射してもらうと、ヒットは突然バタンと倒れた。… 麻酔が十分効いているか、それだけが心配であり、重要なことであった。 薬剤を入れるとすぐに反応があり、最後は痙攣が起きて 四肢をうーんという感じで伸ばし、息絶えた。…

渡辺さんは気が狂いそうになりながらも、 トラクターで遺体を運び、自らシャベルカーで掘った墓地に埋葬する。 競馬場という人工的な空間でしかサラブレッドを見ない私たちにとって、 リアルな死と対峙しなければならない渡辺さんの気持ちは想像を絶するものだろう。 馬を手にかける最後の日まで宝くじを買って、一縷の望みをつなぐ様子はあまりに切ない。 馬はそれぞれの思い出と個性を持った存在だ。 そこでは競走馬の3分の2は食肉になる、といった統計上の数値は何の意味も持たない。 だが、渡辺さんは競走馬の哀れな末路を直視しつつも、 決して競馬そのものを否定はしない。 渡辺さんの願いは「屠場で肉になろうと、死ぬ直前まで 優しく『おーよ、おーよ』と顔を撫でて」恐怖と苦痛が 取り除かれる努力がなされることだ。

競馬社会の中で主役であるはずの馬の立場や福祉が、 人間のできる限り最大の努力のもとに守られるのであれば、 その悲しみは、つらくとも正視できるものとなるのではないか。 …タブー視し続けることは、かえって競馬ファンを疑心暗鬼に陥らせる。 それよりも「死」を表面に出したとしても、 そこに馬の福祉が守られたことを明らかに、 堂々としていられたら競馬ファンはむしろ応援してくれるのではないか。 …もしも、自分の買った馬券代の何パーセントかでも、 馬の余生のために、馬の福祉のために使われるのだと、 明らかに具体的に謳われるのであれば、彼らは今度は 馬券を買わずにいられないだろう。

すべての競走馬を生かすことは未来永劫、不可能だろう。 しかし、競馬を支えてくれる馬たちに、 生が与えられるチャンスを広げることはできるはずだ。 馬券の売り上げの一部で公の乗馬施設を各地に作れば、 市民が馬と接することもできるし、そこで役割をもらえる引退馬も増える。 重賞賞金の1割は引退後に飼育費として分割で払うのはどうだろうか? 命を長らえることが許されるのなら、重賞勝ちの重みも増すというものだ。 シニカルに馬は経済動物と一面的な見方をしなくても、 ファンが競馬と馬を愛することができる道はたくさんある、と私は思う。 渡辺さんの著作は競馬ファンに様々なことを感じさせてくれるに違いない。

馬の瞳を見つめて 馬の瞳を見つめて(桜桃書房・1575円)

参考:引退馬の余生に関する活動団体など
>>フォスターペアレントの会
>>ノーザンディクテイターの会
>>馬の保護管理研究会
>>引退馬ネットワーク
  >>>「養老牧場利用の手引き」 引退馬の余生に興味を持ったら読んで確認!
>>渡辺牧場だより

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コメント

こんにちは。本のご紹介ありがとうございました。「馬の瞳を見つめて」というタイトルも印象的ですが、ガトーさんの文章も素晴らしく、書店に行ったら買ってみようと思わせる紹介文でした。
この本が沢山売れるように、書店に行ったら、店頭の良く見えるところに置いてもらう様に頼んでみます。
ガトーさんも、これだけ長く競馬のサイトを続けて来られてますし、何かご本を出版されたら如何かと思います。

投稿: あんず | 2005.01.15 12:42

はじめまして、いつもこそっと読まさせてもらってます。
野元氏のコラム、今回は個人的には共感できる部分が多かったですね・・・相変わらず理解できるまで時間がかかりますが。(笑)
地方競馬が廃止されて所属馬が行き場を無くして処分される・・・かわいそうなことだとは思います。
が、競走馬として生まれながらも種付料を払ってもらえなかったばっかりに、生まれたことすら否定され、処分される馬たちのほうがもっとかわいそうだと思うのは私だけでしょうか?
この事実を言及しているサイトがない(少なくとも私が見たなかでは)のは非常に残念なことだと思ってます。
それともこの事実、言及するのはタブーなのでしょうか?
ちなみに昨年当歳で血統登録された競走馬は7441頭いますが、血統登録されなかった馬は755頭にのぼるそうです。(「週刊競馬ブック」12/19号より)
そして血統登録されなかった馬たちの大半が結局処分されるものと思われます。

私の書き込み、書評と直接関係がないので書きこもうか悩みましたが・・・
勢いで書いてしまいました。

投稿: へらくれす | 2005.01.16 00:06

>>引退馬ネットワーク
  >>>「養老牧場利用の手引き」 信頼できる団体か要確認! 類似団体注意!


このように書かれていますが、このHPの管理人は、ナイスネイチャHPの管理人さん個人のサイトであり、団体では有りません。
また、ここで紹介されているHPも、こちらの管理人さんがフォスターペアレントの会や馬の保護管理研究会に確認を重ねた上で掲載していますよ。

投稿: 通行人3号 | 2005.01.16 00:38

>あんずさん どうもです。長いだけが取り柄のサイトですので。 >へらくれすさん 難しい問題ですね。地方競馬廃止→生産縮小のあとには、中小牧場の倒産→繁殖牝馬の淘汰というところに行き着くのでしょうし。受け皿が減れば処分される競走馬も少なくなるという論理は、競馬をやめるのが一番ということにもなります。一刀両断できる問題ではないのでしょうね。 >通行人3号さん ご指摘ありがとうございます。誤解を生んだようなので文面を直しました。引退馬ネットワークには始まってすぐの頃に賛同リンクに名前を加えて頂いたので存じております。フォスターペアレントさんなど参考リンクさせていただいたのは、素晴らしい活動をなさっているからです。しかし、引退馬の余生を悪徳商売にしている団体も一部にあると聞いたので、興味を持った方は「手引き」を読んでくださいねという意味で書かせて頂きました。誤解は解けましたでしょうか?

投稿: がとー@馬耳東風 | 2005.01.16 01:10

こちらの書評?からこの本を読んでみました。
著者のお人柄に感銘を受けた反面、辛い現実からの脱却へは消極的で、疑問でした。
事実、こちらの牧場で生産された数だけ、毎年殺処分です。自ら断を下すだけ尊いですが、生産して殺すことに矛盾は感じないのでしょうか。
馬券売上から余生資金を、と希望を書かれておりますが、まるで、馬券を買う人の享楽のために馬が生産され処分されているかのようで疑問です。
第一的には生産者のご商売、馬主の楽しみでしょう。生産者のお仲間、お客さんである馬主に資金をお願いするのが第一段階ではないでしょうか?その上で足りないのであれば馬券ファンにお願いすることも悪いとは思いませんが、大多数の生産者、馬主が知らんふりしてる現状でファンに問うのは利己的だとおもいます。
と、批判は易いですが、著者には通用しないでしょうね。我進む道に迷いがなさそうです。この一点だけ素晴らしいとしておきます。

投稿: 暗黒 | 2005.01.24 13:53

感じるところは人それぞれ。いろいろ考えさせてくれるという意味でも良い本だと思います。

投稿: がとー@管理人 | 2005.01.24 23:06

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