日本ダービー回顧 北の夢、宴のあと
ダービーが終わった。握りしめた拳から 汗がにじみ出るほど、一ファンにとってもダービーは緊張するもの。 況や地方競馬の期待を一身に背負い、 中央で一世一代の勝負をすることになった五十嵐冬樹の 心境はいかばかりだったか想像に難くない。 皐月賞まで平常心だったはずのコスモバルク陣営、 調教師、騎手、馬主の三者は舞い上がって何も見えなくなってしまった。 仕上げ、輸送、馬場、展開、距離、時計、 客観的な敗因は幾らでもあげつらえるが根本的な理由はただ一つ、 ダービーを獲るには経験が足りなかった ということだ。もちろん、コスモバルクに◎を打った私も若かった。彼らと同じ穴の何とやらだ。 しかし、もし時計がダービー前に戻っても、私はコスモバルクと 心中するだろう。こんなに肩入れできる馬とダービーデイを過せるなんて、 馬券の当たりハズレを超越して、ファン冥利につきる。 どこか頭がおかしいのかもしれないが、 五十嵐の悲壮感に満ちた騎乗に 負ける美学を見て、レース後にはカタルシスすら覚えた。
スーパー競馬にパドックから出演した岡田繁幸総帥だったが、 オンエア中も心ここにあらずという感じだった。 五十嵐に言わなければならないことがあると、 インタビューを中座して駆け寄っていったとき、 余計なアドバイスをしなければ良いがと思った。 もうレースのシミュレーションは十分にできていたはずだ。 オーナーが口出しをしても、ただでさえ堅くなっている騎手にプレッシャーを与えるだけに過ぎない。 インタビューでも喋っていたが、岡田総帥の大方の指示は予想が付く。 「ダイワメジャーを目標にしろ。マイネルマクロスが平均ペース以上の展開を作るから、 4角先頭に立つ勢いで行け。皐月賞の轍を踏むな」こんな具合ではなかったか。 レースは生き物だ。百回やれば百通りの展開がある。 事前に想定した作戦に縛られては勝てるレースも勝てなくなる。 心理戦は先に動いた方が負けだ。 パドックで慌ただしく動くコスモバルク陣営。 対照的にテレビのインタビューに淡々と答える社台の吉田照哉。 威風堂々としたキングカメハメハの落ち着きを見て、 私はコスモバルクが負けるのを確信した。 だが、馬券の買い目を変えることはできなかった。
スタートして、ハナに立ったのは後藤マイネルマクロス。 ペースメーカになるはずのマクロスは1コーナーからかかって暴走。 1000メートル57秒7の超ハイラップを刻む。 一方でコスモバルクも折り合いを付けられない。 五十嵐は「ダイワメジャーの後ろ3,4番手を考えていた」はずが、 とにかく馬をなだめるのに精一杯になる。 ライバル、アンカツのキングカメハメハはハイペースをみて中団につける。 素人目に見ても完璧な位置取り。 道中、五十嵐は敗戦を覚悟したはずだ。 それでも一縷の望みをかけて、4角先頭の絶望的なスパートに出る。 差し比べでは勝ちようがない。リードを広げて粘りきるしかない。 五十嵐は4角で手綱をしごきながら、後方との差を確認しようと振り返った。 その時、視界に入ったのは絶好の手応えで迫ってくるキングカメハメハだった。 五十嵐にとって府中の直線500メートルは、とてつもない長さに思えたに違いない。
勝ったキングカメハメハは2分23秒3のレコード。 ダービー馬に相応しい強さだった。松田国師は クロフネ、タニノギムレットで為しえなかったNHKマイルC、ダービーの連覇を 三度目にして達成した。とうとうアンカツもダービージョッキーの栄冠を手に入れた。 実力で中央の扉をこじ開けた笠松の英雄を、もはや誰も地方騎手とは呼ばない。 彼もまた、1番人気ライデンリーダーに跨り、 府中2400を暴走したオークスから10年の歳月を必要としていた。 2着に横山典ハーツクライ。メジロライアン、セイウンスカイ、ゼンノロブロイと 有力馬に騎乗してきたが、今年もダービーには届かなかった。 3着にエビショーのハイアーゲーム。 坂上で脚が上がったのはキングカメハメハを負かしに行ったが故。 エビショーの感想は「勝てないなあ、ダービーは」。
思えば、五十嵐冬樹はまだ28歳。ダービーは当然、初挑戦である。 コスモバルクは地方競馬からクラシックへ挑戦する外厩制という パンドラの箱を開いた。奇跡を起こすチャンスは、きっとまた訪れる。 ラフィアン、岡田繁幸総帥はダービーを獲るため、 ペースメーカーや距離適性のない持ち馬まで参戦させた。 その作戦は裏目。結果的にマイネルマクロスはコスモバルクを潰した。 さらに、コスモサンビームは骨折、マイネルブルックは予後不良になった。 「策士、策に溺れる」、ダービーは正攻法でしか勝ち得ないレースなのかもしれない。 社台の前総帥、吉田善哉がダイナガリバーで 初めてダービーを制覇したのは65歳の時だ。岡田総帥はまだ56歳。 今回、地獄を見た彼は何かを得たに違いない。
すべてのホースマンの夢、東京優駿。 また明日から来年のダービーに向けて新たな闘いが始まる。
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