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2004年5月の10件の記事

2004.05.31

日本ダービー回顧 北の夢、宴のあと

ダービーが終わった。握りしめた拳から 汗がにじみ出るほど、一ファンにとってもダービーは緊張するもの。 況や地方競馬の期待を一身に背負い、 中央で一世一代の勝負をすることになった五十嵐冬樹の 心境はいかばかりだったか想像に難くない。 皐月賞まで平常心だったはずのコスモバルク陣営、 調教師、騎手、馬主の三者は舞い上がって何も見えなくなってしまった。 仕上げ、輸送、馬場、展開、距離、時計、 客観的な敗因は幾らでもあげつらえるが根本的な理由はただ一つ、 ダービーを獲るには経験が足りなかった ということだ。もちろん、コスモバルクに◎を打った私も若かった。彼らと同じ穴の何とやらだ。 しかし、もし時計がダービー前に戻っても、私はコスモバルクと 心中するだろう。こんなに肩入れできる馬とダービーデイを過せるなんて、 馬券の当たりハズレを超越して、ファン冥利につきる。 どこか頭がおかしいのかもしれないが、 五十嵐の悲壮感に満ちた騎乗に 負ける美学を見て、レース後にはカタルシスすら覚えた。

スーパー競馬にパドックから出演した岡田繁幸総帥だったが、 オンエア中も心ここにあらずという感じだった。 五十嵐に言わなければならないことがあると、 インタビューを中座して駆け寄っていったとき、 余計なアドバイスをしなければ良いがと思った。 もうレースのシミュレーションは十分にできていたはずだ。 オーナーが口出しをしても、ただでさえ堅くなっている騎手にプレッシャーを与えるだけに過ぎない。 インタビューでも喋っていたが、岡田総帥の大方の指示は予想が付く。 「ダイワメジャーを目標にしろ。マイネルマクロスが平均ペース以上の展開を作るから、 4角先頭に立つ勢いで行け。皐月賞の轍を踏むな」こんな具合ではなかったか。 レースは生き物だ。百回やれば百通りの展開がある。 事前に想定した作戦に縛られては勝てるレースも勝てなくなる。 心理戦は先に動いた方が負けだ。 パドックで慌ただしく動くコスモバルク陣営。 対照的にテレビのインタビューに淡々と答える社台の吉田照哉。 威風堂々としたキングカメハメハの落ち着きを見て、 私はコスモバルクが負けるのを確信した。 だが、馬券の買い目を変えることはできなかった。

スタートして、ハナに立ったのは後藤マイネルマクロス。 ペースメーカになるはずのマクロスは1コーナーからかかって暴走。 1000メートル57秒7の超ハイラップを刻む。 一方でコスモバルクも折り合いを付けられない。 五十嵐は「ダイワメジャーの後ろ3,4番手を考えていた」はずが、 とにかく馬をなだめるのに精一杯になる。 ライバル、アンカツのキングカメハメハはハイペースをみて中団につける。 素人目に見ても完璧な位置取り。 道中、五十嵐は敗戦を覚悟したはずだ。 それでも一縷の望みをかけて、4角先頭の絶望的なスパートに出る。 差し比べでは勝ちようがない。リードを広げて粘りきるしかない。 五十嵐は4角で手綱をしごきながら、後方との差を確認しようと振り返った。 その時、視界に入ったのは絶好の手応えで迫ってくるキングカメハメハだった。 五十嵐にとって府中の直線500メートルは、とてつもない長さに思えたに違いない。

勝ったキングカメハメハは2分23秒3のレコード。 ダービー馬に相応しい強さだった。松田国師は クロフネ、タニノギムレットで為しえなかったNHKマイルC、ダービーの連覇を 三度目にして達成した。とうとうアンカツもダービージョッキーの栄冠を手に入れた。 実力で中央の扉をこじ開けた笠松の英雄を、もはや誰も地方騎手とは呼ばない。 彼もまた、1番人気ライデンリーダーに跨り、 府中2400を暴走したオークスから10年の歳月を必要としていた。 2着に横山典ハーツクライ。メジロライアン、セイウンスカイ、ゼンノロブロイと 有力馬に騎乗してきたが、今年もダービーには届かなかった。 3着にエビショーのハイアーゲーム。 坂上で脚が上がったのはキングカメハメハを負かしに行ったが故。 エビショーの感想は「勝てないなあ、ダービーは」。

思えば、五十嵐冬樹はまだ28歳。ダービーは当然、初挑戦である。 コスモバルクは地方競馬からクラシックへ挑戦する外厩制という パンドラの箱を開いた。奇跡を起こすチャンスは、きっとまた訪れる。 ラフィアン、岡田繁幸総帥はダービーを獲るため、 ペースメーカーや距離適性のない持ち馬まで参戦させた。 その作戦は裏目。結果的にマイネルマクロスはコスモバルクを潰した。 さらに、コスモサンビームは骨折、マイネルブルックは予後不良になった。 「策士、策に溺れる」、ダービーは正攻法でしか勝ち得ないレースなのかもしれない。 社台の前総帥、吉田善哉がダイナガリバーで 初めてダービーを制覇したのは65歳の時だ。岡田総帥はまだ56歳。 今回、地獄を見た彼は何かを得たに違いない。

すべてのホースマンの夢、東京優駿。 また明日から来年のダービーに向けて新たな闘いが始まる。

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2004.05.28

ダーウィン進化論から見たダービー予想とは?

競馬の祭典、ダービーはもう目前。 スポーツ紙も連日のように一面はダービーの話題で彩られている。 競馬ファンにとって、たまらない一週間だ。 先日、東京スポーツの一面に「ダーウィンの進化論」から ダービー馬を予想するという企画が組まれていた。 記事によれば、アテネのバレーボール五輪代表の平均身長は モスクワ五輪のときより2センチ以上、高くなっているそうだ。 同じく競馬の世界でも、サラブレッドの大型化が進んでいるという。 ダイワメジャー(皐月賞)が528キロ、イングランディーレ(天皇賞)も518キロの巨漢馬。 五千万年前に生まれた馬の祖先、ヒラコテリウムは犬程度の大きさだったそうで、 長い年月をかけて巨大化してきたことになる。

近年の比較でも71年のダービー出走馬の平均体重は458.2キロ、 去年は482.4キロと、この32年間だけで20キロ以上も増えているとか。 そう言われてみると、確かに今年の出走馬に450キロ(前走)を下回る馬はいない。 もっとも軽い馬でもマイネルデュプレの464キロだ。 逆に500キロ(前走)を超すのはアドマイヤビッグ、ダイワメジャー、ハイアーゲーム、メイショウムネノリ の4頭がいる。キングカメハメハはちょっと足りない496キロ、 コスモバルクは478キロ。

大型馬は短距離に向き(ヒシアケボノなど)、 軽量馬は長距離に向く(ライスシャワーなど)と古い先入観では語られてきたが、 距離に関係なく大きな馬のほうが競走には有利なのだろうか。 JRA競走馬総合研究所によれば「長い脚でそれに見合う筋肉量を持っている馬は、 同距離を走ってもエネルギー消費が少ない。その分、長く走れる」ことになる。 筋骨隆々の大型馬はサラブレッド進化の最先端ということで、 記事は526キロのアドマイヤビッグを推して締めくくられている。

大きいだけなら、JRA史上最重量622キロのシルクオーディンはもう少し走っても良さそうだが、 体に見合うだけの心肺機能がなければレースには意味はない。というより、例えそれが真実であっても、 実生活で小柄な私としては、大きな馬ばかりに勝たれるのはどうも合点がいかないのだ。 大きいことは万事よいことだなんて、小兵にとっては夢のない話ではないか。 柔よく剛を制す、これぞ格闘技の醍醐味。先週、ボブサップは藤田和之に敗れ、 オークスは430キロの軽量馬、ダイワエルシエーロが勝ったばかり。 サラブレッド大型化進化論に敢えて棹をさせば、 やはりダービー4強のなかでは、一番軽いコスモバルクを応援したくなる。

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2004.05.25

オークス回顧 オヤジに近づいた天才的騎乗

最近、予想がまったく当たらん。みなさん、レース前には「今週の健坊」と「今週のデータ解析」の結論はチェックして、買い目を外した方が良いですよ(..;)。ダンスインザムード、飛ぶかな、しかし。。。入れ込み具合はいつもの通り。でも、このテンスで初めての2400を勝ちきるのは至難の業だったということでしょうか。藤沢師は敗因について「重いか距離かのどっちかだろう」と語っています。馬体はプラス14キロ。でも、太くは見えなかったんだけどなぁ。軽めの調教が原因と見る向きもあるけど、初めての距離や稍重の馬場に、気性面の悪さが出た のだと私は思います。ダービーだ、海外だって、眼前の目標を無視して言うもんじゃありませんね。

ダイワエルシエーロ福永祐一の大胆な作戦勝ちでした。クイーンCの後方一気とは対照的に、向こう正面からハナに立つ積極的な競馬。何しろ1000メートル通過が1分40秒1というドスロー。直線まで歩いていたようなもんです。奇策と言うべきか、あっと驚く大逃走劇が嵌りました。レース後のインタビューで「少しでもオヤジに近づけたかな」なんて、これまでにない発言をしていたけれど、それだけ会心の騎乗だったということでしょう。彼にとっては最大限の自分への賛辞だったと思います。福永洋一のニホンピロムーテの菊花賞、エリモジョージの天皇賞ばりのレースだったんじゃないですか(リアルタイムでは見てないけど)。

2着は人気を裏切ってきたスイープトウショウ。これだけスローになれば、距離適性もなんも関係ないですよね。マイラーのワンツー。3着にヤマニンアラバスタ。実はダンスの入れ込みをみて、アラバスタ流しと単勝を買ってたりするんだよなぁ。スタートの出遅れがなければ、2着争いには参加できてたかも。カッチーのウイングレットは途中までハナを切ったものの7着まで。これでめでたくGⅠ100連敗!前日の目黒記念でニシノサブライムで大逃げしていたので、オークスでもやるつもりだなと気づきましたが、このペースとはいえ逃げ切るだけのスタミナはなかったようです。でも、こういう積極的な競馬をしていたら、カッチーも連敗は止まると思いますよ。

さてさて、今週はダービー。勢いに乗る松田国師がNHKマイルC(キングカメハメハ)、オークス(ダイワエルシエーロ)に続く、3歳GⅠ3連勝を達成するんでしょうか。それともコスモバルクが地方馬初のクラシック制覇を成し遂げるのでしょうか。彼らの行く手を阻むのがハイアーゲーム、ダイワメジャーのサンデー産駒。ダイワ軍団の春クラシック三冠っていうのもかかってるんですね。ダービーだけは当てたいですよねぇ。

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2004.05.21

個人サイトの興り 情報を発信せよ!
<競馬サイトの夜明けを綴るNo.3>

前述したThe Derby Squareが開設されたのが94年。 The Derby Squareは競馬サイトのなかでは特異な存在だった。 というのも、これは競馬サイトのみならず 一般のウェブサイトにも言えることだが、 この時期、ウェブは大手メディアよりも 圧倒的に個人サイトを中心に賑わいをみせていたからだ。 個人サイトは専用線を持っていた大学、研究機関の サーバーに置かれた、いわゆる「ac.jp」時代から幕を開けている。 学生が授業などの一環として簡単なサイトをつくり、 知人に向けて内輪の情報を流す(ネットに接続できるのは限られた人だから当然)。 だから、本名や学歴、顔写真、なかには住所や電話番号まで載せたものも珍しくなかった。 内容は自己紹介程度のたわいのないもので、 まさに「インターネットは空っぽの洞窟」でしかなかった。 それが交換日記のようなテキストが掲載され、 時事や趣味の話題など特化したものが現れ始める。 競馬ファンのなかには予想をコンテンツのひとつにする者もいた。 おぼろげながら競馬個人サイトと呼べるものが誕生していったわけだ。

さらに 一般のユーザーが気軽にダイヤルアップで接続できるようになると、 競馬サイトはその裾野を広げていくことになる。 夜11時から朝8時まで、定額で電話線をつなげるテレホーダイの時間には、 学生だった私も徹夜でネットを徘徊したものだ。 「KIMU'S HOME PAGE 」(96年) は当時の個人サイトの典型的な特徴を見ることができる。 自分の名前をサイト名の一部にしている点、 プロ野球、Jリーグ、競馬といったスポーツという大きなカテゴリーを話題にしている点、 簡単なコメントをつけた予想をコンテンツの中心としている点などだ。 つまり、個人サイトとはその名の通り「ホーム」ページであり、 メディアとして読み手の側を特段に意識されたものではなく、 気の合う人々を家に招くような性質のものだった。 こうした「予想だけ載せてみました」的なサイトは94年以降に爆発的に出現したものの、 長期的なモチベーションの維持は不可能であり、次第に姿を消していったのは当然だろう。

たくさんの人たちが訪れてくれる競馬サイトをつくりたい。 自己満足でなく、ファンに開かれた競馬サイトをつくりたい。ネット人口の増大とともに、 そう考えた人々が次々と行動を起こしたのが96年である。 96年こそ競馬サイト元年だと私は思う。 この年、たくさんのファンの支持を得る2つの有名個人サイトが誕生した。 「 CARROT LUNCH 」と 「 うま中心主義 」である。 前者は今でも継続、後者は01年暮れから02年初頭の間に姿を消している。 このふたつのサイトが着目したのは競馬ニュースだった。 当時、大手メディアのサイトはなく、 ニュースは週刊誌かスポーツ新聞でしか手に入れることはできなかった。 両サイトのソースは知るべくもないが、 ほぼ毎日、ニュースは更新され、過去の情報もコーナーのなかに蓄積されていった。 ここに行けばファンのほしいニュースが手に入ったわけだから、 他サイトを一桁も二桁も上回るペースでカウンターが回ったのも不思議ではない。

こうした情報を発信していこうというサイトは登録馬や出走表を提供した 「 競馬情報 」(97~01年)、 有力馬の次走予定などを載せた 「 馬~なのねっ」、 「 Racing Channel」(96~02年) などが広く人気を集めたサイトとしてあげられよう。 「 あべしんBOX」(96年~)は 地元の利を活かして、福島県の馬の温泉に療養する馬の情報をまとめた 「馬の温泉だより」のコーナーで独自性を発揮した。 「Dondetch 」(97年~)は全国で供用されている主な種牡馬、乗用馬の見学情報を提供した。 蛇足ながら拙サイト「 馬耳東風 競馬データ予想 」 も96年につくったものたが、 先輩サイトに範を取って、ニュースや次走報のコーナーを設けている。 「情報を発するところに情報は集まる」とはよく言ったもので、 CARROT LUNCHの掲示板「うまごみボード」 「にゃんきゃろボード」は活発な議論がなされ、 後に開設されたメーリングリストは情報交換の場として多いに使われた。 うま中心主義の訪問者リストも、この時期、もっとも賑わった掲示板のひとつだ。 ネットで競馬メディアがない時代、個人サイトは我こそは競馬メディア足らんとしたわけである。 そして、掲示板、チャットを通して、そこに競馬ファンのコミュニティは形成されていった。

しかし、大手メディアが自前のサイトで ニュースを流すようになると、情報系サイトは行き詰まるケースも見受けられるようになった。 「サイトの価値が失われた」と書き残して閉鎖した有名サイトもある。 情報系サイトはCARROT LUNCH、 「 Milky Horse com 」(98年~)のように大手メディアと比肩するだけの情報力を持つものでなければ、 ストレートニュースをメインコンテンツとして継続していくことは困難になっていったのだ。 一方、ニュースを引用するだけでなく、論評を書き加えることで 情報系サイトの新しいあり方を拓いていくものも現れた。 「 テキスト競馬 」(00~03年) は「ニュースを見て思ったこと」がメインコンテンツ。 例えば「宝塚記念、来年にも外国馬招待競走に」というニュースを引用し、 「ヨーロッパでもこの時期はレースが行われているので、ジャパンCよりももっと来てくれなさそう」 などとコメントをつけて紹介していた。 ニュースを扱う個人サイトとしては 「 血統の森 」(02年~)などが有名だが、ニュース引用→論評という形式は、現在の競馬ブログにつながるものでもある。 こうして考えると、突如、起こったかのようにみえる競馬ブログブームも、 連綿と続く競馬サイトの流れのなかで素地が形成された故と捉えるべきなのかもしれない。

次回は「No.4 予想サイトの目指したもの」の予定です。 拙シリーズは筆者の個人的経験や乏しい知識によるところが多いため、 極めて主観的な部分や、思い違いもあると思います。他にもこんなに面白いサイトがあった、事実に間違いがあるなど、ご指摘や情報提供いただければありがたく存じ上げます。皆様からのお力添えを得ることで、内容にも厚みを増すことができると考えています。一通り、連載が終了しましたら、加筆訂正して本サイト「馬耳東風」のほうにまとめる予定です。よろしくお願い申し上げます。

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2004.05.20

台風一過? オークスで浮上する意外な馬とは?

今は水曜日の晩だが、東京は雨が降り続いている。 金曜日には台風2号が関東に接近する可能性もあり、 いずれにせよ、台風から流れ込む湿った暖かい空気の影響で、 太平洋岸は大雨となるおそれがあるという。 いまのところ、土曜日にはあがる予定だが、 今週末に行われるオークスは多少の晴れ間が見えるぐらいでは、 力のいる馬場になるかもしれない。

そうなると、 不動の本命ダンスイザンムードの取捨が気になるところだが、 同馬は道悪のフラワーCを楽勝した経験がある。 菊花賞馬ダンスインザダーク、 オークス馬ダンスパートナー、 ステイヤーズS勝ちエアダブリンを兄に持ち、 キートゥザミント、ニジンスキーと 一流のステイヤーが重ねられた母系はスタミナ十分。 他馬が重い馬場を苦にするようなら、 この馬にはかえって有利になるはず。死角になるまい。

ライバルはどうだろうか。 飛びのきれいなトウカイテイオー産駒のヤマニンシュクル、 忘れな草賞を勝って穴人気しそうなドルチェリモーネは マイナスか。 また、距離延長に不安のある馬たち、 瞬発力にかけたいスイープトウショウ、 フジキセキ産駒のメイショウオスカル、 スピードタイプのダイワエルシエーロにも不安材料になる。 逆に雨で浮上してくる馬もいる。 上がりがかかってほしいグローリアスデイズ、 母の父リアルシャダイのギミーシェルターあたりだ。

もう一頭、注目したいのが 母エアウイングスに続くスイートピーS母子制覇を達成した ウイングレットだ。 血統から2400メートルはとてもベストとは言えないが、 父タイキシャトルは不良の安田記念を快勝したように、 産駒も重馬場を苦にすることなく力を発揮する馬が多い。 鞍上はGⅠ100連敗に王手をかけている田中勝春。 先週の京王杯SCは骨折の痛みをこらえてウインラディウスを勝利に導いたが、 安田記念ではオリヴァーに手綱を奪われることになった。 心中、穏やかでないはずの勝春。奇しくもオークスの本命は勝春を降ろした藤沢師の管理馬だ。 ウイングレットで虎視眈々と大金星を狙っているとみるのは、 勝春を買い被りすぎだろうか。

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2004.05.17

京王杯SC回顧 カッチーの覚悟と執念

また、つまんない予想やっちまったなぁ。 それに加えて、押さえで買ったはずの的中馬券を、 隣の馬番にチェックつけて取り逃がすとは…。 これは曇天の馬場に迷って、 結局、1番人気マチカネアカツキに◎を打った京王杯SCの話。 さらに新潟大賞典では、うちのBBSに書き込んだ通り マイネルアムンゼン流しの予想で的中…させたにも関わらず、 なんで2着のハレルヤサンデーだけ抜けてるんだ? ツキのなさってのは予想の論理を凌駕するんですねぇ(T.T)。 これでツキは底を打ったとみて、オークス、ダービーと大勝負だな (まったく懲りてない)。

京王杯SCはウインラディウスが府中で一変、 鮮やかな差し脚で快勝しました。巧く内が開いたとはいえ、1分20秒4のレコードはお見事。 短距離の鬼、藤沢厩舎は健在でした。 この馬、ダービー卿CTで不甲斐ない負け方をしたとき、 ヨシトミが「馬場が緩かったのが影響した」と言い訳していたので、 雨がどーかなーと思って、信頼しきれませんでした。 今回、鞍上はカッチーに戻ったわけですが、 カッチーは前週に開催途中で骨折の痛みで騎乗をキャンセルしたばかり。 批判を覚悟の上で、まだ直らないうちに京王杯SCの騎乗を決めた背景には、 ウインラディウスに期するところがあったんでしょうな。この日の騎乗はわずか3鞍、 そこを読み切れなかった私の負け。

GⅠ99連敗中のカッチーは週刊プレイボーイで 「ハルウララも真っ青!」と揶揄されてましたよね。 100連敗の大台もオークスのウイングレットで到達しそうで、 目下、GⅠ連敗を止められそうなお手馬はウインラディウスしかいないわけです。 ここで他人に持って行かれては一生、GⅠは勝てないと思ったのかも。 33歳にしてようやく本気になったのか、 それとも本家ハルウララの連敗記録を超えてはまずいと考えたのか。。。 カッチーの初めての、そして唯一のGⅠ勝ちはヤマニンゼファーの安田記念ですから、 思い出のレースで11年の呪縛を解き放ってほしいですねぇ。 ただ、ウインラディウスは乗り方の難しい馬、 下手をするとサクラプレジデントのダービーのようなことにもなりかねません。

2着テレグノシスも府中巧者。 好走と凡走を繰り返す性格だけに、本番も必ず走るとは100%言い切れませんが。 3着はUAEのフィートソーファスト。 輸送で大幅馬体減と報じられましたが、殿下の馬は侮れませんねぇ。安田記念は不出走です。 マチカネアカツキは伸びきれず4着。 こんなもんかとがっかりしたのですが、舌を超して苦しがったのが敗因だとか。 舌を縛ると一変するかな? 前残りに期待して対抗を打った岡部エースインザレースは16着。 鼻出血だそうで、非常に残念です。 終わってみれば、今週のデータ解析の消去法で残った4頭をBOXにすれば良かったんですねぇ。 って、馬券は押さえてたんだから、本当は的中してたのか(T.T)。

こちらも馬券を買い間違えた新潟大賞典ですが、 いやはや、もの凄い競馬でしたね。何しろ、直線を向いて馬群ごと外ラチに向かって 突っ込んできたのですから。逸走したのかと思いましたよ。新潟はあんなに外を回さなければならないほど、 馬場が悪かったのでしょうか。「野芝の生育は引き続き順調」「概ね良好な状態」(JRA) って、ホントかよ。公正競馬を害すようなレースでした。 なお、末筆ですが、先日、夭折したメジロブライト、ジェイドロバリーのご冥福をお祈り致します。 両馬とも日本の競馬界に大きな貢献を果たしてくれました。安らかに。

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それは巨大ポータルサイトから始まった
<競馬サイトの夜明けを綴る No.2>

日本で初めて簡単なテキストのみによる ホームページができたのが92年9月。 わずかだが一般にインターネットが普及し始めるのは、その2年後のことだ。 「いったいホームページとは何をするものなのか」 「インターネットを使って競馬ファンはどんなことができるのか」 世界とつながってると謳われても ほとんどの人にとってはWWWは未知のもので、 ウェブは無限に広がる荒野、 ホームページはそこに点在するバラックのような存在でしかなかった。 そうしたなか、94年、その不毛の地に超近代的な高層ビルが出現する。 巨大ポータルサイトThe Derby Squareの誕生だ。 ネットベンチャーのオン・ザ・エッヂ(現ライブドア) によって立ち上げられたこのサイトは、 以来、01年に発展的解消を遂げるまで、 7年間に渡って競馬サイト界の中心的存在を担い続けることになる。

The Derby Squareのメインコンテンツは、 予想大会 「Derby Square Cup」だろう。 毎週、重賞レースを上位3頭に入ると思われる馬、 ブービーになると思われる馬を選択、投票する形式で競われた。 この大会は数千人規模で行われ、 前週の上位入賞者の予想を見ることのできる 「ツイてる奴にのれ!」というコーナーもあった。 ひとつのサイトに競馬ファンが集い、 レース直前まで練った予想を競う。 それまで月刊や隔週の雑誌で開催されていた 予想大会が葉書レベルしか投票手段を持たなかったことと比べれば、 Derby Square Cupは全く質を異にするものだということができよう (パソコン通信という限られた空間を除けば)。 多人数参加、リアルタイム進行、双方向性といった ネットの特性を競馬ファンはこの大会を通じて実感したはずだ。

The Derby Squareの他コンテンツも、 黎明期の競馬サイトに大きな影響を与えた。 長文コラム 「Column by 日没閉門」、 競馬リンク集 「UMA LINKS」など、 現在のポータルサイトとも遜色ない企画内容を持っていた。 競馬について個人がコラムを書いて意見を発表する、 あまりに当たり前の利用方法に感じるだろうが、 当時の大勢としては「どこの馬の骨か分からない人間のコラムを 誰が読みにくるものか」といった冷ややかな見方が支配的だった。 有料予想会社の利用体験談「予想屋トワイライトゾーン」は、 今読んでみても面白い連載だ。この内容も 広告に頼る既存の雑誌にはできなかったに違いない。 UMA LINKSは96年には700サイトあまりが登録していた。 この大型リンク集は検索機能こそないものの、 立ち上がり続ける個人サイトの存在をファンに知らせ、 またファンが知る手段として大きな役割を果たしていた。 そういう意味では、94年から2~3年間は The Derby Squareがあらゆるシーンにおいて、 競馬サイトをリードする唯一、絶対的な ポータルサイトだったと言っても過言ではないかもしれない。

The Derby Squareは、 ネット上での売り馬情報を提供する「馬買おう」 、 血統データベース「Ped Net」といった 新しい取り組みにもトライし続けた。 しかし、大手、個人を含め、 様々な競馬サイトが登場するにつれ、 The Derby Squareの地位は相対的に下がっていく。 01年、そうした状況にオン・ザ・エッヂも大きな運営変換をする。 月刊誌・競馬最強の法則の オフィシャルサイトにURLを譲り、 「競馬最強の法則WEB」として再スタート、 実質的にThe Derby Squareはその姿をネットから消すことになったのだ。 The Derby Squareは規模からは個人にはとても真似できない サイトではあったが、 競馬ファンがどんな情報を発信していけば良いか、 競馬サイトにどんな可能性があるのか、 大きな指針を示したものだった。 ポータルサイトの役割は「netkeiba.com」「Keiba@nifty」、 「MilkyHorse.com」など、複数のサイトに受け継がれていく。

次回は「No.3 動き始めた個人サイト」の予定です。 拙シリーズは筆者の個人的経験や乏しい知識によるところが多いため、 極めて主観的な部分や、思い違いもあると思います。他にもこんなに面白いサイトがあった、事実に間違いがあるなど、ご指摘や情報提供いただければありがたく存じ上げます。皆様からのお力添えを得ることで、内容にも厚みを増すことができると考えています。一通り、連載が終了しましたら、加筆訂正して本サイト「馬耳東風」のほうにまとめる予定です。よろしくお願い申し上げます。

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2004.05.11

NHKマイルC回顧 ダービーが見えてきた?

まったくNHKマイルCのデータ解析の予想は不甲斐ないものでした。 ろくろく検討する時間がなかったのは言い訳でしかなく、 シーキングザダイヤに◎を打ったのは自分でも不思議だなぁ。 むしろ、単穴を打ったムーンシャインを軸にしたほうが潔かったかも。 とにかく、一線級と対戦のない人気馬を本命にして外したのは後味が悪いもんです。 直線でまったく反応しなかったのは、降り出した雨で馬場が緩くなったからでしょうか。 ムーンシャインも馬場を気にしていたようですね。 今回は惨敗でしたが、この2頭はこれから良くなる素材だと思います。 シーキングザダイヤは海外遠征をあきらめないそうですから、 あっと驚くモーリスドギース賞で母子GⅠ制覇なんて期待したいです。

1分32秒5、2着に5馬身差をつけたキングカメハメハは力が抜けていました。 エルコンドルパサーもそうだったけど、キングマンボ産駒は府中コースもこういう馬場も歓迎のクチ。 まあ、そんな理由をつけなくても、器が違いすぎましたか。 松田国厩舎の先輩、クロフネ、タニノギムレットと同じく、 NHKマイルC→日本ダービーのローテを歩むことになります。 クロフネはNHKマイルCを勝ちダービーで負けました。 タニノギムレットはNHKマイルCで負けダービーで勝利。 果たしてキングカメハメハはどうなるのでしょう。 連覇は松田国師の夢なんだろうけど、 両方とも消耗の激しいレースだけに、馬にかかる負担は相当なものだと思います。 クロフネもギムレットも、3歳で脚元を壊して引退に追い込まれたのは事実ですから。 この勝利でダービーでは1番人気に推されるかもしれませんが、 クロフネのように激走の反動がないか、見極める必要はありそうです。 鞍上は武豊を指名してきそうな気がするなぁ^^;。

同じ週に行われたNHKマイルC、京都新聞杯、プリンシパルSには、 皐月賞組が出走しました。これらのレースを比較することで、 皐月賞と他路線組のレベルを比較できるはずです。 弥生賞、皐月賞と歯が立たなかったグレイトジャーニーが3着に好走した プリンシパルS組は、ダービーでは全く力が足りないでしょう。 京都新聞杯は皐月賞5着のミスティックエイジが、 同じく皐月賞で後方のまま大敗したハーツクライ、スズカマンボに完敗。 差しの届く馬場なら、後方大敗組の巻き返しありということでしょうが、 大将ブラックタイドがリタイヤで、本番で勝負になるのはハーツクライだけでしょうか。 皐月賞3、4着のコスモサンビームとメイショウボーラーは、 NHKマイルCで2、3着。着差や内容を考えると、キングカメハメハとコスモバルクは互角かな? いずれにしろ、ダービーは巷で言われているように、 上記2頭にハイアーゲームを加えた三強対決になるはず。 一歩、下がってハーツクライ。 馬単2点でしとめたいですねぇ。

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2004.05.04

競馬サイトの夜明けを綴る <No.1 序章>

ここ数年、爆発的なインターネットの普及によって、 私たち競馬ファンの生活も大きく変わってきた。 思い出してみてほしい。 ネットのない時代、ファンの頼るべき情報源は スポーツ新聞、週刊誌といった活字メディアと週末の競馬中継ぐらいしかなかった。 今や得ることの難しかった競馬ニュースも新聞発行と同時(あるいはそれ以前)に 手に入るようになり、各種のサイトによって成績などのデータも、 すぐさま調べられるようになった。もう分厚い競馬四季報を手元に置く必然性はなくなったのだ。 JRAはネットで馬券を買える仕組みをつくり、 ネットで競馬中継をするサービスも登場している。 ネットと競馬は切り離せない関係になりつつある。

一方、主催者や大手メディアとは別に、 ネット上の個人ファンの活動も広がり続けている。 わずかな料金でスペースを確保すれば、 誰でも自分のサイトを持てるようになったからだ。 予想、応援、批評、血統など、その内容はさまざまだが、 なかには、大手メディアと比肩するほどのアクセス数を持つ有名サイトも生まれている。 だが、星の数ほど生まれ、消えて行くのが個人サイトの常。 拙「馬耳東風 競馬データ予想」も古株と言われているが、 それでも8年足らずの歴史に過ぎない。 とはいえ、これまで競馬サイトの変遷を間近に見てきたのも事実。 忘れ去られつつある当時の歴史を書き残すことが、 黎明期をともに切り開いていった仲間たちへの責任かもしれないと考えている。 今後、数回に渡り、私なりの黎明期の競馬サイトの潮流をお伝えしたい。 記憶が定かでない部分も多く、間違いのご指摘や情報提供などいただければ幸いである。

次回は「94~96年 胎動期、競馬サイトは何を目指したか」の予定です。 

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天皇賞春回顧 本命も波乱もテルヤにおまかせ!

とんでもない結果になってしまった春の天皇賞。 四歳四強の下馬評はどこへやら、 10番人気イングランディーレが7馬身差で逃げ切ってしまいました。 3200メートルの春天は2回マイルを走るわけなんですが、 イングランディーレのラップは前半1分39秒6、後半1分38秒5。 スローで逃げるコテコテのステイヤーに、直線入り口で10馬身も差を つけられては勝負あったというもの。 ノリはイングランディーレの競馬に徹しただけ。 後方馬群との差を気にすることもなく、マイペースで行かせたのが一番の勝因でしょう。 残り3ハロン目の11秒6のスパートもお見事。 河内洋は芝が深かったのが有利に働いたと分析していますが、 短くてもイングランディーレの勝ちは動かなかったと思います。

ペースを狂わせたのは平成の盾男、武豊です。 1番人気リンカーンは返し馬から入れ込み、レースでもかかり通し。 どうにかこうにか中団につけたものの、 武豊にはペースを勘案して動く余裕などありませんでした。 それでも他の騎手が仕掛けの判断にするのは武豊なわけで、そこにおかしな展開が生まれるわけです。 「まくっていくつもりだった」アンカツのザッツザプレンティも、 「外に出したところで手応えがなかった」と為す術なく敗退。 もう一頭の有力馬、ネオユニヴァースも彼らより後ろに位置していたのでは、 先行勢もイングランディーレを捕まえに行くことなどできません。 メジロパーマーの有馬記念、カツラギエースのジャパンカップ、 歴史は繰り返す のに騎手もファンも成長しないんですねぇ(¨;)。

2着ゼンノロブロイ、3着シルクフェイマスは先行していた分、 力を出し切ることができました。 後ろから行って入着したのはナリタセンチュリーだけですか。 ネオユニヴァースは10着。 「この馬に3200メートルは長い」(デムーロ)って、そういう問題か? リンカーンは13着、 「これだから競馬は難しいのです」 (武豊) 。 敗因は折り合いにつきますが、それも実力のうち。 春天に強いはずの菊花賞馬ザッツザプレンティは16着。調子落ちか?原因は不明。

これで4歳勢はジャパンカップ9馬身、 有馬記念9馬身、春天7馬身と上の世代に完膚無きまでに叩きのめされたことになります。 これはアグネスフライト、エアシャカールの代のように、 そもそもレベルが相当低い っつーことかもしれません。 ノリの勝利で関東所属ジョッキーのGⅠ連敗記録は30でストップ。 イングランディーレはホワイトマズル×リアルシャダイの配合。 ホントにリアルシャダイの血は春天に強いね。 なんやかんやで桜、皐月、春天と社台はGⅠ3連勝ですか。 吉田照哉はとても嬉しそうでしたね。 負けた四強もすべて社台の生産馬ですけど、 ネオやリンカーンの種牡馬としての価値が下がったことなど、 世界のホースマンには取るに足らないことなんでしょう。

土曜日はダービートライアル、青葉賞が行われました。 期待に応えてハイアーゲームが33秒7の末脚で完勝。 2着ホオキパウェーブ以下を相手にしませんでした。 2分24秒1はダービーレコードを1秒2も上回る勝ちタイム。 この馬は典型的なサウスポーのようで、ダービーも行けそうな気がします。 そんな青葉賞もよく見てみれば社台のワンツー。 芸能界のドンが和田アキ子なら、競馬界のドンは吉田照哉です。 本命も波乱もテルヤにおまかせ!って感じですかね。 結局、日本の競馬も我々も、社台の手のひらで転がされてるだけなのかもしれませんねぇ。

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