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2004.05.17

それは巨大ポータルサイトから始まった
<競馬サイトの夜明けを綴る No.2>

日本で初めて簡単なテキストのみによる ホームページができたのが92年9月。 わずかだが一般にインターネットが普及し始めるのは、その2年後のことだ。 「いったいホームページとは何をするものなのか」 「インターネットを使って競馬ファンはどんなことができるのか」 世界とつながってると謳われても ほとんどの人にとってはWWWは未知のもので、 ウェブは無限に広がる荒野、 ホームページはそこに点在するバラックのような存在でしかなかった。 そうしたなか、94年、その不毛の地に超近代的な高層ビルが出現する。 巨大ポータルサイトThe Derby Squareの誕生だ。 ネットベンチャーのオン・ザ・エッヂ(現ライブドア) によって立ち上げられたこのサイトは、 以来、01年に発展的解消を遂げるまで、 7年間に渡って競馬サイト界の中心的存在を担い続けることになる。

The Derby Squareのメインコンテンツは、 予想大会 「Derby Square Cup」だろう。 毎週、重賞レースを上位3頭に入ると思われる馬、 ブービーになると思われる馬を選択、投票する形式で競われた。 この大会は数千人規模で行われ、 前週の上位入賞者の予想を見ることのできる 「ツイてる奴にのれ!」というコーナーもあった。 ひとつのサイトに競馬ファンが集い、 レース直前まで練った予想を競う。 それまで月刊や隔週の雑誌で開催されていた 予想大会が葉書レベルしか投票手段を持たなかったことと比べれば、 Derby Square Cupは全く質を異にするものだということができよう (パソコン通信という限られた空間を除けば)。 多人数参加、リアルタイム進行、双方向性といった ネットの特性を競馬ファンはこの大会を通じて実感したはずだ。

The Derby Squareの他コンテンツも、 黎明期の競馬サイトに大きな影響を与えた。 長文コラム 「Column by 日没閉門」、 競馬リンク集 「UMA LINKS」など、 現在のポータルサイトとも遜色ない企画内容を持っていた。 競馬について個人がコラムを書いて意見を発表する、 あまりに当たり前の利用方法に感じるだろうが、 当時の大勢としては「どこの馬の骨か分からない人間のコラムを 誰が読みにくるものか」といった冷ややかな見方が支配的だった。 有料予想会社の利用体験談「予想屋トワイライトゾーン」は、 今読んでみても面白い連載だ。この内容も 広告に頼る既存の雑誌にはできなかったに違いない。 UMA LINKSは96年には700サイトあまりが登録していた。 この大型リンク集は検索機能こそないものの、 立ち上がり続ける個人サイトの存在をファンに知らせ、 またファンが知る手段として大きな役割を果たしていた。 そういう意味では、94年から2~3年間は The Derby Squareがあらゆるシーンにおいて、 競馬サイトをリードする唯一、絶対的な ポータルサイトだったと言っても過言ではないかもしれない。

The Derby Squareは、 ネット上での売り馬情報を提供する「馬買おう」 、 血統データベース「Ped Net」といった 新しい取り組みにもトライし続けた。 しかし、大手、個人を含め、 様々な競馬サイトが登場するにつれ、 The Derby Squareの地位は相対的に下がっていく。 01年、そうした状況にオン・ザ・エッヂも大きな運営変換をする。 月刊誌・競馬最強の法則の オフィシャルサイトにURLを譲り、 「競馬最強の法則WEB」として再スタート、 実質的にThe Derby Squareはその姿をネットから消すことになったのだ。 The Derby Squareは規模からは個人にはとても真似できない サイトではあったが、 競馬ファンがどんな情報を発信していけば良いか、 競馬サイトにどんな可能性があるのか、 大きな指針を示したものだった。 ポータルサイトの役割は「netkeiba.com」「Keiba@nifty」、 「MilkyHorse.com」など、複数のサイトに受け継がれていく。

次回は「No.3 動き始めた個人サイト」の予定です。 拙シリーズは筆者の個人的経験や乏しい知識によるところが多いため、 極めて主観的な部分や、思い違いもあると思います。他にもこんなに面白いサイトがあった、事実に間違いがあるなど、ご指摘や情報提供いただければありがたく存じ上げます。皆様からのお力添えを得ることで、内容にも厚みを増すことができると考えています。一通り、連載が終了しましたら、加筆訂正して本サイト「馬耳東風」のほうにまとめる予定です。よろしくお願い申し上げます。

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コメント

Derby Square懐かしいです。予想大会は私も数回参加した記憶があります。今思えば、買い目とか考えなくて良いシンプルな予想だったので、多くの競馬ファンにとって参加しやすい大会だったんだなぁと思えます。

投稿: daisuke | 2004.05.17 07:33

daisukeさん、いつもお世話様です。私も毎週、楽しみにダビスクカップに投票してました。一緒に競ってたんですねぇ。

投稿: うまむ@馬耳東風 | 2004.05.18 10:47

 初めまして、いりりんと申します。

 ああ、愛しのDerby Square(笑)。実は、学生時代にその存在を知って、よく利用していたのですが、ネットに疎遠になっていた時期があり、その後、復帰した時に、Derby Squareが発展解消したことを知ってがっかりした覚えがあります。

 そうですか、堀江氏がDerby Squareを仕切っていいたのですか…。

 堀江氏もいずれ出所すると思いますが、その時は、彼の原点に戻って、競馬ネット界にもどるのもいいのかな?とも思いました。

 ビジネスの世界で天国と地獄を知った彼にとって、失うものはないでしょうし、また、ネット創世記にあれだけのものを構築したのだから、現代に堀江氏が競馬ネット界で仕事をしたら、どれだけのものが出来るのか?われわれの想像がつかないようなことが出来そうで興味深いです。

 ビジネスの世界で粉飾決済等を行なったといわれていますが、競馬ネット界では、ビジネスは馬券面や自身経験がある競走馬購入等の面で公正に(笑)、競馬に対する愛情は(私は、Derby Squareの内容の記憶から、堀江氏には競馬に対するが間違い無くあると思っています)自身が関わる競馬ネットにおいて、その才能を発揮すればいいと思います。

 ビジネスの天国と地獄を知り、出所後はどうか分かりませんが、ビジネス界の経験、そして自身のタレント性をこのまま世に埋もれさすのは惜しいと思いまして…。これらを自身の原点である競馬界で発揮できないかと思いました。

 目利きのあるネット競馬界の方は、出所後の堀江氏に接触できるように早めに準備していた方がいい様な気がします。これだけの人材を埋もれさすのは惜しい…。

 また、罪を犯した人間が、競馬(ネット)界で更正して、成功するというのもなかなかいい話だと思いますし、競馬界にはそれだけの余地があると私は思いました。

 長くなりましてすいません…。

投稿: いりりん | 2006.01.25 11:22

正直、私は彼を好きではありませんが、きっと復活してくる人間なのだろうなと思います。競馬界に戻ってきてくれたら、それはそれで面白いですけどねぇ。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2006.01.26 03:26

ダビスクの終焉については、発展的解消というには、あまりにお粗末な運営体制でした。netkeiba.comにポータルの座を奪われてからは、ほぼ独立タグホースを除いて、UMALINKの更新すら覚束なくなり、webに進出しようとしていた雑誌の「最強の法則」がコンタクトを取ってきました。

netkeiba.comでホリエモンの記事がほとんど出ないのも、当時の経緯が絡んでいるようです。

投稿: 青葉 | 2006.02.03 18:37

>青葉さん そんな経緯があったんですね。途中でやる気がなくなったんですかね。

投稿: ガトー@馬耳東風 | 2006.02.07 10:07

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