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2004.04.03

追悼 竹本貴志騎手 
二浪の困難を乗り越えたルーキー

もう一つ書いておきたいのは、ハルウララの今日のレースの1着賞金が僅かに11万円だったこと。勝ったとしても、騎手の取り分は5500円。仮に5着だったとすると、6000円ですから、騎手は300円にしかなりません。命をかけて乗るジョッキーにとって、それは酷な見返りではないでしょうか。 (武豊オフィシャルホームページ)

これは武豊がハルウララに騎乗した際の感想として書いたものだが、訃報を聞いて思い出したのがこの言葉だった。船乗りにとって板子一枚下が地獄なら、馬乗りにとっても鞍ひとつ下は地獄に違いない。時速60キロを超す馬に跨り、アブミが触れあうほどのひしめく馬群のなかで、勝つか負けるかの闘いをしなくてはならないのだ。2メートル以上の生け垣を飛び越える障害レースなら尚更、その危険性は高まる。文字通り、騎手は命をかけた職業だ。障害で200勝している名ジョッキー、嘉堂信雄さえ、こう語っている。

「飛越時の恐怖心との戦いはこれからも続くが、なんとか克服して現役を続けたい」 (競馬ブック) 

2月にデビューしたばかりの竹本貴志は二十歳。同期より年を食っているのは、競馬学校を卒業して二浪していたからだ。一昨年は落馬して不合格、去年は右足を骨折して試験を受けることが叶わなかった。そして今年、念願の騎手免許を手にすることができた。浪人中、後輩がデビューする姿を悔しい思いでみてきた竹本。しかし、腐ることなく、古賀史厩舎で調教をつけながら騎乗技術を磨いてきた。その中には暮れのフェアリーSで3着に健闘したアドマイヤマジックもいる。ひたむきな努力の甲斐あって、3月7日の中京競馬場、デビュー2日目にしてナイキアカウントで初勝利をあげることができた。中団で脚をためて差しきる好騎乗。直線、競り落としたのは元同期の田辺だった。「この2年間を無駄にせず、プラスにしなければ」竹本はそう語っていたと聞く。本人やご両親はもちろん、面倒を見続けた古賀調教師の喜びもひとしおだっただろう。出遅れを取り返すべく、第一歩を踏み出したはずだった。

それからわずか3週間後、中山の障害未勝利戦。竹本の騎乗したミツアキオペラオーは生け垣を飛越後、不運にも着地時に転倒。竹本は意識不明のまま、帰らぬ人となった。騎手は危険と隣り合わせの商売だ。どれほどヘルメットやプロテクターが改良されても、こうした事故が皆無になることはないだろう。だが、弱冠二十歳、苦労の末、スタートラインに着いたばかりの竹本に、災厄が降りかかったのは恨めしいとしか言いようがない。有望な新人を失うのは競馬界にとっても、大きな損失に他ならない。JRAや騎手会は悲劇を繰り返さないよう、一層の事故防止や安全対策を進めてほしい。

竹本貴志騎手のご冥福をお祈り致します。アドマイヤマジック、ナイキアカウントが彼の遺志を纏い、勝利することも。

※平成16年度 新規騎手紹介(JRA Video Interactive)

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