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2004.02.13

映画「シービスケット」評
つまずきを恐れない勇気と優しさを 

「シービスケットはアメリカ版ハイセイコーである」と言えば、競馬を知らない人も、朧気ながらシービスケットのイメージを描くことができるかもしれない。ハイセイコーがオイルショックのさなかに現れた庶民のヒーローであったのに対し、シービスケットもまた1930年代の世界恐慌を背景に登場したアイドルホースである。映画「シービスケット」は傷ついた3人の男たちが、1頭のサラブレッドを起死回生させる物語だ。

大恐慌により一家離散の憂き目にあったレッド・ポラード(騎手)、巨万の富を得ながら息子を失い、妻に去られた自動車王チャールズ・ハワード(馬主)、近代化の波で行き場を失ったカウボーイのトム・スミス(調教師)。彼らがシービスケットを通じて、数々の逆境を乗り越えながら、遂には三冠馬ウォーアドミラルを破り、引退戦のサンタアニタ・ハンデでは年間獲得賞金記録を更新する。豊かだった東部地区のウォーアドミアラルを田舎からやってきたシービスケットが負かすのは、さながら地方出身のハイセイコー、オグリキャップの中央快進撃である。

「一度や二度のつまずきは誰にでもある」、単純明快なこのキャッチコピーに全ての映画のメッセージが集約されていると言っていいだろう。10万ドルのかかったレースでレッドはゴール寸前、右後方から迫ってきた馬に気づかず、後れを取ってしまう。実はレッドは右眼が見えないことを隠していたのだ。レッドに裏切られたと怒る調教師のスミスにハワードは言う「ちょっとのケガで、命あるものを殺すことはないさ」。このセリフはスミスが骨折した馬を黙々と世話をする理由をハワードが尋ねたときに答えたものだった(馬を使い捨てにする現在の競馬界への強烈な皮肉のようにも思える)。

シービスケット自身も気が荒く、見捨てられた馬だった。それを粘り強く再生させたのが3人の男であり、不屈の闘争心で連戦連勝を重ねるシービスケットはその男達の傷を癒していった。我々は往々にして、たった一度の失敗で夢をあきらめてしまったり、他人の評価を決定づけてしまいがちだ。だが、それは大きな間違いであるし、再び立ち直るきっかけを失わせることになる。喪失や孤独に打ちひしがれているときこそ、逆境に立ち向かう勇気を振り絞らなければ、栄光を掴むことはできないからだ。そして、仲間にそうした寛容さを持つことも大切なことなのだ。長い間、閉塞感に覆われた現在の状況、とりわけ合理性や競争原理だけが絶対視される今、シービスケットのメッセージは大衆の底流に潜む、そんな風潮へのアンチテーゼとして受け入れられたかもしれない。

この映画にはハリウッド的な派手さはないが、競馬ファンが体験することのできない、ジョッキーの視点から展開されるレースシーンは圧巻の一語に尽きる。迫力ある臨場感、疾走感を体感するだけでも、この映画を見る価値はある。実質的なクライマックスであるシービスケットとウォーアドミラルのマッチレースを見ていると、トウショウボーイとテンポイントの一騎打ちもこうだったのではと、日本の競馬シーンを連想させるから不思議だ。この時、ケガをしたレッドに代わってシービスケットの手綱を握る、ウルフ役を演じるのは現役の名騎手ゲイリー・スティーヴンス(日本ではゴールデンフェザントでジャパンカップも制している)。本物にこだわったキャスティングが競馬の迫力を生み出している。スティーヴンスが収録後、レースで落馬、瀕死の重傷からカムバックした事実も重ね合わせてみると、さらに味わいのあるシーンにみえる。

残念ながら、ストーリーには難のある部分もある。特に前半、シービスケットが登場する以前の3人の人生を描いているのだが、目まぐるしく変わるシーンに初見では登場人物を把握するのにすら戸惑う。また、後半のスピーディーな展開とは対照的に、前半が冗長に感じられてしまうのもいただけない。クレーミングレースに出走していたシービスケットが、突然、国民的サラブレッドになるのも説明不足だろう。史実から離れられないのは理解できるが、時間が足りないのならば、主人公を均等に描くのではなく、レッドとシービスケットとの物語にしても良かったかもしれない。

原作はノンフィクションだけに、映画では省略されていたウォーアドミラルとのマッチレースに至るまでのスクラッチ、数多くのライバルたちとの死闘、マスコミや主催者との軋轢などが事細かに記述されている。映画の前半が分かりやすい構成ではないだけに、原作を読んでから映画館を訪ねることをお勧めしたい。また、映画を先にご覧になった方も、原作を読むことで一層のシービスケットの魅力が感じられるのではないだろうか。去年、JRAは馬事文化賞を原作者のローラ・ヒレンブランド氏に贈っているが、個人的には映画版スタッフを含めて今年、授賞してほしかった。いずれにせよ、競馬ファンなら是非とも見ておきたい作品だ。


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