0勝ジョッキー・大江原圭 ついに1番人気で初勝利か?
武豊の新人最多勝記録を更新した三浦皇成、ことし12勝をあげて人気騎手の一角に食い込みつつある伊藤工真。少数精鋭、華の24期のなかで、唯一、勝ち星に手が届いていないのが大江原圭だ。父と叔父が障害の名手だった大江原は、競馬学校時代は注目される生徒だった。模擬レースで競えばいつも先頭でゴール。日本ハムの新人選手との交流会では中田翔にムチを贈り、「同じ18歳には負けたくない」と啖呵を切る大物振りを発揮。将来性あふれる輝きは眩かった。そんなストイックな大江原が「親族に甘えたくない」と選んだのは栗東・作田厩舎。ところが、デビュー初日に騎乗停止の大失態を犯してから、大江原の歯車は狂い始めていった。結局、1年目は86戦して連対すらなし。2年目、ついに作田厩舎をクビとなり、親族のいる美浦へと帰ってきてしまったのだ。
そうしたなか、大江原が中田翔にムチをプレゼントしたエピソードが、美談を書きたがる新聞の格好の餌食となるのも時間の問題だった。未勝利ジョッキーに用はないと言わんばかりに、中田がもらったムチは天才・三浦がプレゼントしたものだと繰り返し喧伝され、中田自身「あいつ、ホンマすごいッスね。ムチ? マジ、宝物やわ」(報知)と洗脳される始末。競馬学校が「実際には大江原圭が、自分のムチを手渡したものです」とブログで訂正しても世間に声は届かない。それどころか先月、三浦の報道が紙面を賑わした際、再びムチのエピソードが蒸し返され、「ほんまか? うそやろきっと。だいぶ年齢離れてるやん」と中田の反応が関連記事として掲載されたほど。既成事実という奴である。
実は中田と三浦皇成は同学年。お互い連絡先を交換している仲で、私は偶然にも2人の初対面に居合わせた。… その日の帰り際、三浦はレース用のムチを中田にプレゼントした。続けて「今度バットをください」と控えめにお願いすると、「おう、ええよ。10本でもやったるわ」。“アニキ”はそう言って胸をたたいていた。とても同学年とは思えない、2人の不思議な光景だった(日刊「中田もいつかは熱愛…いや大活躍で1面に」)
記事を素直に読めば、中田どころか、初体面に居合わせたはずの記者の脳内でも、すでに大江原の存在は消えてしまっているようだ。きっと記者は初々しい三浦が中田にムチを差し出す光景を何度も心に描きながら、筆を進めたに違いない。この時、私は「事実など存在しない。真理とは、その時代、もっとも説得性を持つか、力を持った者による解釈にすぎない」という哲学者の言葉を改めてかみ締めるのである。週末に調整ルームへ呼ばれることもなく、厩舎のせんべい布団に包まって悔し涙を流す大江原の姿を思い浮かべながら。
しかし、明けぬ夜はない。美浦に移籍して、父と同じ障害の道を切り開こうと歩み始めた大江原。ある1頭のサラブレッドと運命的な出会いを果たす。ニューイングランド産駒のモルフェサイレンスだ。3歳時は平地で8戦0勝。それでもあきらめなかった。古馬になり障害へ転向すると、大江原を背にして2戦目で3着に好走して初めて馬券圏内に。3戦目となった前走は2着に入り、大江原に初連対の偉業をプレゼントしたのである。着実に力をつけてきたモルフェサイレンスは12日(日)、福島4レースに出走する。前走で連対しているライバルは皆無で、モルフェサイレンスは1番人気に推される可能性が高い。挫折、転向、そして初勝利をめざす人馬は、どこか惹かれあうアイデンティティを持っているのかもしれない。1年遅れでデビューした5人の後輩たちは、もう4人が勝利をあげた。通算117戦0勝の大江原、今週の福島で男となれるだろうか?
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